生粋の「コロナウイルス学者」を訪ねて〜ベルン(中編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】

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2025年06月03日 07:10  週プレNEWS

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やはり旧市街から歩いてすぐのところからの眺め。遠くに見えるのはアルプス山脈

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第113話

フォルカーのラボを訪れる。彼をはじめ、彼のラボの研究者たちと、サイエンスの話題をオープンに語り合う。研究者としての素朴な喜びを思い出した。

* * *

■フォルカー登場

ベルン市街地から市バスに乗って10分。ベルン大学のフォルカーのラボに向かう。

ベルン大学のメインキャンパスは、ベルン駅のすぐ裏手にある。しかし、フォルカーのいる獣医学部は、メインキャンパスから離れた、ちょっと人里離れた山奥な感じのところにあった。

バスを降り、すこし獣道の感じのある、木々が生い茂る小道を抜けて獣医学部に向かう。メインキャンパスから離れた獣医学部の中にある施設、獣道、生い茂る木々。それらの雰囲気が、2015年に私が「長期出張」していた、イギリス・グラスゴー大学のCVR(Centre for Virus Research、日本語で「ウイルス研究センター」)を想起させた(89話)。

フォルカーはなんというか、今まで触れたことがない空気を持った男だった。ある分野の権威的な立場にいる人というのは大抵、「そういう」オーラをまとっている場合が多い。平たく言えば、こちら側に緊張感を持たせる感じの雰囲気である。

しかしフォルカーからは、そういうオーラはまったくと言っていいほど感じなかった。かと言って、物腰柔らかく紳士的というわけでもないし、平身低頭というわけでももちろんない。安っぽくフレンドリーというわけでもない。なんというか、柔和で、どこか牧歌的な雰囲気をまとった男だった。

ラボの雰囲気というのはやはり、そのボスの雰囲気やオーラが影響するものなのかもしれない。フォルカーのラボメンバーたちは、おしなべて親切だった。変に下手に出るわけでもなく、安っぽく馴れ合ってくるわけでもない。

とても居心地の良い空気があって、私のラボで計画している研究の話なども含めて、かなりオープンに話をした。こんなにいろいろな話を(しかも英語で)したのはいつぶりだろう、と思うくらい、いろいろな話をした。

そのやりとりはとても心地よかったし、やはりこうやってサイエンスの話題をオープンに分け合えるのは楽しいものだな、という、研究者としての素朴な喜びを思い出した。

■ベルン大学でのセミナー

フォルカーや彼のラボメンバーたちといろいろな話をした後で、押しかけ訪問恒例のセミナー(講演)をした。

そこはやはり、コロナウイルス研究を生業としている人たちである。ラボメンバーたちと話をしている中でも、研究の話はもちろん、「どうやってG2P-Japanという組織が誕生したのか?」というところに強い興味を持っているのをひしひしと感じた。

なのでセミナーでは、G2P-Japanの成り立ちについて、この連載コラムでも紹介してきたことをなぞるように、丁寧に解説をした。発表の後には、たくさんの質問も受けた。2023年末の香港(78話)とはまたテイストの違った、しっかりとした質感と手ごたえのあるセミナーとなった。

■「先生も巻き込んだらいいよ」

セミナーの後にも、雑談も交えてフォルカーとはいろいろな話をした。その会話の中で、日本ではG2P-Japanのドキュメンタリー本が出版されていること、そして、日本の感染症研究の啓発のために、その本を全国の高校に配って、図書館に置いてもらう計画がある(48話)、という話をした。

フォルカーはその計画に賛同してくれたが、ひとつ注文をくれた。

「どうせやるなら、(高校の)先生も巻き込んだらいいよ」

最近はポッドキャストなどで、ノーベル賞受賞者やさまざまなウイルス学者の生の声を聞くことができる。その中で、「どんなことがきっかけでこの業界(われわれにとってのウイルス業界)に興味を持ったのか?」という質問が飛ぶことがある。

フォルカー曰く、ほとんどの人が、「子どもの頃に、先生から聞いた話が印象的だったから」と答えている、というのだ。

これはたしかに、なるほど! である。言われてみれば、たしかに日本でもよく聞く話ではある。そうだ、学校の先生も巻き込んでいくことができれば、さらに大きなムーブメントにすることができるかもしれない。

この助言をもらえただけでも、ベルンに来た甲斐があった、と思えるものであった。

フォルカーとの邂逅、セミナーの感触、フォルカーのラボメンバーとのやり取り。G2P-Japanの研究成果と活動、そして、それを足がかりにした、「外向きのチャレンジ(27話)」。

まだほんの少しずつではあるが、「ネットワーク」が世界へと広がりつつある。そういう手ごたえが、たしかな感触として手のひらの中に残る機会となった。

※後編はこちらから

文・写真/佐藤 佳

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