
連載第52回
サッカー観戦7500試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7500試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
今回は、サッカー日本代表がアウェーで対戦するオーストラリアのスタジアムについて。W杯予選でもこれまで何度も対戦してきた同国での試合は、度々「クリケット場」で開催されてきていますが、なぜでしょう?
【オーストラリア戦はパース・スタジアムで開催】
すでにW杯予選突破を決めている日本代表は、6月5日にオーストラリア、同10日にインドネシアと対戦する。
グループCは早々と予選突破を決めた日本以外は大混戦となっており、現在3位のオーストラリアは最終節で2位サウジアラビアとの直接対決を控えているだけに、日本戦は非常に大事なゲームとなる。代表経験の少ない選手を多数招集した日本が、アウェーで本気モードの豪州とどのような戦いをするのか注目される。
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オーストラリア戦の会場は、西オーストラリア州パースのパース・スタジアム。2017年末に完成した新しいスタジアムだ。
ところで、前々回のコラムでは「野球場でのサッカー」についてご紹介したが、オーストラリア戦が行なわれるパース・スタジアムはクリケット場だ。
もちろん、オーストラリアにもサッカー専用あるいはラグビーとの兼用スタジアムはいくつも存在する。
たとえば、2000年シドニー五輪準々決勝で日本がアメリカにPK戦負けを喫したアデレードのハインドマーシュ・スタジアム(1960年完成。1万7000人収容)があるし、2015年のアジアカップで日本がヨルダンと戦ったメルボルンのレクタンギュラー・スタジアム(2010年完成。3万人収容)もそうだ。
「レクタンギュラー」というのは英語で「長方形」の意味。サッカーやラグビーのピッチが長方形だからこう呼ばれるのだが、これはクリケット場が「オーヴァル(楕円)」と呼ばれるのに対応した言い方だ。
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では、そうしたフットボール専用スタジアムがあるのに、なぜクリケット場が使われるのか? それは、クリケット場のほうが収容力が大きいからだ。
6万5000人収容のパース・スタジアムはオーストラリアで3番目に大きなスタジアムだという。
最大はメルボルン・クリケット・グラウンド(MCG)だ。
1853年開場という古いスタジアムだが、改装を重ねて現在の収容力は10万人超。ブラジル・リオデジャネイロのマラカナンがかつては20万人を収容したが、2014年W杯の前に全面改装されて現在の収容力は7万8000人程度。今ではMCGが「南半球最大のスタジアム」となっている。
MCGは、1956年のメルボルン五輪の時には陸上競技のトラックが特設されてメイン・スタジアムとして使用された。
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【クリケットとオージーボール】
クリケットというのは英国発祥で、ボウラーが投げたボールをバッターが打つという野球に似たスポーツ。長径が140メートルほどの楕円形の芝生のフィールドの上で行なわれる(だから、クリケット場は「オーヴァル」と呼ばれる)。
クリケットは英連邦諸国で盛んで、とくにインドやパキスタンでの人気はすさまじい。日本ではまだまだマイナーだが、2028年ロサンゼルス五輪で正式種目となるので注目を集めることだろう。
ところで、イングランドでフットボール・アソシエーション(FA)が結成され、統一ルール(サッカー・ルール)が作られたのが1863年。ラグビーの統括団体ラグビー・フットボール・ユニオン(RFU)の結成は1871年だった。だが、クリケットはそれよりずっと早く、18世紀後半には統一ルールが作られ、各地にクリケット場も整備されていた。
先日、鎌田大地所属するクリスタル・パレスがFAカップに優勝したが、同カップの第1回大会は1871−72シーズンに開催され、ワンダラーズが優勝した。その決勝戦はロンドンのケニントン・オーヴァル、つまりクリケット場で行なわれた。そして、その後もサッカーのビッグゲームにはクリケット場が使われていた。
その後、イングランドでは20世紀に入るとフットボール人気が急上昇して、クリケット場より大きなサッカー場が整備されていくが、オーストラリアでは今でもフットボール・グラウンドよりもクリケット場のほうが大きい。クリケット場は人気競技のオーストラリアン・フットボール・グラウンドにも使われるからだ。
オーストラリアのフットボール事情はかなり複雑で、4種類のフットボールが存在する。
まずサッカー、そしてラグビーだが、オーストラリアでは日本で行なわれている15人制のユニオン・ラグビーと13人制の(よりスピーディーな)リーグ・ラグビーが人気を分け合っている。それに、この国独特のオーストラリアン・フットボール(別名「オージーボール」)が存在する。
オージーボールは18人ずつの2チームが楕円形のボールを相手ゴールに入れて勝利を目指す競技で、防具をつけずにボールを奪い合うために空中戦で激突する勇壮な競技だ。
かつてはメルボルンがあるビクトリア州だけで行なわれており、最高峰リーグは「ビクトリア・フットボール・リーグ(VFL)」だったが、今では全国で人気が高まり、「オーストラリア・フットボール・リーグ(AFL)」と呼ばれるようになっている。
そして、オージーボールではクリケットと同じ楕円形のフィールドが使われる。まだ立見席があった1970年のグランド・ファイナルでは、オーストラリア最大のMCGに12万人を超える観客が集まった記録がある。
【収容力の大きいクリケット場でW杯予選を開催】
一方、サッカーはかつてはあまり人気がなく、「欧州移民のスポーツ」と思われてきたが、20世紀末頃からオーストラリアでも徐々にサッカー人気が高まってきた。
前回コラムでもご紹介した1993年のW杯予選大陸間プレーオフ(対アルゼンチン)はシドニー・フットボール・スタジアム(サッカー、ラグビー専用。1988年完成。2022年に新スタジアムが完成)で行なわれ、4万3967人の観衆を集めたが、これは当時のオーストラリアサッカー史上最多入場記録だった。
4年後の大陸間プレーオフは、ジョホールバルでのアジア第3代表決定戦で日本に敗れたイランとの戦いとなった(当時、オーストラリアはオセアニア連盟所属)。ホームゲームの会場はMCGで、観客はなんと8万5022人にも上った。4年間でサッカー人気はここまで高まっていたのだ(もっとも、観客の多くは「アウェーゴール・ルール」を知らず、試合後には「引き分けなのに、なぜダメなの?」と不思議そうにつぶやいていたが......)。
そして、その後も大観衆が集まるサッカーのビッグゲームは収容力の大きなクリケット場で行なわれることが多い。
日本とオーストラリアはW杯予選で毎回同組となり、まるで定期戦のようだが、2009年の南アフリカW杯予選はMCGで行なわれ、その後も各地のクリケット場が舞台となってきた。
【クリケット場の特徴】
ただし、残念ながらクリケット場ではサッカーの試合は見やすいとは言えない。
クリケットのフィールドは長径が140メートルほどの楕円形で、サッカーやラグビーのピッチよりだいぶ大きい。だから、陸上競技場と同じで、スタンドとピッチが遠くなってしまうのだ。しかも、周囲にトラックがある陸上競技場と違って、大きな楕円形の緑の真ん中に長方形のピッチが描かれているので間延びした感じがする。
しかも、クリケット場は1階スタンドの傾斜が緩いことが多く、さらに記者席も1階に設けられている。
2000年のシドニー五輪の時、僕は記者登録できなかったので一般入場券で観戦していたのだが、日本対ブラジル戦の会場はブリスベンのクリケット・グラウンド(1895年完成。4万5000人収容)だった。しかも、入手した入場券は1階席の前列。これでは、とても試合展開を見ることはできない。
「どうしようかなぁ?」と思っていると、2階席に上がる階段のところでチケットをチェックする係員と観客の間でトラブルがあったらしくて揉めている。そこで、僕はすっと係員の横をすり抜けて2階席に潜入。ブラジル戦を無事に観戦することができた。
2016年10月には、ロシアW杯予選のアウェーゲームがメルボルンのドックランズ・スタジアム(2000年完成。5万6000人収容)で行なわれた。これも、クリケットとオージーボール用のオーヴァルで、記者席も1階にあって見にくそうだった。
そこで、僕はオーストラリアのチケット販売サイトで一般入場券を買って観戦することにして、2階の前から2列目の席を予約した。スタンドの写真を見ると、最前列に高い手すりがついており、最前列では視界を遮られそうだったので2列目にしたのだ。
おかげで、原口元気が先制ゴールを奪ったものの、後半PKで追いつかれたオーストラリア戦をちゃんと観戦することができた。
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