
ウナギ・サヤカ 東京ドームへの道 vol.2
■前編
4月26日、両国国技館にてウナギ・サヤカ自主興行『ウナギ絶好調』が開催された。前回の本連載で、「レスラーが不幸になる試合はやらなくていい。プロレスで全員を幸せにする興行をやっていきたい」と話していたウナギ。コミカルな試合、ハードな試合、感動的なマイク......緩急ある見事な構成で、会場は多幸感に包まれた。
第6試合の「悪人顔スーパーランブル」の"超大物X"は、まさかの前田日明。前田の入場曲『キャプチュード』がかかった瞬間、会場のボルテージは最高潮に達した。YouTubeでの「今のレスラーは受け身が取れない」発言が物議を醸していた前田に対して、ウナギは「今のプロレスラーの受け身を見ろ!」と受け身を披露。最後は「じゃあまた今度ね。"元プロレスラー"さん」と挑発し、会場を大いに沸かせた。
だが大会終了後、その熱狂はすぐに冷水を浴びせられることになる。話題になった前田の動画は、DDTプロレスリングの高梨将弘のケガが発端となっており、前田を登場させたウナギも「ケガをネタにした」と批判された。
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ウナギ・サヤカは今、何を思うのか――。
【両国国技館で自主興行をして生まれた悩み】
――両国、お疲れさまでした。鈴木みのる、白使、葛西純、スーパー・ササダンゴ・マシン、アジャコング、シン・広田さくら......まさに"天才たちの集い"という感じでしたね。その天才たちを集めたウナギ・サヤカも天才だな、と確信しました。
ウナギ :えー、うれしい。観に来てくれた人に対しては、今自分ができるベストを出せたと思っていて。でもやっぱり、集客だったり、仮にこれより大きい箱ってなった時に、「何をテーマにしてやらなきゃいけないんだろう?」というのがあったり。終わった後にめっちゃ悩みました。
――そんなに悩んだんですね。
ウナギ:後楽園ホールでやっている時は、東京ドームなんてほど遠すぎるものだったから、まったく見えてなかったんですけど、両国が終わってからはリアルに「うわ、遠いな!」と思ったし。来てくれた人はみんな「よかった」って言ってくれるけど、来ていない人からは「(観衆が)1870人なんて失敗だ」って、やっぱり言われちゃうから......。東京ドーム自主興行の成功という形に向かうためには、 今後、どうやってウナギ・サヤカを表現していくかが課題になりましたね。
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――1870人といっても、前のほうの席はほとんど埋まっていました。熱気もすごかったし、動員数だけでは計れないと思います。
ウナギ:私も数字を聞いてびっくりしました。会場の熱は本当にすごかったから。でも、本来なら私が4試合やるべきじゃなかったと思うんですよ。ベストは2試合だと思う。興行のブランドをもっとちゃんと作っておかないと。これからどういう風にやっていこうかというのも含めて、すごく明確になった大会でした。
――今はまだ、ウナギさんが出ないと興行が成立しない?
ウナギ:はい。あの両国をゴールとするんだったら、めっちゃ楽しかったです。でも、自分はあそこがゴールじゃない。「あの面子を呼んでも、まだダメなんだ」って......。
――錚々たる顔ぶれでしたね。
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ウナギ:多幸感というか、「みんなを幸せにしたい」という概念でやり始めたのが今回の興行だったんですけど、だったらレスラー間の関係値も、今のままだとそこまでできないと思うんですよ。もっといろんな人と関わって、いろんな世界を見ていかないと。
――レスラー間の関係値というと?
ウナギ:竹田(誠志)さんとか、今回初めて出てくれたんですけど、マジでカッコいいじゃないですか。だから、もっと面白い出方をしてほしいなとか思っちゃうし。あと、ZAMASですよね。
――第4試合に出場したZAMAS軍団、ヤバかったですね。面白すぎました。
ウナギ:「なんていうものを世に生み出してしまったんだろう」っていう感覚がすごいあります。ZAMAS絡みでもやりたいことめっちゃあるし......ぶっちゃけ、やってみないとわからないことのほうが多いじゃないですか。たぶんみんなも、プロレスラーとしてやったことないことって本当にたくさんあると思う。こんなにやっている私でさえ、まだあるなって思います。
【前田日明を呼んで作りたかった画と、想定外の事態】
――私が今回すごく思ったのが、「ウナギさん、プロレスうまくなってるな」って。
ウナギ:ホントですか! めっちゃうれしい......。
――3年前、ブル中野さんが『ゆずポンちゃんねる』(愛川ゆず季のYouTubeチャンネル)に出演した時、注目する選手を聞かれて「ウナギ・サヤカ」と答えたじゃないですか?
ウナギ:はい、ありましたね。
――あの時、ブルさんが「なんにもできないのに、例えば10分、15分、あの人がリングにいただけで時間が持っちゃうんだよね。あの人がこれからもしプロレスをもっと勉強すれば、そこでももっと魅せられる」とおっしゃっていて、今回の両国で「あ、もっと魅せられるようになったんだな」と思いました。努力されたんだろうなと。
ウナギ:めっちゃ練習しました。ワンマッチ(2月16日@後楽園ホール。対戦相手は里村明衣子)の前、(千葉県にある)マーベラスと2AWの道場に通って。2AWに鈴木みのるを連れて行ったりとか。
――えええっ! 鈴木みのるさんが、わざわざ千葉に? けっこう遠いですよね?
ウナギ:「(技を)1個くらい教えて」って言って、技の入り方とか教えてもらいました。あの人、めっちゃ私の試合見てるんですよ。
――すごい。本当に愛されている......。
ウナギ:前田日明にも、絶対に「今のレスラーの後ろ受け身を見せなきゃ」と思ってたんで。
――前田さんがYouTubeで「今のレスラーは受け身が取れない」と発言。たぶん多くの人が「今のレスラーの受け身を見てよ!」と思ったと思うんですけど、それを実際にやるという発想はなかったです。
ウナギ:あれはやらなきゃ。(前田が)ケガを心配するっていうのはわかるんですよ。ケガが一番怖いし、みんなが一番恐れていることなんです。でも、ケガをさせようと思ったことなんか一度もないし、みんなそうだと思うんですよ。それは今も昔もずっと変わっていないはずなのに、あんな言われ方をして、黙っているわけにはいかなかった。今プロレスをやってない奴が今のことを言うことに、「お前もやってたやん。かと言って、別にお前は最強ではなかったやん」って思ったので。
――前田さんにオファーしたのは、その動画が炎上する前だったんですよね?
ウナギ:なんなら、一番最初にオファーしたんですよ。もう引退してるし、前田サイドはけっこうガチガチだったんですけどね。「OKを出したこと以外はやりません。リングにも上がりません」って。
――それでああいう形になったんですね。
ウナギ:私の目標は、両国国技館に『キャプチュード』をかけることだけだったんです。みのるはリングにいて、前田はリングの外にいる画を作りたかっただけなんですよ。
――あれは本当にいい画でした。
ウナギ:本当にそれだけだったけど、大会前に炎上事件があって......。あれはYouTube側がバズるように、たぶん内容がカットされたりして、悪意があるように編集されてしまっている。私も、「そんな風に言ってないのに」ということが記事になっちゃうんですよね。結局、奴らは数字を求めるためにやっている仕事だから、レスラーの気持ちとか関係ないし。でも、そういうものに操られている世界でもあるので、しょうがないとは思ってるんですけど、マジで「うわ、どうしよう」と思って。
――想定外の事態に......。
ウナギ:ただ『キャプチュード』で出てきて、鈴木みのるとの画を作って去っていくだけにしてしまうと、前田日明という存在価値だけが落ちる。それは嫌だなと思ったんです。
――会場はものすごい盛り上がりでしたが、大会後、批判の声も上がりました。前田さんの動画は、高梨将弘選手のケガが発端だったこともあって、ウナギさんも「ケガをネタにした」と。
ウナギ:高梨さんに対しては、ネタにしようなんて気持ちがあるわけがない。自分もいつ同じ状況になるかわからないし。でも「そう受け取られるんだ」って......。
――難しいですね......。
ウナギ:かといって、否定するとか謝罪するとかは「高梨さんが聞いた時、どう思うの?」って。なんか違うなと思ったので、この件に関してはひと言も話さない。こういう場で聞かれたら言うけど、世に放つと醜くなるじゃないですか。
――前田さんには最初からオファーしている状態で、どうするのが正解だったのか......。とにかく高梨選手の回復をお祈りするばかりです。
ウナギ:本当に......。
【アクシデントに対応したシン・広田さくらの天才ぶり】
――前田さんの件は賛否が分かれるところではありますが、ウナギさんは自分なりのベストを尽くしたと思います。すばらしい興行でした。
ウナギ:何が楽しかったですか? ポイントでください!
――私は、葛西純vsスーパー・ササダンゴ・マシン一斗缶Ver.(アジャコング)ですね。「アジャコングが『なんで2試合なんだよ!』って文句言いながら、マスク被って出て行った」というウナギさんのマイクを含めて、最高でした。
ウナギ:あの3日後には、4月29日に里村さんと試合してたじゃないですか(里村明衣子の引退試合)。「私、なんてことしてしまったんだろう!」と思いましたよ。
――シン・広田さくら選手も、あらためて「天才だな」と思いました。タッグを組む予定だった刀羅ナツコ選手が体調不良で欠場になり、急きょ「シン・刀羅ナツコ」として登場するという。前日に欠場が決まったのに、あの完成度はヤバいですよ。
ウナギ:(刀羅が所属する)スターダムからは「無理やり出します」って言われたんですよ。でも、それはよくないと思って、「"貸し1"にさせてください」って。「新日の選手を出しましょうか?」とも言われたんですけど、いや、違うなと。
――それでシン・刀羅ナツコだったんだ。大正解ですよ。
ウナギ:あのムーブは完璧に天才的なムーブでしたね。最高でした。
――あと、ウナギさんがマイクで「今、なんかちょっとやらかしたら、死ぬほど袋叩きにされて吊し上げられて、そんな世界だけど、みんなも絶対にやりたいことやるの諦めないでください」って言ったじゃないですか。あれで涙腺が崩壊しました。私も吊し上げられがちな人間なので......。
ウナギ:今、本当に、一回不倫したらこの世の終わりみたいな。不倫は本当によくないけど、人って失敗する生き物ですよね。嫉妬だったり、「失敗しろ」って望んでいる人もいるけど、叩かれる人って、叩かれるなりの何かが絶対あるんですよ。何も持ってなくて、何も期待されていなかったら、たぶん叩かれることなんてない。「耐えろ」とも思わないけど、「うわ、こんなに叩かれるのに自分は耐えられないだろうな」と想像して"やらない"っていう選択肢を取る人が、たぶん今は、すごい多いと思うんですよね。
(後編:「ただのバカが負けた」とならないための努力 プロレスを面白くするために常に考え、すべてを吸収する>>)
【プロフィール】
■ウナギ・サヤカ
1986年9月2日、大阪府生まれ。2019年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にて「うなぎひまわり」としてデビュー。2020年11月、スターダムに初参戦。コズミック・エンジェルズを結成し、12月、アーティスト・オブ・スターダム王座を戴冠。2021年7月、フューチャー・オブ・スターダム王座を戴冠。2022年10月よりフリーになり、"ギャン期"と称して他団体に参戦。2023年10月、KITSUNE世界王座の初代王者、2024年1月6日、JTO GIRLS王者、1月7日、アイアンマンヘビーメタル級王者となり、三冠王となる。2024年1月、9月、後楽園ホールにて2度の自主興行を開催。2025年4月26日、両国国技館での自主興行を成功させた。168cm、54kg。X:@unapi0902