
紆余曲折の末、イタリア人のカルロ・アンチェロッティがブラジル代表の監督に就任した。
セレソン(ブラジル代表)にとっては初の外国人監督だ。いや、厳密に言うと過去に3人、いるにはいた。だが最初のウルグアイ人のラモン・プラテロは1925年に19日間、ふたり目のポルトガル人のジョレカは1944年にほんの3日間。3人目のアルゼンチン人のフィリッポ・ヌネスに至ってはたったの90分間だった。1965年、ベロオリゾンテのスタジアムのこけら落としの興行のために、パルメイラスの選手に代表のユニフォームを着せてウルグアイ戦をしたため、パルメイラスの監督だった彼がその日だけブラジル代表監督の名を背負ったというものだった。どれも数には入らないだろう。
そのため、カルロ・アンチェロッティの就任は強い反応を引き起こした。国を大きく分けて賛成派、懐疑派、反対派の相反する意見が飛び交う事態となった。一部の人々にとってアンチェロッティは救い。他の人々にとっては新たな混乱の章の幕開けだ。ただひとつ共通するのは、サッカー王国を自負するブラジルが、監督を自国から選ぶことができないという事実に、プライドをことごとく傷つけられたことだった。
それぞれの意見を聞く前に、まずは現在のブラジルの状況をおさらいしておこう。
現在、ブラジルは史上最低のW杯予選を戦っている。数カ月前まで、南米予選で6位と低迷し、史上初めてワールドカップ出場を逃す寸前まで追い込まれていた。FIFAが出場国を48チームに拡大していなければ、ブラジルの出場はどうなっていたか。現在は4位まで浮上したものの、ここまでの予選で、ほとんどいいところは見当たらない。
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億万長者の選手たちは、それぞれのクラブでは活躍するが、カナリア色のユニフォームを着ると、その力が魔法のように消えてしまう。批判と重圧から委縮し、それでまたミスを犯すという悪循環。ブラジル人はプレッシャーにとことん弱い。それを制御すべき役割を担うのが監督なのだが、2022年カタールW杯後にチッチ監督が退任してから、3年間で3人の監督が交代し、心理的に安定させることもできない。
【賛成意見だけではない】
それだけではない。ブラジルサッカーの最高機関CBF(ブラジルサッカー連盟)はスキャンダルと政治的な駆け引きで、サッカーどころではない。過去13年間で11人の異なる会長が就任していて、うち任期を全うしたのはたったひとり。平均して14カ月ごとに会長が代わっている。その理由は汚職、偽造、逮捕、司法による解任、詐欺......。アンチェロッティを招聘した張本人エルナンド・ロドリゲスも、監督就任が発表された数日後に、裁判所の判決を受けて解任された。
ブラジルサッカーは何もかもうまくいっていない。つまり、アンチェロッティを待ち受けているのは、かなり難しい状況なのだ――。
ではまず、賛成意見を見ていこう。ブラジルは世界で最も優秀な監督を招聘した、セレソンはそれに値するチームだと考える人々だ。
かつてレアル・マドリードでプレーしたこともあるサヴィオは、アンチェロッティのチーム管理能力、勝利の経験を評価し「彼がセレソンに改革と刷新をもたらすことを期待している」と強調した。
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ブラジルの著名なジャーナリスト、マウロ・セザール・ペレイラは、アンチェロッティがネイマールに依存しない姿勢を称賛し、「ついに代表チームに本物の監督が就任した」と述べた。
アンチェロッティが就任記者会見を行なったホテルには、賛成派のサポーターが集まった。
「僕たちはもうネイマールもCBFも信用できない。でも、アンチェロッティの登場は唯一希望を与えてくれる」
ブラジルのユニフォームを着たそのうちのひとりは語った
次に懐疑派だ。彼らはアンチェロッティの手腕は認めるものの、それが今のブラジルを救うには十分でないと考えている。W杯まであと1年というこの時期に、いくら優秀でも、ポルトガル語を話せない、ブラジルのサッカーを肌で知らない監督では難しい、という意見だ。
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ブラジルの選手が活躍できないのは、メンタル的な要素が大きい。ブラジル人でないアンチェロッティがそれを解決するのは難しい。それならまだ心理療法士のほうがいいと言うのだが......。
【「外国人監督など必要ない」】
レアル・マドリードでプレーしたことがあるもうひとりの元ブラジル代表選手、ジュリオ・バチスタは、外国人監督起用は支持するが、不安定な環境に警告を鳴らし、アンチェロッティがチームに構造的な変化をもたらす時間がないと指摘した。
アベル・ブラガは、2006年に東京で開催されたクラブW杯でインテルナシオナルが優勝した時にチームを率いていた監督だが、こう述べている
「アンチェロッティはブラジルが犯している間違いをすべて解決できる人物ではない。彼には敬意を抱いているが、彼のなかにはブラジルらしいアイデンティティも、情熱も見えない」
そして反対派。これはどちらかというと感情的な意見だ。
元ブラジル代表監督で日本でも指導経験のあるエメルソン・レオンは、完全に反対の立場だ。彼は外国人監督に指揮を委ねることはブラジルサッカーにとって後退であるとし、アンチェロッティのブラジルサッカーについての知識不足を指摘。この選択は「ブラジルサッカーのアイデンティティの危機」だと言う。
W杯で優勝経験のあるリバウドも、ブラジルには外国人監督など必要ないと言う。ブラジルには有能な監督がおり、アンチェロッティの選択は伝統への尊重の欠如だと叫ぶ。
一方、ジャーナリスト兼ドキュメンタリー作家のジョアン・カルロス・アスンプソンは少し違う反対派だ。彼はこの選択が、CBFが自分たちのスキャンダルから目を反らすための戦術にすぎないと言っている。
ちなみにアンチェロッティ就任の賛否は、ブラジル国外からも聞こえてくる。彼の母国であるイタリアでは、ファビオ・カペッロが次のように述べた。
「アンチェロッティは偉大な監督だが、代表チームとクラブは異なる。彼はこれまで経験したことのない問題に直面するだろう。ブラジルがアイデンティティの危機に直面している今、彼が最良の選択かどうかはわからない」
アンチェロッティの現役時代の監督でもあるアリゴ・サッキはさらに厳しい。
「アンチェロッティは管理者であり、革命家ではない。ブラジルには新しいアイデアをもたらす人物が必要で、経験だけでは足りない。このようなデリケートな時期には、彼は適任ではないかもしれない」
一方、元イタリア代表のアレッサンドロ・デル・ピエロはこの決定を称賛した。
「ブラジルはアンチェロッティを獲得して得をしたよ。彼はプレッシャーを制御し、チームを結束させる能力がある。安定をもたらし、ブラジルのサッカーに喜びを取り戻すことができる人物だ」
元スペイン代表のイケル・カシージャスもポジティブな見方をしている
「アンチェロッティはロッカールームを理解し、選手から尊敬されている。ブラジルにはロッカールームの平和と、選手のエゴを管理できる人物が必要だ。その役割に、彼は完璧だ」
さらに元スペイン代表キャプテンでレアル・マドリードの元監督でもあるフェルナンド・イエロも言う。
「今のブラジルの混乱を収められる人物がいるとすれば、それはアンチェロッティだ。彼はブラジル人をよく知っているし、多くの選手と仕事をしてきた。時間はかかるだろうが、うまくいくと思う」
一方、スペイン人監督ラファエル・ベニテスは懐疑的だ。
「クラブと代表は違う。サイクルが短く、プレッシャーは巨大だ。アンチェロッティはトレーニング時間の不足と文化の違いで苦悩するかもしれない。成功の保証はない」
こうした意見も、すべては1試合目の結果によって変わるだろう。見事な采配をすれば多くが賛成派に回るだろうし、失敗すれば「それ見たことか」と懐疑派や反対派が鼻息を荒くする。
アンチェロッティの最初の試練は6月5日(現地時間)のエクアドル戦、10日のパラグアイ戦になる。