
6月2日、宮城野親方(元横綱白鵬)の退職届が理事会で受理され、宮城野親方の退職が決まった。
今回の退職のきっかけとなったのは昨年2月に発覚した、宮城野部屋内での暴力事件。日本相撲協会は部屋内での弟子による、別の弟子に対する暴力事件の報告を怠ったとして、宮城野親方を「委員」から「年寄」へ2階級降格と減俸処分を科した。ちなみに日本相撲協会では親方にも階級があり、理事長がトップ。年寄は最下級、協会内の運営には関われないことになっている。
宮城野部屋9名の力士が引退
通常、相撲部屋内での暴力事件の処分はここまで。当該力士は引退をしており、幕引きとなるはずだった。ところがその後、宮城野親方の部屋を運営する能力は不明であるとして、協会は「無期限」で宮城野親方の師匠の立場を外し、部屋を閉鎖状態にした。
そのため宮城野親方は当時19名いた弟子(6月までに9名が引退している)を連れて、伊勢ケ濱部屋へ転籍。また宮城野部屋を応援する「後援会」なども全て閉鎖させられることになった。
これについて日本相撲協会は指導姿勢などに改善が認められれば自分の部屋を再開できるとしていたが、特に「指導姿勢」の基準などは明確にはしていない。また他の親方たちにも「指導姿勢」の一定のランクが示され、それ以上であることを求めているのかなども明らかにはされていない。
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この件に関して2025年6月2日付の朝日新聞デジタルの記事では『協会は、宮城野部屋が閉鎖状態となることについて「理事会決議に基づく処分ではない」「閉鎖ではなくて『(一門内での)預かり』だ」と説明していた。』とある。さらに同日に日本相撲協会が発表した文書では「宮城野には、師匠としての素養、自覚が大きく欠如していることが確認されたことから、宮城野部屋力士らを伊勢ヶ濱一門で預かり、師匠・親方としての指導・教育を行うことになり、現在まで、伊勢ヶ濱部屋での預かりとなっていました」とある。「自覚の欠如」がどのように確認されたのか、またその基準がどのようなものであるかもまた明確に説明はされていない。
しかし、ここで、疑問が沸く。
「理事会決議に基づく処分ではない」とするものの、「この1カ月、伊勢ケ濱一門内、一門と協会執行部との協議が続き、3月28日付の理事会で、宮城野部屋の今後が決まった」(【イチロー大相撲〈17〉】解説=宮城野部屋はなぜ閉鎖になるのか/2024年3月28日/日刊スポーツ)というように、私たち相撲ファンの記憶でも「理事会で決まった処分」と認識してきた。閉鎖の発表は日本相撲協会として行っている。
そもそも論であるが、日本相撲協会と親方は「給与」を支払い受け取る、雇用関係にある。
親方は協会との間で力士の育成にあたり、協会員としての職務を遂行する。協会は前述したように役職などによって給与を決定し、給与・賞与、勤続手当、場所手当などを支払う。親方は協会と労働契約を結び、雇用される給与所得者である。であるからして定年もあり、近年では再雇用制度もある。一方で「一門」とは協力し合う組織であり、いわば派閥のようなもの。日本相撲協会に雇用される給与所得者の職務について、それを解く権限は持たないはずだ。
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雇用する日本相撲協会、雇用される宮城野親方、であるが、2024年4月から部屋は1年以上も閉鎖され、宮城野親方は自分の職務を遂行することができなかった。状況が改善すれば再興を認めるとはしつつも、『協会関係者によると、措置から1年経った今年3月の理事会で「宮城野部屋問題」は議題にならず。5月29日の定例理事会でも、俎上(そじょう)にのぼらなかった』(朝日新聞デジタル6/2)とあり、雇用関係にある宮城野親方の職務について協会は真摯に向き合おうとはしてこなかったと言える。
たとえ相撲協会が「一時預かりであり処分ではない」と強弁しても、宮城野部屋は実際に「閉鎖」されて、所属力士は伊勢ヶ濱部屋へ転籍し、後援会活動等も禁止されているのだから、「処分」である。ここで注目すべきは「期限」を設けてないこと。いつ解除するかの基準も明示せず、「状況が改善すれば再興を認める」と、恣意的に決定、運用する姿勢が明らかだ。
公益法人日本相撲協会の労働問題
これは雇用関係にある親方に対して、あまりに不誠実極まりないだろう。宮城野親方が「もし戻れたとしても、次に何か(周辺で不祥事が)起きれば、また厳しい処分になると思う。私は(協会から)目をつけられているから。ハラハラしながら過ごすのは、もう耐えられない」(朝日新聞デジタル6/2)と発言したのは、当然のことだ。今回の退職は追い込まれ、止むにやまれずのことだと理解できる。多くの相撲ファンが「親方がかわいそうだ」と言うのもごくごくあたりまえのことだ。
たとえばである。Aというコンビニ店で店員同士の暴力事件があった。本部はこれを重く見て、Aを閉鎖、経営者である店長を店員共々にBという店舗に移し、期限を設けず、姿勢や自覚といった曖昧なものが改善されるまでAは再開されないとなったら、どうなるだろうか? もしくは社員Aが上司らに「自覚がたりない」「能力が不明」として無期限で、本来の職務からはずされて延々と資料室でコピーをとり、シュレッダーをかける職務に就かされたら? そういう上司はパワハラと言われ、労働組合から突き上げをくらい、労働基準局の調査・指導を受け、ニュースに報道されるだろう。
さらに問題は、日本相撲協会が公益法人であることだ。法人の事業が社会全体に貢献するものであることが求められ、税制で大きな優遇措置を受けている。この4月に公益法人法は改正され、ガバナンスの透明性がより求められており、「自覚」とか「姿勢」とか「能力」とか、不明瞭なもので雇用関係にある親方を1年以上も本来の職務から締め出していたとなると、大きな問題として議論されることになるだろう。さらに「情報開示」の強化も求められているので、宮城野部屋の1年以上に渡る閉鎖の経緯をきちんと説明する責任を負うはずだ。
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それにしても一体、日本相撲協会はこうした労働問題について、どう考えているのだろうか?と不思議でならない。いちライターとして筆者は非正規雇用の問題などを日ごろ取材し、さまざまな酷い事例を見聞きしているのだが、ここまでアバウトな雇用関係というのはめったにお目にかかれないというか、初めて出あう。それが日本を代表する興行団体となると、一昨年来続く旧ジャニーズ問題やフジテレビなどの問題とつながる日本社会の大いなる闇のようにも感じている。
和田靜香(わだ・しずか)相撲や音楽などエンタメを中心としたライターとして執筆をしてきたが、40代で仕事が激減してアルバイト生活に。コロナ禍で生活がさらに苦しくなり、一念発起して衆議院議員に問答を直訴。それをまとめた『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(2021年)が政治分野としては異例のヒットに。以降は政治や社会問題、特に当事者でもある中高年シングル女性の生活について執筆をする。週刊女性PRIMEでは2017年から「スー女のみかた」という相撲コラムを連載。