小泉進次郎農林水産大臣がたたかれている。
「米が高い!」「一体いつになったら値下がりするんだ!」という国民の怒りが爆発していたので、大慌てで対応したら今度は「こんなに安いのは適正価格ではない!」「農家や米屋をつぶす気か!」「どうせ選挙対策だろ、汚い連中だ」などと、こき下ろされているのだ。
政治家とはそういうものなのでしょうがない部分があるが、ちょっと気の毒なのは身内からも「無能」扱いされていることだ。
岸田政権で農水大臣を務めた“先輩”である野村哲郎衆議院議員は地元の会合で、小泉大臣が「随意契約」を自民党農林部会に諮らずに決めたことを批判して、「ルールを覚えてもらわないといけない」と小バカにしたのだ。
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ただ、このニュースを聞いて「典型的な老害だな」とイラッとしている方もいるはずだ。会社などでも、停滞した事態を打開しようと新しい取り組みを進めようとすると、よってたかってつぶしにかかるベテランや重鎮も多いからだ。
こういう人たちを筆者は「現状維持おじさん」と呼び、日本型組織の「変化できない」問題に大きな影響を与える「キーマン」だと思って注目している。
「現状維持おじさん」はその名の通り、既存のシステム、既得権をとにかくキープしたいベテラン・重鎮達だ。彼らは、これまで続いてきたルールを軽視されたり、秩序を乱されたりすることが大嫌いなのだ。
●「反対のための反対」をする人々
例えば、皆さんはこんな経験をしたことはないだろうか。
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組織や仕事の中で、何十年も解決できず、”塩漬け”になっている課題がある。この解決を任されたあなたは仲間の協力やアイデアを結集。そんな努力の甲斐(かい)もあって、どうにか前に進められそうになったとき、どこからともなくこんな声がする。
「おいおい、やり方が乱暴だろ、もっとみんなの意見を聞いて進めないと」
もちろん、こういう指摘の中にはもっともなものもある。しかし、中には既存のシステムや既得権を守るため、こういう改革をつぶそうとする、「反対のための反対」をする人がいる。それが「現状維持おじさん」だ。
事実、「改革プロジェクト」は、こういう横やりで頓挫することが多い。冷静に考えれば当たり前だ。関係者に意見を聞けば、皆それぞれが自分たちの利益を守ろうとするので議論は紛糾して時間だけが過ぎていく。そこでどうにか結論にこぎつけたとしても、関係者の要望を反映した妥協の産物にしかならない。いわゆる“玉虫色の折衷案”というものなので、構造的な問題を変える力などないのだ。
筆者も報道対策アドバイザーとして、危機に直面した組織の内部を目にすることがあるが、「現状維持おじさん」の発言力・政治力が強い組織は、何も決断できず、対応が迷走し事態を悪化させるケースが圧倒的に多い。
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では、こういう状況を避けるためにどうするのか。組織論の専門家やビジネスコンサルタントなどがよく言うのは、組織の中に「味方を増やす」ことが組織改革の成否を分ける鍵だという。
●「現状維持おじさん」を見極める簡単なポイント
これは筆者もまったく同感だ。そのためには「反対のための反対」をしてくる「現状維持おじさん」と、「こうしたほうがもっとよくなる」と建設的な反対をしてくる「改革派おじさん」を見極めて、後者をうまく味方に付ける必要がある。
そう聞くと、「おじさんなんて、とりあえず若手がやることにあれこれ口出して反対するものなんだから見ただけで区別できないでしょ」と思うかもしれないが、「現状維持おじさん」を長いこと観察してきた立場から言わせていただくと、実は至極(しごく)簡単な“見極めポイント”がある。それは一言で言えば、こうだ。
とにかく権威に弱いので、理屈やデータではなく「権力者」や「大義」を持ち出して説き伏せようとする。
分かりやすいのは、冒頭で触れた野村議員だ。
鹿児島県農協中央会常務理事を経て政界入りし、自民党農林部会長を経て、岸田政権では農林水産大臣にもなった「ザ・農水族」なのだから、小泉大臣のやり方が気に入らないのであれば、なぜ農水族を通さないと物事を決めていけないのか、なぜコメの価格が高いままなのかという根拠やデータでしっかりと説明したうえで、「ということで、大臣経験では先輩の私がガツンと言ってやります」と苦言を呈すればいいだけだ。
しかし、野村議員はそういうことは言わない。森山裕自民党幹事長という「権力者」を用いて小泉大臣をディスっているのだ。
まず「森山先生は部会長もされたし、農政の自民党の政策決定のトップですが、相談に来ていないと思います」と暗に小泉大臣が「権力者」への敬意がないと無礼者だと指摘する。そして、「森山先生にちくりと言っていただかないと」とこれまた「権力者」をちらつかせて圧力をかけている。子どものころ、教室で何かささいなトラブルがあるたびに「あー、先生に言ってやろ!」と騒ぐ子どもがいたが、あれの大人版である。
皆さんの周囲にいる「現状維持おじさん」も、こんなふうに「権力者の代弁」をする形で、新しい取り組みや若手のプロジェクトをつぶしにかかっていないだろうか。
●「現状維持志向」が強い日本人労働者
「いや、オレはいいと思うけれど、部長がこういうのすごく嫌いだから現実問題として難しいんじゃないかな」
「これちゃんと役員に話通してる? そういう段取りを重視しないで進めるのは専務すごく怒るよ」
「そんなのたまたまでしょ」と思うかもしれないが、そんなことはない。「権威を持ち出して改革をつぶす」という行動は、日本人労働者の「気質」が生み出す、極めて基本的な組織病理である。
オランダに本社を置く大手人材サービス企業のランスタッドが2022年、世界34カ国3万5000人を対象に労働者意識を調べたところ、実は日本人ほど「現状維持志向」が強い労働者はいないことが分かった。
世界の労働者のうち、40%が強い成長意欲を持っているのに対し、日本の労働者で現在の雇用先でのキャリアアップを望んでいる人は29%しかいなかった。この数字は、調査対象となった34の国と地域の中で最も低かったという。その他の調査結果も踏まえて、日本人労働者のこんな傾向を指摘している。
「日本は社会貢献よりも収入を重視する点がありながらも、雇用先でのキャリアアップは望まれておらず、現状の生活を維持するために働く労働者が多い」(ランスタッド プレスリリース 2022年5月26日)
日本には世のため人のため、出世のためでもなく、「今の生活をキープするため」に働いている人が圧倒的に多いということだ。では、こうした現状維持志向が極めて強い人々が、組織の中でベテランや管理職といった立場になったら、どのような人物になるかを想像していただきたい。
「今の生活をキープする」ためには、そのための収入や役職を約束してくれる「今の組織」もキープしなくてはいけない。組織改革などされたら、これまでの収入や役職が脅かされてしまうからだ。
ここまで読めばお分かりいただけるだろう。これこそが「現状維持おじさん」の根本的な行動原理である。
●「現状維持おじさん」の対処法
彼らが改革をつぶすのは、そこに何か強い信念があるからではなく、「自分の生活を維持するために、現在の組織やシステムを維持したい」という極めて打算的な考えで動いている。
そういう自己保身が根底にあるのでリスクは取りたくない。自分自身が改革をつぶす急先鋒のように見られるのは、何としても避けたいのだ。だから、自分はあまり前に出ることなく、「権力者」や「大義」を引っ張り出してきて「先生、あいつ生意気だからガツンとやっちゃってください」などと、後ろから陰で騒ぎ立てて、対立をあおるのだ。
こういう「現状維持おじさん」のパーソナリティーを理解しておけば、ビジネスパーソンの皆さんも新しい取り組みや「組織改革」が進めやすいはずだ。
ビジネスパーソンの皆さんも組織内で何かの「改革」を進める際には、まずは、誰が味方で誰が敵なのかを冷静に見極め、味方を増やす準備にしっかりと時間をかけていただきたい。
(窪田順生)
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