庄や 居酒屋店の需要が完全回復していません。日本フードサービス協会の「外食産業市場動向調査」によると、2024年の「パブレストラン/居酒屋」の客数は2019年比で7割にも届いていないのです。大量閉店を経て、それぞれの道を歩む居酒屋企業の現在地を中小企業コンサルタントの不破聡が解説します。
◆個室居酒屋から大衆酒場への転換を急ぐ「庄や」
「庄や」の大庄は2019年8月末のグループ全体の店舗数が616でしたが、2025年2月末には321とほぼ半減。「庄や」の直営店は162から63まで減少しています。ただし、不採算店の閉鎖を進めたことで、稼ぐ力は高まりました。2019年8月期の営業利益率は1.2%でしたが、2024年8月期は2.0%。2025年8月期は2.4%を計画しています。
大庄は「庄や」など各ブランド本来の強みに磨きをかけるという、“居酒屋ど真ん中”の戦略をとりました。2024年11月に川崎408店、2025年4月に立川南口店の全面改装を実施。従来の個室居酒屋から解放的な大衆酒場路線へと改めました。
実は、居酒屋店の需要縮小は宴会消失の影響が大きく、“飲み需要”そのものは回復傾向にあります。これは、コロナ前から宴会への依存度が低かった「鳥貴族」の店舗数が変化していないことがよく物語っています。「鳥貴族」は2019年7月末の店舗数が659、2024年7月末は643でした。
「庄や」はビルの地下や2階以上にある店舗の閉鎖を進めました。今後は路面店を中心とし、ふらりと立ち寄る顧客が主要なターゲットとなるでしょう。もともと「庄や」は「板前がいる町の酒場」をテーマに掲げており、リピーター向けの店づくりがしやすいブランドでした。原点回帰による生き残り策を進めています。
◆業態の幅を広げる「ワタミ」
対照的に戦略を大きく改めたのがワタミ。2020年3月末の店舗数は491で、2025年3月末は492。ほとんど変化していません。しかし、店舗の中身は大きく変わりました。日本サブウェイを子会社化し、フランチャイズ加盟店186店舗を承継したからです。ワタミは居酒屋店を縮小し、ファーストフード店の強化を図りました。
2025年3月期のワタミの国内外食事業の売上高は343億円。この数字は2020年3月期の売上よりも120億円程度縮小しているものの、利益率は0.5%から4.7%へと大幅に高まりました。
居酒屋店とファーストフード、焼肉店、寿司店へと業態の幅を広げて成長性に弾みをつけようとしています。
◆「テング酒場」の“後釜”は20代の若者でにぎわう
一方でレストランへの転換を急いでいるのが、「テング酒場」を運営するテンアライド。居酒屋「テング酒場」や「神田屋」を「てんぐ大ホール」という食堂と居酒屋が融合した店舗に作り変えています。「てんぐ大ホール」は2021年4月に1号店を船橋にオープン。2025年3月末時点で36店舗に急拡大しました。2025年3月期は「テング酒場」を2店舗、「神田屋」を6店舗転換しています。
「てんぐ大ホール」は昭和の大衆食堂のような佇まいで、「焼き飯」や「ナポリタン」などの昔ながらの料理の他、つまみとアルコールといった従来の居酒屋メニューも提供しています。
レモンをタワー状に重ねたサワーなど、SNS映えを狙ったコンテンツの作り込みも特徴の一つで、料理のコストパフォーマンスも相まって20代の若者でにぎわっています。
テンアライドは2014年3月期から2017年3月期まで赤字が続くなど、業績は決して良好とは言えませんでした。しかし、コロナ禍を経て新業態の拡大に力を入れたことが奏功し、2025年3月期の営業利益率は2.0%まで高まっています。コロナという居酒屋企業最大の経営危機が、新たな道を模索するきっかけとなったのは間違いありません。それが収益力の向上につながりました。
◆二極化する消費者のニーズ
「塚田農場」のエー・ピーホールディングスもレストランや専門店への転換を進めています。総店舗数はコロナ前と比較して20店舗減少していますが、業態の幅が広がりました。2024年12月1日に「なきざかな 渋谷」を新規オープン。この店舗は貝とワインの専門店という珍しい業態です。
コロナ後の消費者は、コストパフォーマンスを重視する層と、高単価で食事にこだわる層の2つに分かれました。これは外食単価が高騰したことにより、できるだけ安く食べたいというニーズと、たまに食事をするのであれば美味しいものにこだわりたいというニーズが顕在化したものと考えられます。
エー・ピーホールディングスの店づくりは、こだわり層を特に重視。貝専門店の「なきざかな 渋谷」もそうですが、一人しゃぶしゃぶの「しゃぶしゃぶつかだ」、鴨料理専門の「Na Camo guro」などコンテンツ力を高めた店舗に力を入れています。
◆2024年は居酒屋の倒産件数が最大だが…
帝国データバンクによると、2024年1-11月の居酒屋の倒産件数は203で、2020年の189件を大幅に上回りました。客数が完全回復しない中で、食材費や水道光熱費、人件費の高騰が経営を圧迫しているのです。それに加え、コロナ禍のゼロゼロ融資の返済が始まり、キャッシュフローが悪化するケースが絶えません。特に宴会客に依存していた運営会社は苦戦を強いられています。
一方で、規模の大きな居酒屋企業の動向を見ると、コロナが成長性や収益性を高めるきっかけになっているのは間違いありません。消費者からすれば、コストパフォーマンスや専門性の高い店が増え、食べる楽しみが広がったともいえそうです。
結局のところ、リスクをとって消費者や時代の変化に最適化した事業者が、繁栄を続けるということなのでしょう。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界