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今年3月、パナソニックは同社LUMIXのフルサイズモデルSシリーズの最上位機種として、8K解像度で動画撮影が可能な「S1R II」を発売した。これで国内主要カメラメーカーからは、すべて8Kモデルが発売されたことになる。
【写真を見る】8年前にシャープが試作していた8Kカメラ(全5枚)
とはいえ、各社とも発売タイミングがバラバラだったこともあり、8Kというソリューションをどう使っていくのか、その思惑もまた違っているのではないかとも思える。
8Kという解像度に注目が集まったのは、2019年ごろである。当時東京オリンピックを20年に控え、NHKでは過去最大規模となる8Kライブ放送を計画していた。ところがご存じのように20年初頭から始まったコロナ禍の影響を受けて、東京オリンピックは21年へと延期になった。さらには日本各地で予定されていた8Kのパブリックビューイングも、3密を避けるということで多くが中止となった。東京オリンピックを契機に8Kを軌道に乗せるという思惑は、幻と消えた。
8K関連機器を企画・製品化するメーカーは、転換を余儀なくされた。
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●運命の2020年
8Kで先頭を走っていたのは、「アストロデザイン」だった。05年の愛知万博でNHKが8Kソリューションを展示することになったのがきっかけで、8K関連機材の開発をスタートしている。17年にはシャープと協業で業務用8Kカムコーダ「8C-B60A」を製品化した。
シャープは19年にも、ミラーレス型の「8C-B30A」をCESで発表した。マイクロフォーサーズで8Kという、独自開発センサーがウリだったが、結局一般発売には至らなかった。
業界内では会社としての体力やカメラ販売のノウハウ不足も聞かれたところだが、20年3月頃には東京オリンピックの延期が決定し、テレビも含めた8K商品戦略全体が見直されることとなった影響は、小さくなかっただろう。
レンズ面でも、マイクロフォーサーズで8Kはなかなか厳しい。そもそもマイクロフォーサーズは小型・軽量がウリのシステムであり、レンズも8K解像度に対応できるものは少ない。またシネレンズも少ない。レンズバリエーションという点で考えれば、シネレンズが多いスーパー35(APS-C)かフルサイズが現実的だろう。
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このオリンピック1年延期は、AV家電メーカーにとっては戦略の見直しを余儀なくされたが、映像制作業界では一部好意的に受け止められたところもある。20年の段階ではまだ8Kの準備が間に合わないが、あと1年猶予ができたことで間に合うかも、といった期待もあったのは事実だ。
フルサイズミラーレスでいち早く8Kに対応したのは、キヤノンだった。20年7月に発売された「EOS R5」だ。キヤノンにとって、「5」は特別な数字である。そもそもデジタル一眼で映画のような動画を撮影するというソリューションを生み出したのが、「EOS 5D Mark II」だったからだ。
最初に登場したミラーレスタイプの8Kカメラということで、後処理でいろいろやることを念頭に置いた作りとなった。8K UHDサイズ(7680×4320)だけでなく、8K DCIサイズ(8192×4320)の2種類の8Kモードを搭載している。また8K DCIではRAW記録にも対応したほか、両8KフォーマットでAll-Intraフレームでの撮影もサポートした。フレームレートは29.97、24、23.98に対応した。
つまり本来なら20年の夏に火が付くはずだったテレビ8Kだけにフォーカスせず、デジタルシネマにも対応できるようにという配慮が見られる。ただこれはタイミング的に見ても、東京オリンピック延期はあまり関係なく、最初からそういう商品企画だったものと思われる。キヤノンはテレビ事業を持っておらず、シャープのように8Kテレビとの連動性に重点を置いていない。
実際22年3月には、これをベースにしたシネマカメラ「EOS R5C」を商品化している。つまりR5は静止画カメラのフラッグシップというポジションで、これで8K動画のマーケットを探る前哨戦的な意味合いもあったのだろう。24年8月には「EOS R5 MarkII」も登場している。
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キヤノンの面白いところは、フラッグシップだから8Kが撮れるというわけではないところだ。24年に登場した「EOS R1」は、6Kのカメラである。
キヤノンから半年ほど遅れて8Kカメラに参入したのが、ソニーである。21年3月発売の「α1」は、ミラーレスの主力モデル「α7」とは違うフラッグシップモデルとして登場した。
キヤノンのR5と違うのは、8KはUHDサイズのみで、DCIサイズには対応しなかったことだ。また記録は4:2:0/10bitで、同社得意のH.265ベースのXAVC HSとなった。映画向けのカラーグレーディングや合成を前提とした作りではなくビデオ向け、さらに言えば、Vlog向けの作りとなった。
元々カラートーンが選べるピクチャープロファイルという機能は搭載していたが、これとは別の独立した機能として、10種類のルックが選べる「クリエイティブルック」を搭載した。この機能はのちのフルサイズVlogカメラ「ZV-E1」にも継承された。
つまりミラーレスでは本格的にテレビやシネマに使うのではなく、「シネマのように見える8Kの自前コンテンツを作る」という方向に振ったということである。
21年には同社シネマカメラ「VENICE 2」で8Kモデルをリリースしている。もちろんα1をサブカメラとして使用することも念頭に置いて、Log撮影も可能になっているが、プロとコンシューマを中途半端に混ぜないよう、切り分けしている。
22年には「α7R V」で8Kをサポートした。ただし24Pのみであり、この時点ですでにテレビ8Kは念頭に置いていない。24年12月には「α1 II」をリリースし、8K 4:2:2/10bitの記録に対応した。
●東京オリンピック後の8K
結果的に東京オリンピックは21年夏に行なわれたわけだが、ニコンが同年12月にリリースした「Z9」は、静止画撮影のフラッグシップでありながら、8K UHD/60p(12bit)のRAW動画の内部記録に対応した。
とはいえ縦撮りにも対応する大型カメラなので、動画カメラとしてはいささか取り回しに不便である。本格的な8K動画対応機は、23年5月の「Z8」だと考えるべきだろう。Z8では新たに8K DCIにも対応し、60PのRAW12bit撮影にも対応した意欲作だ。今のところこれを超えるミラーレス機は出ておらず、これまで動画ではあまり評価されなかったニコンが大きく注目されるきっかけとなった。
また人物撮影機能にフォーカスしたのも特徴的だった。世界最小サイズの顔を検出するという被写体検出機能を搭載したほか、美肌モードも3段階、さらには肌色だけを検出してトーンをいじれる人物印象調整機能も搭載した。
基本的にはLogで撮影してカラーグレーディングするカメラだが、内部にLUTを読み込んでそのまま記録するような機能は搭載しない。その代わりSDR撮影では、ピクチャーコントロールだけで28種類も選べるといった作りになっている。
つまり8Kカメラではあるが、HDRなのかSDRなのかでワークフローを大きく分けている。シネマやテレビといった枠に当てるというより、ユーザーのレベルに合わせて色々使えるように幅広く設計したということだろう。
22年9月には、フジフイルムからAPS-Cサイズの8Kカメラ「X-H2」が登場している。8K30pで160分の撮影が可能な放熱構造を持ち、さらに専用冷却ファンまで発売するという念の入れようだ。ただし解像度は8K UHDのみで、DCIが撮れるのは4Kからだ。
8Kでは珍しいAPS-Cサイズだが、同社にはXマウントレンズのラインアップが充実しており、APS-Cのシネレンズまである。
これに続く8Kカメラは、23年9月発売の「GFX100 II」という事になる。フルサイズをすっとばして中判に行ってしまった。8K DCIで撮れるが、センサー範囲はかなり小さくなるため、8Kの主力機というわけではない。
先にも述べたところだが、今年3月にはパナソニックが同社LUMIXシリーズとして初の8Kカメラ、「S1R II」を発売した。元々フルサイズミラーレスの初号機は19年に「S1」と「S1R」の2モデルが登場しているが、上位モデルのS1RのMarkIIという位置づけである。
8K UHDのほか8K DCIサイズにも対応した。システム周波数でNTSC(59.94Hz)、PAL(50Hz)、CINEMA(24Hz)の切り替えがあり、フレームレートはNTSCでは8K/29.97と23.98pだが、CINEMAに切り替えると24pで撮れる。このことから、放送向けとデジタルシネマ向けの両方に目配せしたカメラと言えそうだ。
ただ記録は4:2:0のLongGOPで、フォーマットはMOVかMP4になる。MP4ではDCIサイズでは撮影できないため、MOVがメインとなる。他にもProRes撮影も可能だが、こちらは最高で5.8Kからとなる。8Kでシネマも撮れるが、合成などはやらないライトユースを念頭に置いた作りとなっている。
この背景としては、東京オリンピック以降で明らかになった8Kというフォーマット失速の影響があったと見るべきだろう。8Kフォーマットずばりのコンテンツを作るというニーズが薄まったことで、むしろ4Kフォーマットに対してオーバーシューティングすることでメリットを出すという方向にシフトしたという事だ。
つまり8Kで撮っておけば、縮小して4Kにすれば画素が詰まって解像感が上がるし、1/4サイズまでクロップしてもまだ4K解像度が確保できるというメリット、である。
こうした方向性は、意外にもBlackmagic Designのシネマカメラに顕著だ。同社のラインアップはHD・4Kからスタートしたが、その後は6Kときて、8Kを飛ばして12Kとなった。6Kは明らかに4Kコンテンツに対してのオーバーシュート、12Kは8K及び4Kに対してのオーバーシュートという事である。
切り出しという点においては、ソニーのα1 IIでは被写体を認識して自動的にクロップしてフレームを切り出し、画面内に写っている限りは自動で追従するという「オートフレーミング」という機能が搭載されている。
またパナソニックのS1R IIでは、クロップした2点間を設定すると、その間をなめらかに移動してくれる「ライブクロップ」という機能が搭載されている。
こうした機能は、8Kという解像度や領域をフルで使うのではなく、切り取って利用していくという考え方である。こうした機能は、以前から360度カメラでは存在した。全天球の撮影結果をそのまま使うのではなく、一部を切り出してコンテンツ化するわけである。24年発売の360度カメラである「Insta360 X4」では、全天球の8K解像度の映像からの切り出しを行なう事で、「切り出しても高解像度」を実現した。これもある意味8Kソリューションである。
20年頃までは、8K素材をダイレクトに編集するのも、なかなか厳しかった。よってプロキシを作成して編集するような、かつて4Kの編集が重たかった時代に逆戻りしたかのようなワークフローだった。だが20年末にAppleがM1チップを開発し、以降M1 Pro、M1 Max、M1 Ultraとハイエンド化していったころから、8Kのダイレクト編集にも対応できるようになっていった。
現実的には、コンテンツは4K納品が圧倒的に主流である。一方デジタルシネマでは、一部8Kマスターの制作が行なわれており、ときおり8K上映会のようなイベントが行なわれている。
一方個人で所有するディスプレイやプロジェクタで8K対応製品を所有している人は一部に限られており、8Kコンテンツが供給されても実際にその解像度で見られる人は少ないのが現状だ。ゲームの世界ではソニー「PS5 Pro」がゲームの8K出力に対応しているところだが、8K対応ゲームが少なく、現在はビッグタイトルのアップデート待ちである。
8Kカメラの現実は、4Kコンテンツのクオリティを上げるためのアッパーフォーマットとしての用途がメインとなっている。そういう意味では、映像制作現場では8Kを扱う機会は今後増えていくだろうが、一般の人が8Kコンテンツを気軽に見られるのは、映画館ぐらいで十分だろう。
「一般家庭に8K」は、あまりにも急ぎすぎた夢だった。
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