
連載第43回
杉山茂樹の「看過できない」
パリは欧州の中心都市であり、最大の観光都市である。筆者にとっても常に行きたい街の最上位にくる「花の都」だ。観光都市であることを実感したのは1998年フランスW杯。マレ地区のプチホテルに拠点を置いて動き回ったのだが、その1カ月間の旅がなんと快適だったことか。
これまで11回、W杯をフルカバーしたなかで、「スポーツツーリズム」の視点で比較すれば、フランスW杯は断トツのナンバーワンになる。外国人旅行者の数が世界1位の座にある観光大国・フランスで開催されたW杯。観戦旅行が楽しくなるのは当然と言えば当然だ。
ところが、その中心地であるパリに世界各地からサッカーファンが日常的に訪れているかと言えば、ノーだ。1990年イタリアW杯以降、20年近くにわたり年間の半分以上、欧州取材に費やしてきた筆者の場合は、フランスを訪れても、目的地はモナコやリヨンであることのほうが多かった。
パリ・サンジェルマン(PSG)が強くなかったからだ。30年前(1994−95シーズン)に"リベリアの怪人"、ジョージ・ウエアを擁し、チャンピオンズリーグ(CL)でベスト4入りしたことが1度あったが、5年前(2019−20シーズン)まではそれが最高の成績だった。
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パリのサッカータウンとしての魅力は限りなく低かった。世界で最も行きたい街、パリ。だがそこに上等なサッカーはない。サッカーはパリのウィークポイントだった。
欧州最大の観光都市でありながら、パリはサッカーツーリズムが成立しにくいという問題を抱えていた。ミラノ、バルセロナ、マドリード、ロンドンの比ではなかった。ローマ、アムステルダム、マンチェスター、リバプール、ミュンヘン、バレンシアにも劣っていた。
風向きが変わったのはカタール資本が入り、クラブが金満化への道を辿ることになった2011年。以降、PSGはCLの決勝トーナメントにコンスタントに進出するようになった。スター選手の存在も魅力となった。しかし、大枚をはたいてビッグネームを獲得しても、ナンバーワンの座に就けない姿は、逆に哀れを誘った。2019−20シーズンに自己最高位となるCL準優勝を果たしても、街の魅力とまではならなかった。
【日本観光にサッカー観戦の要素は?】
そうした苦難から、PSGは今季、ようやく解放されることになった。CL決勝のインテル戦における5−0の勝利は、花の都パリに相応しい華々しい勝ち方だった。来季もこのサッカーを見たいと思うサッカーファンは多いだろう。サッカーがパリという街の魅力の一角を形成することになった記念すべき優勝である。
パリはサッカーもある観光地に変貌を遂げた。もはやその魅力に死角はない。街の魅力では勝っても、サッカーの魅力で完敗していたロンドンやマドリード、バルセロナ、ミラノに気後れする必要はなくなった。
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一方で現在、観光客で溢れている街と言えば、東京も例外ではない。2024年に日本を訪れた外国人の数は3687万人で、これは過去最多だという。パリに追いつけ追い越せ、である。
問われているのはそのなかに、スポーツツーリズムの要素がどれほど含まれているか、である。バスケットボール、ラグビー、野球など候補はさまざまだが、サッカーは世界で断トツの人気ナンバーワンスポーツだ。実際、バルセロナやリバプールのレプリカユニフォーム姿で街を歩く観光客の姿を、東京のあちこちで確認することができる。
加えて日本のサッカーは右肩上がりを示す。代表は世界最速で2026年W杯本大会出場を決めた。もしアジアのサッカーファンにとって日本が憧れの国だとすれば、Jリーグ観戦を旅程に組み込みたいと考える人がいても不思議はないだろう。
しかし、FC東京の順位は現在(第19節終了時点)、降格圏内の18位だ。サッカーそのものも外国人観光客にご披露できるような状態にない。守備的で面白みのない退屈なサッカーだ。観光国を目指す日本の首都・東京のなかで、最も規模の大きなクラブであるにもかかわらず、である。
横浜F・マリノスも、東京からスタジアムまでのアクセスがよくなったため、十分スポーツツーリズムの対象になるだろう。しかし、今季のこちらの惨状ぶりはFC東京よりさらにひどい。現在、最下位。これではとても観戦動機は高まらない。
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空前のインバウンドに沸きながら、観光客をスタジアムに呼び込むことができずにいるJリーグ。晴れて欧州一に輝いたPSGとはまさしく対照的な関係にある。彼らをお手本とすべきなのに、各クラブはもちろん、Jリーグにも世界にファンを広げようとする気概を感じられない。
訪日客にも多くのサッカー好きがいるという前提に立てば、施策は自ずと見えてくる。無料招待チケットを1万枚配るなら、インバウンドにも十分な周知が必要だろう。世界に向けて披露するという感覚なしに、サッカーは広がらない。
パリという街の宣伝にひと役買うPSG。東京の宣伝どころではない状態にあるFC東京。この落差にあらためて愕然とさせられる。