「マツダCX-60」はスタートラインに立てたのか “フルボッコ”試乗会からの逆転劇

1

2025年06月06日 07:21  ITmedia ビジネスオンライン

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

CX-60の乗り味はどう変わったか

 マツダがミニバンを廃止してからずいぶんたつ。MPVもビアンテも、マツダらしいユニークさを備えたミニバンであったが、ラインアップから外れた。


【その他の画像】


 「Be a driver.」や「人馬一体」など、運転の楽しさや操縦する喜びを提供するというテーマを掲げている以上、人や荷物を運ぶことを優先するミニバンで同社の思想に沿ったクルマを作り上げることは難しい、という判断は潔いほどで、理解できる。


 そこで5人乗り以上のドライバーズカーをSUVに絞り、FRプラットフォーム(これをSUVだけに使うのはもったいないと思うのは筆者だけではないだろうが、諸事情を考えると納得できる)を開発。CX-60を2022年に作り上げた。


 しかし欲張り過ぎ、盛り込み過ぎ、頑張り過ぎの感は否めず、熟成不足で荒削りな感触が伝わってしまったのだろう。当時、試乗会でマツダの広報と開発エンジニアはフルボッコ状態であったと聞く。これもマツダに対する期待の表れであったのだろうが、想定外の事態に社内は戸惑ったのではないだろうか。


 登場した頃のCX-60は、とにかくシャープなハンドリング性能が際立ち、車重やボディサイズを感じさせない軽快感があった。だが、前席に座っていても後席の乗り心地の悪さが想像できるほど突き上げ感が強く、リアサスペンションが十分に機能していないクルマであった。


 おそらく開発過程では、さまざまな路面や道路環境で走行試験を繰り返したと思うが、これまでにないSUVを生み出そうという熱意によって、乗り心地への感覚が鈍っていった可能性もある。


 しばらくは、ネットでの評判や乗り心地改善の対策など、さまざまな情報が飛び交っていた。マツダも、走り込むことでサスペンションがなじんで乗り心地が改善した試乗車を用意するなど、ネガティブなイメージの払拭に熱心な姿勢だった。


●大幅な仕様変更、乗り味はどう変わったか


 それから2年。熟成を経て、再びCX-60のステアリングを握る機会をもらった。それはまさに生まれ変わったと言っていいほど劇的な変化を感じさせるものだった。


 一言で言えばジェントルに、コンフォートになった。それでもCX-60らしさは健在。いいあんばいになった、というのが当てはまる言葉だろう。


 シャープなハンドリングは適度に落ち着いたものになった。特にリアサスペンションの支持剛性がやや抑えられて、操舵の応答時にリアタイヤが前後左右に動く余裕のようなものを感じる。


 それでも確実にその動きには芯があることを感じさせるのだ。それは乗り心地で一瞬感じるしっかり感から来る硬質なフィールや、ステアフィールの確かさ、シートが支えてくれる感触による。


 特に気になる後席の乗り心地についても、市街地を中心に数時間移動してみたが、まったく不満はないレベル(道路の凸凹のひどさは気になるが)。後席でノートPCを開いて仕事できる程度だと聞けば、快適さの度合いが分かるだろうか。


 燃費もマイルドハイブリッドの恩恵で、市街地でも高速道路でも渋滞でも、1リットル当たり17〜18キロの間で大きな変化はない。燃料が軽油ということもあって、燃料代はかなり安いと感じた。


 1500キロを走破して、燃料代が1万2000円程度で済むのは、ガソリン車で言えば1リットル当たり22.5キロ程度に相当する燃費だ。これだけのサイズが生むゆったり感と加速性能、先進装備を考えると、このクルマの価格設定はバーゲンプライスだと思わされる。


 アイドリングストップの始動時や加速時に、ディーゼルエンジンの存在感を感じることはある。それが気になるようならEVを選択すればいいだろう。ディーゼルらしさを完全に取り除くことは技術的にも難しく、それ自体がそもそもナンセンスだと思う。


●詰めの甘さを感じた部分も


 「このクルマもやっとスタートラインに立ちました」。そう言った広報担当者の言葉も納得であるが、気になった点がないわけではない。それは装備類の詰めの甘さで、今どきカーナビがタッチパネルにも音声入力にも対応していないのは不便だ。


 それでもAppleの「CarPlay」に対応しているので、iPhoneで目的地を入力しておけば、車体側への共有だけで設定できる。だが、車両側の交通情報とCarPlayでのナビ、それにラジオなどの音量をそれぞれ調整しようと思うと、調整する場所がバラバラなので、使いにくかった。


 先進運転支援システムである「i-ACTIVSENSE」の各機能も充実しており、大柄なボディを乗り回すためのサポートが豊富にあった。特にフロントカメラの視界が切り替わり、ボンネット先端の左右の視界を確認できる機能は、駐車場から出て歩道を横切るときなどに大変ありがたかった。


 それでもダッシュボード上のモニターサイズの問題で、360度ビューは画面が小さく、周辺の情報がやや見にくいと感じた。ブラインドスポットモニターやリアカメラの視界、左右のドアミラーによって車庫入れはできるので問題はなかったが、せっかくの360度モニターが使いにくいのは残念だった。


 こうしたささいな問題点は残るものの、車格はもちろんのこと、内装のデザインや仕立ての良さ、走行性能、燃費などを考えれば、筆者が試乗したXD-HYBRID Premium Sportsの車両価格の約570万円は、やはりバーゲンプライスだと思った。


●マツダのクルマ作りはようやく完成の領域へ


 最近は輸入車のリセールバリューがどんどん低下している。一方、マツダは、かつて値引き販売を主軸にしていた頃は、口の悪い人から「マツダ地獄」と呼ばれるほど、リセールバリューが低く、マツダ車以外に買い替えることが難しいと言われていた。


 しかし、2015年から始めた「ものづくり革新2.0」によってマツダのクルマ作りはガラリと変わった。デザイン、パワーユニット、サスペンションが一新されただけでなく、独自性が高まり、技術力だけでなく内容が洗練されたことが印象的だった。


 それまでもデザインやエンジンには定評があったが、ロータリーエンジン以外はマツダならではの個性が伝わりにくかった。


 しかし「魂動デザイン」が生み出され、代を追うごとに洗練さを極めていく。パワーユニットも、独自技術の「SKYACTIV」で燃費と動力性能のどちらも向上させていった。


 その集大成とも言えるのが、このCX-60に搭載されている直列6気筒のディーゼルエンジンだ。燃焼室の酸素を燃やし切る必要がないディーゼルエンジンの強みを生かし、軽負荷時にはエンジンにわずかな燃料を噴射して走り、高負荷時にはモーターの力で負荷を軽減する。エンジンの負荷を軽減することで燃費の向上につなげているのだ。


 大排気量で燃料を少ししか噴射しないのなら、小排気量でいいのでは? そう思う方もいるだろう。ガソリンエンジンのダウンサイジングでは、そう考えて小型軽量を追求したが、高負荷時の燃費が悪くなり、システムが複雑になったことで生産コストとメンテナンス費用が上昇した。


 一方、ディーゼルエンジンは燃焼室の空気すべてを燃やす必要はなく、それどころか燃焼によって発生した熱によって空気が熱膨張するため、冷却損失を抑えることにつながる。従来であれば捨てていた熱エネルギーを、ピストンを押し下げる力やタービンを回す力に有効活用できるのだ。


●クルマならではの“味わい”に今後も期待


 2027年に登場するといわれる「SKYACTIV-Z」は、この第三世代の「SKYACTIV-D」と「SKYACTIV-X」の技術を融合したようなものになるという情報もある。


 今後、トランプ政権の間は自動車関税に苦しめられることになるのかもしれない。しかし、商品力が高ければ、関税によって値上げしても米国ユーザーはマツダ車を選んでくれるのではないだろうか。そう思えるほど、CX-60は魅力的なクルマに仕上がっていた。


 電動化も脱炭素も重要だろうが、その前にクルマとしての魅力を忘れてはいないだろうか。エンジンの振動やサウンド、アクセルを踏んでジワッと立ち上がるトルク、変速機のきめ細やかな制御によって、クルマが仕事をしていることが伝わってくる。


 こうしたクルマならではの味わいは、そろそろ得られにくくなっていくだろう。EVのモーターは静粛性が高くスムーズだが、どこか無味無臭のようで、味わいに欠けているようにも感じられる。


 またエンジンに注目が集まる。そんな機運を、マツダをはじめとする日本の自動車メーカーの姿勢から感じ取ることができる。それは生き残りをかけた戦いなのかもしれないが、筆者はこれからの動向が楽しみだ。


(高根英幸)



    ニュース設定