
チェルシーに「名GK」の歴史はない。
1970年代にピーター・ボネッティが活躍したあと、チーム全体に安心感をもたらす名手は現れなかった。2000年代に入って20年ほど、カルロ・クディチーニ、ペトル・チェフ、ティボ・クルトワといった実力者が異彩を放った時期が存在する程度だ。
クルトワが2018年にレアル・マドリードへ移籍したあと、ケパ・アリサバラガ、エドゥアール・メンディ、ジョルジェ・ペトロヴィッチ、ロベルト・サンチェス、フィリップ・ヨルゲンセンが起用されたが、名手と呼ばれる域には誰も達していなかった。
新GKのひとりに「鈴木彩艶」がリストアップされたという。エンツォ・マレスカ監督は不安定なサンチェスとヨルゲンセンに見切りをつけ、日本代表とパルマの守りを支える22歳の若者にチェルシーの未来を託すとの情報が流れ始めた。
サンチェスはキックもキャッチもミスが多い。ビルドアップを担う近代的センスも持っていない。ヨルゲンセンも帯に短し、たすきに長し。絶対的な信頼は置けない。
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「ワールドクラスの名手を獲得すべきだ」
OBのクリス・サットンは訴える。このひと言から「パリ・サンジェルマンのジャンルイジ・ドンナルンマ獲得か」という噂が流れたものの、現時点では一部メディアの憶測にすぎない。26年6月で現行の契約が切れるドンナルンマが売り時だとしても、チェルシー内部からイタリア代表GKの名前は聞こえてこない。
おそらく、サンチェスとヨルゲンセンは一掃される。昨年の夏に契約し、今夏から正式に加入するマイク・ペンデルスは19歳と若く、2024-25シーズンに続いて新シーズンもベルギーのヘンクにローン移籍する予定だ。同じく若手のテディ・シャーマン=ロウ(22歳)とマックス・メリック(19歳)もローン移籍の継続、もしくは戦力外通告だろう。
【鈴木のライバルとなるGKは?】
新シーズンの正GK候補と考えられているのはペトロヴィッチだ。2024-25シーズンはローン先のストラスブールで活躍し、晴れてチェルシーに復帰する。
一昨年の夏、マンチェスター・ユナイテッドとの争奪戦を制し、MLSのニューイングランド・レヴォリューションから獲得。公式戦31試合出場のデータが証明するように、レギュラーの座をほぼ掌中に収めていた。
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ところが、昨年夏のヨルゲンセン加入に伴い降格。出場機会を求めてストラスブールにローン移籍した。10回のクリーンシートを記録するなど、自らのレベルを証明している。
鈴木のチェルシー加入を大前提とするなら、ペトロヴィッチとの定位置争いになる。鈴木のアドバンテージとなるのは、セリエAとリーグ・アンの違いだろう。
カルチョ・イタリアーノは守備のディテールにこだわる。カテナチオと呼ばれた当時の守備偏重ではないが、相手の攻撃を封じる技術に関しては、全メディアが一家言を持っている。一方、フランスは全体的に守備への関心がやや薄い。
さらに、イタリア人のマレスカ監督が「新GKの選択肢をセリエAに限定する」との一部情報も鈴木には追い風だ。チェルシーのスタイルを踏まえると、ローマのミレ・スヴィラル、アタランタのマルコ・カルネセッキが有力候補だ。いずれ劣らぬ名手であり、その中に鈴木が含まれているのだとしたら、なかなかの高評価である。
2003年7月、ロマン・アブラモヴィッチ前オーナーが買収したあと、チェルシーは世界各国からスターを買い漁った。しかし、日本人どころかアジア人は、ひとりもいない。
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プレミアリーグ全体を見渡しても、アジア人GKはレアケースだ。2018-19シーズン、カーディフでプレーしたフィリピン代表ニール・エザリッジが唯一の例だ。全試合に先発フル出場し、10回を記録したクリーンシートは7位タイの好成績である。
【日本人GKの歴史を塗り変える可能性】
また、日本人とプレミアリーグの歴史も同様だ。稲本潤一に始まり、これまで多くの日本人がプレミアリーグでプレーしてきたが、全員フィールドプレーヤーだ。プレミアリーグの舞台に立った日本人GKはいない。
2001年、川口能活がイングランド2部のポーツマスに移籍し、チームも2002-03シーズンに優勝してプレミアリーグ昇格を果たした。しかし、川口は出場機会を求めてそのシーズンを最後にポーツマスから離れ、日本人初のプレミアリーガーになることはなかった。
したがって鈴木には、日本人GKの歴史を塗り変える可能性が残されているということだ。
プレミアリーグのプレー強度はすさまじい。他国で実力を認められたGKたちも、イングランドでは話が違う。アスレティック・ビルバオからチェルシーに移籍したケパ・アリサバラガは空中戦に苦しみもだえ、インテルからマンチェスター・ユナイテッドにやってきたアンドレ・オナナは2シーズン目もおびえながら過ごした。
フィフティのボールに対して、ゴールを狙う猛者たちは危険を顧みず、負傷のリスクを度外視して突っ込んでくる。そのプレーに腰が引けていると、周囲から「臆病者」と後ろ指を指される。鈴木を上回るキャリアを持ちながら、プレミアリーグで失格の烙印を押されたGKは少なくない。
いや、だからこそ自分の力を試したくなる。鈴木は粗野なタックルにもビクともしない頑健な肉体を有している。強いシュートを遠くに弾き飛ばす腕力、高速クロスへの対応、コーチングに必要とされる英語力も十分。まだ粗削りではあるものの、魅力にあふれる逸材だ。ステップアップのチャンスを逃してはならない。
6月3日、チェルシーがミランのマイク・メニャンに接触した事実が明らかになった。発信源は市場に詳しいジャーナリスト、ファブリツィオ・ロマーノ氏である。信頼できる消息筋からつかんだ情報に違いない。鈴木に逆風が吹き始めたのだろうか。
【セリエB降格から救って知名度も上昇】
だが、メニャンはふくらはぎに古傷を抱えている。プレミアリーグのプレー強度に、肉体が悲鳴を上げるかもしれない。一方、2024-25シーズンの鈴木は37試合に先発フル出場。欠場した1試合は出場停止によるものだった。古傷はどこにもない。
今回のレポートは推測をもとに構成した。チェルシーが鈴木に接触を図った事実はまだないとはいえ、パルマをセリエB降格の危機から救ったことで彼の知名度は上がり、夏の移籍市場で注目されている。ビッグネームが動き出したとしても不思議ではない。
イタリア人のスポーツジャーナリストであるマッテオ・モレッチ氏は、ロマーノ氏のYouTubeチャンネルで次のように語っていた。
「2024-25シーズンのセリエAを制したナポリが、ZION SUZUKIに興味津々」
各国の強豪クラブがこぞって注目する、若き日本人GKの未来は明るい。