左から夫・近藤裕佑さん、2人の息子さん、妻・なぎ沙さん こんにちは、コラムニストのおおしまりえです。
「子どもが小さいうちは、自然の中でのびのびと育ててみたい」
そう思ったことがある方は、きっと少なくないでしょう。筆者は長く東京住まいですが、最近息子が虫にハマり、その気持ちが高まっています。
今回は、自然の中での子育ての“理想形”とも言える生活を実現させている、近藤さんご夫婦にお話を聞きました。
近藤一家は、2023年に千葉県から石川県加賀市にあるわずか10世帯の限界集落「今立町」に移住しました。現在は子育てをしながら、ご家族で自然体験型の古民家宿「古民家ゆうなぎ」と乳幼児から小中学生向けの自然学校「かが杜の学び舎ゆうなぎ」の運営、地域コミュニティづくりに取り組んでいます。
自然豊かな土地での暮らし、そして子育てについて聞きました。
◆限界集落で育てる、小さな命と家族の暮らし
「地方移住」というキーワードも、最近は一般的になりつつあります。とはいえ、大きな決断であることは変わりません。石川県は近藤さん一家にとって、縁もゆかりも無い場所だったといいます。
夫の裕佑さん、妻のなぎ沙さんに、まずは現在の暮らしぶりを教えていただきました。
裕佑さん「家族構成は、僕と妻、そして1歳と4歳の息子の4人家族です。今の働き方は、平日の午前中に中学校で支援員のアルバイトをして、午後は宿の整備や宿周辺の畑づくりなどをしています。土日は宿泊に来られるお客様の対応や、農作業をして過ごします」
なぎ沙さん「私は1歳の下の子を見ながら、この春にオープンした宿「古民家ゆうなぎ」の運営を主な仕事にしています。古民家ゆうなぎでは、宿泊事業と並行し、今後は自然のなかで親子が育ち合えるような地域向けの子育てコミュニティを立ち上げて、地域のママたちが集ってつながりを深める場にもできたらと思うんです。そうした企画や立ち上げも、今進めていたりします」
現在住んでいる場所は、“限界集落”と呼ばれるエリアです。自然の中で暮らすことの選択としては、言葉の印象だけで言うと“究極”に感じます。そもそもなぜ、地方へ移住をしようと思ったのでしょうか?
裕佑さん「僕たちは、子どもが3歳になるまでの環境をとても大切に考えています。以前住んでいた千葉県は団地が多いエリアで、コンクリートばかりの風景でした。自然との距離を感じていましたし、今の環境を子どもが当たり前のものとして受け入れる前に、自然の中での生活を覚えてほしかったんです。『三つ子の魂百まで』とも言いますし、この大事な時期に、自然の中で手触りのある暮らしを体験させたいという思いが、移住の動機です」
◆自然と教育、15年続けて次の形を模索する
こうした思いから、上の子が2歳の頃に近藤一家は石川県へ移住を決行しました。そもそも2人の価値観の中には、「自然との暮らし」は、どの程度想定されていたのでしょう。
裕佑さん「僕は学生の頃から、アウトドアか教育に関わる仕事がしたいと思っていたので、移住した生活は、突如思い立ったものではなく、自分の思い描いていた理想の形のひとつです。移住前は中学校の社会科教諭を4年間していました。その前は、長野で山村留学の受け入れスタッフや自然体験の指導員、キャンプ事業の立ち上げなど、のべ15年働いていたので、どちらも経験した上で、次の形を模索していました。
また移住を機に古民家宿の運営を選択したのは、アウトドアと教育のキャリアを経験し、かつ家族ができたことで、『自分たちの暮らしの中でできる教育』を考えるようになったからです。そうして、移住を機に家族で事業をするという新たなチャレンジを考え、自然体験教室や古民家宿の運営に至ります」
今の暮らしは、宿に泊まる家族向けに川遊びや畑体験を提供したり、地域の育児イベントに講師として関わったりと、「教えること」が暮らしの軸のひとつになっているそう。
もともと着実にキャリアを積み上げた結果、今の移住という選択につながっていったという裕佑さん。一方のなぎ沙さんもまた、自然に根ざした保育の魅力に出会った経験があったと言います。
なぎ沙さん「私は大学卒業後、最初は都内の学童保育で6年働きました。その中で、1年だけ経験した保育園が『長屋暮らしの大家族』がコンセプトで、そこから自然の魅力を知っていきました。
その園は、日本の昔ながらの暮らしを取り入れているのが特徴で、縁側や畳があって、障子や襖で仕切られ、ちゃぶ台で食事をするんです。味噌を仕込んだり、木のおもちゃで遊んだりと、今まで見てきた保育の現場とはまったく違いました。その時の経験で、『子どもと暮らすって、こういうことなんだな』と気づかされましたね。
自分自身はもともと自然派ではなかったのですが、それ以降『本当にやりたいことはこれだ!』って心が決まりました。都内では、どろんこ遊びひとつするにも制限がありますよね。だからこそ、環境を変え、移住したいと思うようになりました」
◆限界集落を選んだ理由は「たまたま良い物件があったから」
2人の中で、「移住」という選択は、ポンと出た思いつきではないことは理解できました。しかし、選んだ場所が限界集落と呼ばれる場所なのは、普通の人からすると「なぜ?」と感じます。なぜあえて限界集落に住むのか、その理由を教えてもらいました。
裕佑さん「今の場所を選んだ理由は、欲しい家がたまたまこの限界集落にあったからです。限界集落をあえて選んだわけではないんですよね。限界集落って言葉だけ聞くと、ものすごく不便そうなエリアに感じますが、僕達が住む場所はそんなこともないんです。
自宅からは、車で15分走れば国道に出ますし、15分で大型スーパーがあり、新幹線の駅は30分で到着します。もちろん、Amazonなどの荷物も届きます。住まいを探す際は、病院や将来的な子どもの通学距離も考えて探していて、今の場所はすべて僕らの条件をクリアしています。周りの人は「あんな山奥に」って言うけど、僕らからすると暮らしやすい田舎だなって印象なんですよ。
道や車は昔より良くなっているし、インターネット販売も便利になりました。将来的には自動運転やドローン配送など、ますます移動のための労力がさらに減ってくると考えているので、高齢になってからの生活も心配していません。少しくらい山奥であっても昔ほどの不便さは感じないのではないかと思うのです。
逆に自然環境や空気の良さの価値は、将来にわたって大きな価値をもたらしてくれると思うのです。加賀市もそうですが、昔はあまり評価されなかった場所でも、現代や近未来の技術の発展を踏まえて見直してみると、埋もれている魅力的な場所を再発見できると考えます」
ちなみに限界集落では、現在は息子さんたちと同世代の子どもはいないと言います。自然の中での教育とあわせて、子どもの社会性の発達を考えると、やや不安に感じるかもしれませんが、その点も問題はないと話します。
裕佑さん「同世代のお友達が近所にいたら嬉しいですが、現状それは叶っていません。ただ、車をちょっと走らせると市内にアクセスでき、現在は一般的な交流も持てています。上の子は保育園にも通っており、つながり不足は感じていません。最近では、子どもが友達を作り、みんなでうちに遊びに来てくれることが増えています。そうしたやり取りを見る中で、自分たちらしいつながりの形が見えて来ているように感じますね」
◆「とりあえず3年」そんな軽やかな気持ちで理想の暮らしを追求
ここまでの話から、近藤さん一家の暮らしぶりは、限界集落のイメージとは異なり、想像よりもずっと現代的で不便さもないように感じます。とはいえ、やっぱり移住は移住。理想を追いかける一方で、「住んでみて、合わなかったらどうしよう」という不安はなかったのでしょうか?
裕佑さん「『定住』『永住』ってなると、どうしてもハードルが高くなるのは分かります。僕たちは定住を目指していますが、同時に『とりあえず3年やってみようか』といったスタンスで、当初の移住計画を始めました。都会に戻る気持ちはありませんが、とはいえ、もし本当にダメだったら戻ればいいじゃんと。
僕は教員免許(中学校)があるし、妻も保育士資格と教員免許(幼稚園・小学校)があります。どこでも働けると思ったら、移住に対する気持ちも軽くなりました。今は、転職も引越しも珍しくない時代です。だからこそ、あえて先のことを考えすぎず、フットワーク軽く移住という選択は取れています」
現在移住2年目の近藤一家。これからどんな暮らしや課題、幸せが待っているのかは未知数ですが、「子どもの3歳までをどう過ごすか」といった話は、筆者も今一度考えさせられるような気持ちになったのでした。
【近藤裕佑】
赤ちゃんから楽しめる一棟貸しの宿「古民家ゆうなぎ」・自然体験活動団体「かが杜の学び舎ゆうなぎ」代表。自然体験活動指導者や教員としての経験を活かし、「原点教育(人間の古くからの生活や自然に触れ、これからの生き方を考える教育)」を主軸に自然・文化体験活動を提供する。YouTube: @kont_juniorhighschool_societyでは歴史の講義通しての知識面からの原点教育を試みる。
【近藤なぎ沙】
「古民家ゆうなぎ」「かが杜の学び舎ゆうなぎ」副代表。元学童保育支援員。保育士・幼稚園・小学校教諭免許を活かし「つながる子育て」をモットーに、自然・母親・親子がつながる居場所づくりや、「親子向け里山里海ステイ」の受け入れも構想中。木育インストラクター、おもちゃコンサルタントとしても、木のおもちゃの魅力発信や木育活動を行う。
<取材・文/おおしまりえ>
【おおしまりえ】
コラムニスト・恋愛ジャーナリスト・キャリアコンサルタント。「働き方と愛し方を知る者は豊かな人生を送ることができる」をモットーに、女性の働き方と幸せな恋愛を主なテーマに発信を行う。2024年からオンラインの恋愛コーチングサービスも展開中。X:@utena0518