「合理的○○プラン」や「シンプル290」など、音声通話まで含めた低価格な料金を打ち出している日本通信。MVNOの中でも群を抜いた安さが評価され、ユーザーからの評価も高まっている。そんな同社が4月に導入した新料金プランが、タブレットなどのデータ通信専用端末のための「ネットだけプラン」だ。
この料金プランは、データ容量が20GBで、価格はわずか1200円(税込み、以下同)。音声通話ができない分、同容量の「合理的みんなのプラン」より190円安い。しかも、月々のデータ容量が1GB以下に収まっていた場合、料金は119円まで下がる。こちらも、データ容量1GBのシンプル290円より割安。タブレットなどに使う回線として、非常にお得感がある料金プランといえる。
もっとも、日本通信が安価な料金プランを打ち出せているのは、ドコモとの交渉で総務大臣裁定を勝ち取り、音声通話の卸価格を抑えられているからだ。合理的プランに音声通話定額や無料通話が含まれている理由も、ここにある。では、なぜ日本通信はあえてデータ通信専用プランを投入したのか。同社代表取締役社長の福田尚久氏に話を聞いた。
●タブレットに入れるSIMの選択肢がなかった
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―― ネットだけプランを開始しましたが、なぜこのタイミングにデータ通信専用プランだったのでしょうか。
福田氏 もともと、日本通信はデータ専用プランをやってきました。MVNO全般がそうです。日本通信SIMを出したときから、通話料も含めて安いスマホ用のものをやり、基本的にはそこにフォーカスしていました。もちろん、データ通信用のものも残していましたが、そちら側を強化することはやっていませんでした。料金プランとしてはありましたが、アグレッシブなことはしていなかったということです。
結果として「音声込みの料金としてはいいよね」というお声をずいぶんといただくようになりました。(既存プランのデータ容量増量や音声網を含めたフルMVNO化の準備など)いろいろなことをやっていますが、そろそろデータ通信側もやらなければという思いはありました。1年を振り返るタイミングの3月終わりぐらいに、強化するぞということを決め、準備を進めてきました。
―― やはりニーズは根強くあるのでしょうか。
福田氏 あると思っています。自分もiPhoneの大きい方(Pro Max)を使っていますが、年相応に目が悪くなっているので、iPad miniも併用しています。ただ、そこにSIMを入れようと思ったら選択肢がない。日本通信SIMを入れても料金としては安いのですが、感覚的に、何となく音声通話部分の料金が無駄になっている感じがします。
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音声を取り外したものは、お客さまからもご要望をいただいていたので、それもやはり必要かと思いました。僕ら世代だと、iPadを併用している方が増えていますから、それなりにニーズはあります。MVNO全体を見ても、データ通信を中心に結構な数を取っているので市場はあると思っています。
●使わない月は119円 なぜここまで安くできたのか
―― 合理的みんなのプランとデータ容量は同じですが、金額差が190円あります。これは音声分を引いた金額ということでしょうか。
福田氏 そうです。その差分を引きました。データ通信だけになると複雑怪奇で、いろいろな会社がいろいろなことをやっています。何GBが欲しいと思ったら、絶対にどこかがやっている。ですから、20、40、60GBにして、1200円、2400円、3600円と分かりやすい料金にしました。1390円の2倍と言われると、「うっ」となってしまいますからね(笑)。複数回線を使っていると、どのプランがどうなっていたか分からなくなるので、極力シンプルにしました。
―― 20GB単位で60GBまでという形にしたのはなぜでしょうか。
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福田氏 日本通信には、30GBまで使える「190Pad SIM X」がありますが、あれは、新聞やメールを見たい人向けのプラン。いっぱい使っても5GBだったというような人にはいいのですが、動画が必要な今だとすぐに(データ使用量が)上に行ってしまいます。昔と違うのは、圧倒的に動画を使う人と、そうでない人が分かれていることです。月5〜7GBあれば十分な人と、20GB、30GBと使って行く人が明確に分かれています。
今はSNSでも動画が再生されて、「動画エブリウェア」という状況ですが、容量的には(190Pad SIM Xより)上の方に行けた方がいいと思いました。1200円で20GBなら、動画を見てもその範囲で収まります。プラン設計時は10GB単位で上げていくようにしようかどうか迷いましたが、まずは20GBでやってみました。
ただ、タブレットだと使わないときもある。旅行に行ってずっと使うときと、放っておくときがあるので、1GB以下は119円にしました。本当は120円にしたかったのですが、消費税を入れるとこの金額に設定できず、どうしても中途半端な金額になってしまう。今、(フルMVNO化で)ちょうど緊急通報をやっていたので、社内に110、119というワードが飛び交っていたこともあり、それと同じ119円にしました(笑)。
―― 119円まで下げられたのは、データ通信専用なら、MNPの“弾”にされるリスクが低いという理由もあるのでしょうか。
福田氏 音声を付けると、そういうことになってしまいます。これはデータオンリーなので、使わなかったら安くするようにしました。タブレットだと、モバイル通信対応にするかWi-Fiオンリーにするかは迷うと思いますが、使っている立場からすると、モバイル通信が入っていた方が快適といえます。ただ、使わないときもあるので、その際にこの金額なのは重要だと思います。
―― MVNOだと他にもデータ専用プランはありますが、ここまで安いのはあまりないような気がします。接続料は一律ですが、なぜここまで下げられるのでしょうか。
福田氏 ないと思いますね。日本通信が、音声のところでもちゃんと収益を上げているかできることです。データも音声も、ほぼ同じ収益率でやれています。他社がどうなっているかというと、音声側のところではまったく収益が出ていないか、下手をすると赤字になっている。データ通信部分でどうにかして稼がなければならないということです。ですから、これは音声側でも収益が取れているからできる価格といえます。そこが違いですね。
●長く使っている人のデータ容量を優遇する考えも
―― 1GB以下だと119円ですが、そこを超えると一気に1200円になります。安いとはいえ、金額差が大きいのでちょっと超えただけのような場合に損したような気分になるかもしれません。何かお考えはありますか。
福田氏 これはまだ社内でも言っていませんが、年数を長く使っている方もいるので、そういう方々には1割、2割ぐらい超えてもOKというふうにしようかと考えていました。長くお付き合いしている方にオマケをするのは、ビジネスでよくあることです。容量的にそういうふうにするのはありだと思っています。今はネオキャリア(音声も含めたフルMVNO)に向かってシステムを全面刷新しているところなので、すぐには難しいかもしれませんが、やるならそういう感じのことを考えています。
―― 先ほどおっしゃっていたように、10GB刻みにするというのもよさそうですが。
福田氏 というのも、ありだと思っています。ただ、今回重視したのはそこそこデータ通信を使う方です。刻めば刻むほど、全体の料金は上がってしまう。10GB単位よりも、20GBでバサッとやった方があまり気にしないで使うことができます。
―― 小分けにするとそのぶん高くなってしまうというと、10GBで600円のような価格設定は難しいということですね。
福田氏 それは難しいですね。刻みを細かくすればするほど、上がってしまいます。これはブレケッジ(使い切れないデータ容量を設定するなどして、本来の使用量以上にユーザーの料金が高くなること)の問題ですが、どのぐらいの幅がいいのかは悩ましいですね。
―― 今は、ボリュームディスカウントでこの値段になっているということですね。
福田氏 そうです。やはりタブレットだと動画を見ている方も多いですからね。データ通信をやっているMVNOはたくさんあるので、うちだけで全部そろえるよりも、特徴を持たせた方がいいと考えています。
●タブレットのデータSIMに段階制の料金プランは合わない
―― ちなみに、標準は20GBですが、40GB、60GBに上限設定ができ、各段階を超えなければ料金は上がりません。あまりこういう仕組みを取っているところはないと思いますが、これはなぜでしょうか。
福田氏 月によって使う量が大きく変動する今のような状況には、(通常の段階制料金が)合わないと思ったからです。タブレットは本当にアップダウンが激しいので、このようにしています。
―― より大容量を設定するお考えはありますか。
福田氏 スタート時点では、60GBにしました。最大値を上げると、どんどん高くなってしまうからです。今のところ、60GBは3600円ですが、やはり20GBが圧倒的に多い。ただし、40GBに設定している方も、結構な比率になります。
―― データ容量でいえば合理的みんなのプランも同じですが、これをタブレットに使っていた人もいたのではないでしょうか。
福田氏 いっぱいいると思います。課金から分かる範囲では、音声が0円の人がそこそこいます。本当に電話しないだけかもしれませんが、0円の人は確かにいます。そもそも、日本ではデータ通信というカテゴリーの方が先にできてしまいましたが、それは音声が高かったからです。今はあまり変わらないで、ついていてもいなくてもというのはありますが、そこは気持ちの問題ですね。使えないものがあるのは気持ちが悪いというのは、あると思います。
●タブレットはスマートフォンよりも物理SIMの比率が高い
―― 先ほど例としてiPadの名前が挙がっていましたが、eSIMから始めたのもiPadを狙う意味合いがあったのでしょうか。
福田氏 iPadを狙ってというのもありますが、内側の事情は、3月の受注が多く、疲弊しきっていました。とてもじゃないが4月10日にはできなかったということがあります。なかなか休みが取れず、残業、残業になっていたので、さらに負荷を高めるようなことはできない。真実はそこです(笑)。ですから、若干遅れて物理SIMも始めました。
ちょっと見てみたかったのは、eSIMと物理SIMでどう変わるのかということです。自分の性格的には、無理してもやろうと言ってしまいがちですが、(eSIM先行で)ありだと思った1つの理由に、ニーズを捉えたかったことがあります。
―― 結果はどうでしたか。
福田氏 結果としては、物理SIMの方がいいという人が圧倒的に多かったですね。4倍ぐらい多い。全体の割合で言うと、eSIMは2割ぐらいで、スマホと比べると物理SIM比率が高いと感じています。AndroidのタブレットにはまだeSIMが入っていないモデルが結構あるので、そういう影響かもしれません。スマホにおけるiPhone比率の高さとは違うところです。
―― 確かに。そもそもモバイル通信なしの端末も多いですからね。ちなみに、タブレットではなく、スマホの2回線目にも使えるのではないでしょうか。
福田氏 はい。容量を増やしたい方にもいいと思います。使わなかったときの維持費も119円なので。今は、昔と違って1台にSIM(eSIM)がいっぱい入ります。シンプル290もそうだし、ネットだけプランもそうですが、2回線目、3回線目として入れてもらうことは常に意識しています。実際に使ってみて、これでまったく問題ないとなれば、(より大容量のプランに)変えていただけることもあると思います。今はまだクロス集計中ですが、日本通信SIMを使っている方がネットだけプランを申し込んでいるということも結構多いのではないかと思っています。
―― 契約獲得はどうでしょうか。
福田氏 順調、という感じです。日本通信SIMは、1年前と今とでは申し込まれ方がまったく異なっています。昨年(2024年)の6月末は1カ月で1万4000回線でしたが、今年の3月末は3万7000回線で2.5倍ぐらいになっています。3月はシーズナリティの部分はありますが、それが月々の数字です。その中での数字ということになると、まずまずというところです。ただ、1年前だったとすれば、結構な比率になっていました。そういった意味では順調です。
プラスして、今回は初めてデータ通信でマイナンバーカードを使った本人確認を実施しています。そこはブレーキになるはずですが、超えてきて今の結果になっているので、悪くない数字だと考えています。
●2024年秋のデータ容量アップは「ネオキャリアが見えてきた」から
―― 先ほどから比較対象として挙げてきた合理的みんなのプランや、その上の「合理的50GBプラン」は、昨年、データ容量を大幅に上げました。これは30GB化したahamo対抗だったのでしょうか。
福田氏 もちろん(対抗という意味合いは)ゼロではありません。ただ、テレビCMを始めたときと理由は同じですが、ネオキャリアが見えてきたこともあります。昨年2月に発表したときには、ドコモと合意に達すると思っていなかったので、結構慌てました(笑)。僕として、これでいけると思ったのは昨年の秋ぐらいです。これができれば、料金プランはこの状態を長期的に継続できる。だとするなら、(容量アップも)いけると思いました。ネオキャリアとしての出口が見えてきたのでということですね。それ以前の段階だと、日本通信SIMは悪くはないものの、断トツという感じでもありませんでしたが、吹っ切れた部分はあります。
―― 容量アップ前でも安いとは思っていました。
福田氏 音声まで原価で調達できるようなったのでそれができましたが、大臣裁定で決まったのはあくまで卸契約です。未来永劫(えいごう)、その料金のまま続くとは限りません。これが相互接続になると、より長期的にその料金で使わせてもらえます。思い切り方を変えられるということですね。
―― なるほど。確かに、個別交渉の卸契約だと、条件見直しのようなこともありえないわけではないということですね。
福田氏 政治批判をするつもりはありませんが、今は政権も安定していない。それによって左右されるのは嫌だなと思いながら動いていました。一方で、接続で料金が決まれば、簡単には変えられません。交渉もしてきましたし、出口も見えています。もちろん、今の卸契約がいつ終わりになるというわけではありませんが、ずっと続くわけでもない。そこを出るところまで到達できたということです。
MVNOは、うちがほぼ1社というところから始まっていて、市場環境を作る貢献をしてきた自負はあります。ここから先はお客さまのことを考え、われわれとしてベストなものを提供すべきだと思っています。ちょっと飛び抜けたプランにはなりましたが、それをやる責任があると思っています。
●通信事業者は値上げの合理的な説明ができていない
―― 一方で、MNOは値上げする動きもあります。
福田氏 (携帯電話の回線は)重要事項説明をして、提供しています。利用者は基本的に値上げになることは想定していない。ここまではずっと下がってきたからです。輸入自動車やラグジュアリーグッズのように、為替が変わったから値上げさせてくださいというのであればしょうがないかとなりますが、通信事業者が合理的な説明をできるかというと、それはできないのではないでしょうか。料金の中に含まれている人件費などを考えても、1%にもいかないと思います。接続料は原価ベースですが、現に下がっている。それを見れば、料金を上げる理由はないと考えています。
―― 逆にMVNOにはチャンスにもなりそうです。
福田氏 そうです。われわれは、社会インフラなので安価に提供することを貫いていきます。企業姿勢も含め、MVNOに流れるお客さまが増えることはあっても、減ることはない。(料金値上げが)追い風になると思っています。
―― ただ、容量を上げてしまうと、下のプランに移ってしまい、日本通信の収益が下がってしまうことはないでしょうか。
福田氏 ダウンセルはあります。移っていることは移っていますが、それがお客さまにとって最適なら構わないと思っています。1人あたりの収益はマイナスになりますが、その分お客さまが多く増えているので、特段収益性が悪化するわけではありません。また、使い始めてデータ使用量が増えてくれば、また戻すという方も出てきます。
日本通信は、どのプランも想定している収益性は同じにしています。そこを変えてしまうと、もうかる方に誘導することになってしまう。プランをご提示して、あとはお客さまの選択に委ねています。絶対数として伸びているので、こうしたことはやりやすいですね。キャリアのように伸びが鈍化してしまうと、その中でどうするかになってしまいます。そういう意味だと、われわれの立ち位置はまったく違うと考えています。
●取材を終えて:音声値下げ、フルMVNOの事業見通しが立ったことが大きい
ドコモからの調達価格を引き下げることに成功し、音声通話側の値下げに成功した日本通信だが、これがネットだけプランが安い背景にもつながっているという。インタビューにもあった通り、音声側でしっかり収益を確保できているため、データ通信側をより安価にできるということのようだ。同じ20GBでも、合理的みんなのプランを金額面で下回っているだけに、ニーズも高そうだ。
フルMVNOとして2026年5月にサービスを開始することで、事業の見通しが立った結果、それぞれの料金プランのデータ容量増加にも踏み切れたという。契約者数が大きく伸びているため、結果としてダウンセルになるデータ容量増加にも踏み切りやすかったことがうかがえた。大手キャリアが値上げをすることで、低料金を売りにしている同社への注目がさらに高まる可能性もありそうだ。
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