広島GKチョン・ミンギ [写真]=J.LEAGUE 紫に染まるエディオンピースウイング広島で初めての出場。サンフレッチェ広島のGKチョン・ミンギはトレードマークのアイパッチをつけてホームデビューのピッチへ向かった。
「ずっと勝つことしか考えてなかった。『できるんだ、できるんだ』とずっと思いながら試合に挑みました」
チョン・ミンギはKリーグ1(韓国1部)の水原FCから広島に期限付き移籍。初の海外挑戦で2月からチームに合流したが、広島には絶対的守護神の日本代表GK大迫敬介がいるため、ベンチで過ごす日々が続いていた。それでも、29歳のGKは「練習では菊池(新吉)コーチをはじめチームが本当に暖かく、ずっとサポートしてくれたし、家の中では奥さんが本当に支えてくれた」と周囲の助けに感謝しつつ、出場機会がない中でも「試合があるときはいつも出られる準備をしている」と常に前を向いていた。
チャンスが巡ってきたのは、大迫が日本代表に招集されて不在となったJリーグYBCルヴァンカップ・プレーオフラウンドのアビスパ福岡戦。6月4日、敵地での第1戦で移籍後初のスタメン入りを果たした。「初めての出場だったので緊張していた」というチョン・ミンギだが、「ずっと『大丈夫、大丈夫』と声をかけてくれて緊張をほぐしてくれたので、本当に力強いサポートになった」と先輩GK川浪吾郎の気遣いにも助けられていた。
日本デビュー戦では堂々のパフォーマンスを見せたが、試合は福岡FWウェリントンに得点を決められて0−1で敗戦。「夢に見た日本での舞台でデビューできて本当にうれしかったけど、試合に勝てなくて残念な気持ちがあった。それでもサポーターのみなさんが応援してくださって本当にうれしかった」と振り返った。
中3日で迎えた8日の第2戦は、逆転突破がかかった大一番。チョン・ミンギは前日練習後、「ベンチでは座って見ていたけど、実際にピースウイングのピッチに立つのは初めてなので、ワクワクしながらも緊張もある。けど、サポーターの応援もあるので一生懸命頑張って、まず勝って次のラウンドに進めるように頑張りたい」と意気込んでいた。試合2日前に川浪がファジアーノ岡山への完全移籍で広島を去ったが、第2戦ではチーム全体が盛り上げてくれた。「韓国語ができる選手はいないけど、それでも『ケンチャナ、ケンチャナ(日本語で「大丈夫、大丈夫」)』と知っている単語を言って、ほとんどの選手が冗談交じりで気持ちをほぐしてくれた」と明かす。
試合はMF中野就斗とFW中村草太の得点で、2試合合計2−1と逆転に成功。チョン・ミンギも要所で好セーブを見せていたが、72分にFWウェリントンの同点弾で追いつかれた。後半の終了間際にはFW加藤陸次樹がレッドカードで退場となり窮地に立たされ、そのまま延長戦に突入。延長戦は1人少ない広島が前半を守り切ると、後半の立ち上がりに福岡MF重見柾斗が2枚目のイエローカードで退場となった。10人対10人となった戦いはお互いに譲らず、スコアが動かないまま決着はPK戦に委ねられた。
ホーム初出場で120分を戦い抜き、最後にプレッシャーがかかる大勝負を迎えた。紫のサポーターが集まる南スタンド側で行われたPK戦を前に、チョン・ミンギは「試合中もずっと応援してもらってサポーターが心強かったので、ありがとうという気持ちだった」とお辞儀をし、両腕を力強く振り上げてサポーターを煽った。PK戦でも常に紫の応援を背中に受けていた韓国人GKは、試合後に日本語で「(声援が)めっちゃいっぱいでした」と笑顔で一言。その熱い後押しが自信となった。
「他の選手たちが決めてくれると思ったので、もうとにかく1本だけでも止めようという気持ちで勝負に挑んだ。後ろでも紫のサポーターたちが応援してくれたので、止められる確信をもらえました」
両チーム1人ずつ失敗して迎えた5人目。先攻の広島は中野が豪快に決めたあと、守護神に駆け寄って「頼んだぞ」とハグ。福岡のキッカーは2試合とも得点を許していたウェリントンだった。「PK戦の前に菊池コーチと一緒にウェリントン選手のPKに関して話をしていた」と明かしたチョン・ミンギは、「もう2点決められていたので、PKの時は復讐してやりたい思いがあった」と3度目は許してたまるかとリベンジに燃えていた。
コーチの助言と熱い闘志を胸に、思い切り良く飛び込んで渾身のPKストップ。スーパーセーブで激闘に決着をつけると、気持ちのこもった雄叫びを上げ、再びサポーターを煽って喜びを分かち合った。
「その時は正直あまり覚えていないけど、本当にうれしくて、幸せな気持ちがもう全面に出たと思う」と試合後には爽やかな笑顔を見せた。「(PK戦は)プロなってからは2、3回しか経験していなくて、勝ったのも今日が初めてなので、本当にいい試合結果になってよかった」と胸を張り、「いま世界で1番幸せな人だと思う。奥さんの母親も今日初めて試合を見に来ていたし、他の知り合いの方も来てくれていたので、その中で勝利できたのが本当にうれしい」と喜んだ。
ルヴァンカップ準々決勝に導く鮮烈なホームデビューを飾ったチョン・ミンギは、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれて試合後にはトレードマークのアイパッチを指差すポーズで記念撮影。このアイパッチをつけるきっかけは、「サッカー選手として特徴がないなと思っていた」からだった。
「髪の色とかも変えてみたけど、それも微妙だったので、兄と一緒に考えてアイアイパッチをつけるようになった。野球選手がよくつけているけど、サッカー選手はあんまりつけていなかったから始めて、今に至ります」
そんなトレードマークにも勝るインパクトを、2試合を通じたパフォーマンスで残した。チョン・ミンギは、「久しぶりに試合に出たので本当に緊張したし、いろいろプレッシャーもあったけど、まず勝ててよかった。まだ100パーセントのパフォーマンスではないけど、これから試合を重ねていくごとに1パーセントでも上げていきたい。前回の試合が50パーセントで、今日はチームが勝ったので60パーセントぐらいだと思う」と2試合を振り返り、さらなる上を目指す。
「優勝するためにこのチームに来た。チームが掲げている優勝に導けるように全力で試合に挑みたい」。広島をタイトルへと一歩近づけたアイパッチのヒーローは、輝かしい栄光を真っ直ぐ見つめている。
取材・文=湊昂大