「ずっと闘ってきた人だと思います。その闘いの中で闘いの現場で自分を輝かせて、パフォーマンスを出してファンに喜んでもらうというこの一念だけで89年間の人生というものを終えたと思います」
6月6日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)に長嶋一茂(59)が生出演。6月3日に逝去した父・長嶋茂雄さん(享年89)の生涯についてコメントした。
茂雄さんの逝去に伴って、喪主は次女の三奈さん(57)が務めたものの、自宅に訪れた王貞治(85)などの弔問客には、一茂が三奈さんと共に頭を下げていた。長嶋家の長男としての役割を果たすまでの道程には紆余曲折が。
かつて一茂は雑誌『GOETHE』’22年1月号の連載エッセイで、《父とは、もう13年会っていない》と告白。
さらに《生きているうちに父と会うことは、もう二度とないだろう。父だけではなく、妹達や弟とも10年以上顔を合わせていないし、連絡もとっていない》と語っていた。
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「’04年に茂雄さんが脳梗塞で倒れた際には、一茂さんが頻繁にお見舞いに行くなど、良好な親子関係でした。
しかし、次第に溝ができ始め、’07年に間を取り持っていた母・亜希子さん(享年64)が心不全のために急逝すると、袂を分かつことになったそうです。茂雄さんの肖像権などの権利をめぐって、一茂さんと、茂雄さん・三奈さんでもめたことも原因だと報じられています」(スポーツ紙記者)
顔を合わせてはいなかったものの、一茂は常に茂雄さんを慕っていたようだ。前出のスポーツ紙記者がこう証言する。
「確執が報じられていた時期にも、一茂さんは『父が僕にとって、永遠に憧れの存在であることに変わりはない』と話していました。
長い間疎遠になっていたのは、偉大な父への深すぎる愛ゆえだったのでしょう」
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’22年9月、茂雄さんが自宅で転倒し、脳内出血で救急搬送。そこからの約3年間は、入院生活を送り、今年に入ってからは、ほとんど集中治療室に入っていたと報じられている。
茂雄さんが予断を許さない状況になったのと時を同じくして、一茂の生活に変化が起きていた。
ハワイに別荘を所有している一茂は、レギュラー出演している『モーニングショー』をたびたび休んで現地に渡航。特に年末年始は例年、休暇をとり、ハワイで暮らしていたのだが、今年の1月1日に、『モーニングショー』の特番に出演したのだ。
「独身時代にハワイで暮らしていたことがあるという亜希子さんに連れられて、幼いときからたびたびハワイを訪れていたそうです。
長嶋家の墓は都内にありますが、亜希子さんが亡くなった後、彼女の遺言で分骨され、ハワイにもお墓が建てられました。
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そのため一茂さんは訪れるたびに、お墓参りに行っていて、“いずれはハワイのお墓に入りたい”と話していました」(前出・スポーツ紙記者)
ハワイ旅行を断念したのは、茂雄さんのためであったようだ。
「今年2月ごろ、テレビスタッフが一茂さんに、“最近ハワイに行っていませんが、どうしたんですか?”と聞くと、“今ちょっと忙しいから行けないんだよ”と、言っていたそうです。
今思うと、茂雄さんの病状が心配でハワイに行かなかったのでしょう」(一茂の知人)
■伝えられていた茂雄さんの容体
茂雄さんが脳内出血で倒れた’22年ごろから、徐々に2人の関係は改善し始めていた。
「3年前に、亜希子さんの眠る日本の墓にも、一茂さんが奥さまと一緒に訪れたことがあったと聞いています。
そして、茂雄さんを支えていた三奈さんと次第に連絡を取るようになっていったといいます。
父親の容体が芳しくないことをごきょうだいから聞いていたのでしょう。いつでも駆け付けられるようにと、年末年始のハワイ旅行も自粛。父の最期には絶対に立ち会うと決めていたのでは……」(前出・一茂の知人)
確執を乗り越えるまでの経緯をこの一茂の知人が推察する。
「一茂さんはスーパースターであった茂雄さんに対して、幼少期から引け目を感じていたそうです。
一茂さんは父親と比べられながらプロ野球に挑戦。引退以降も、タレントや、俳優、実業家など幅広い分野で活躍してきました。
父に認められたいという思いでここまで頑張ってきたのでしょう。そして来年1月には還暦を迎えます。もう一度、父と向き合う覚悟が生まれていたのでしょう」
幼少期のころには、親子の対話ができる貴重なひと時もあったようだ。前出の『モーニングショー』で一茂は「本当にちょっとの間だったけど、父親と(野球)できるのが楽しくて。キャッチボールしてくれるときもあって」と言い、さらにこう続けていた。
「(キャッチボールを通して)父親と会話できたのが私の中での最大の思い出。それは言葉じゃない、というのがあった」
一茂は最期の病床で、茂雄さんともう一度、“心のキャッチボール”を行うことができたようだ。
「容体が急変したとの連絡を受けて、一茂さんが病室に訪れたときには、生命維持装置を付けられていた茂雄さんの意識はなかったといいます。
そして“再会”から一夜明けて、茂雄さんは亡くなったそうです。最後の言葉こそ交わせませんでしたが、2人にとってかけがえのない時間になったことでしょう」(前出・一茂の知人)
前出の『モーニングショー』で一茂は「この間、きょうだいとも会って病室にみんな集まったけども、泣いているきょうだいは逆にいなくて、笑い声さえ聞こえて」と明かし、家族が病室に集まり、涙は流さずに明るく見送ったことを報告していた。
一茂と父・茂雄さんの絆は永久に不滅のようだーー。
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