
パリ・サンジェルマン(PSG)が念願のチャンピオンズリーグ(CL)初優勝を果たした今、誰もがPSGを誉めそやしている。「なんてすばらしいチームなんだ」とメディアは書き立てる。私たちに、新たに魅力的な王者が生まれたと信じ込ませようとしている。
だが筆者は、決勝のタイムアップの笛を聞いた瞬間、何とも言えない違和感に襲われたのも事実である。これから書くことはサッカーの話ではない。奇跡の話でもない。「世界最高のチーム」を称賛するものでもない。
もちろん、デジレ・ドゥエの才能は本物だろう。ウスマン・デンベレの変貌と献身、ひとつのパスもミスしないヴィティーニャの技術、ブラッドリー・バルコラやジョアン・ネヴェスの成長、フヴィチャ・クヴァラツヘリアの技術と強靭さ、アクラフ・ハキミの闘志、マルキーニョスの経験、批判され続けたジャンルイジ・ドンナルンマの英雄的復活......そしてルイス・エンリケという謙虚な天才──彼は現代的な指導者で、生まれながらの勝者だ。
これらはすべて真実だし、語るのは自由だ。だが、PSGの物語はそれだけでは終わらない。ここで語るのは、上記とは異なるPSGというクラブの、もうひとつの側面だ。欧州王者となったこのチームの、もうひとつの顔とは――。
彼らの優勝は決しておとぎ話ではなく、すべては数字を背景にしている。
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思い出してもらいたい。少し前まで、皆が語るPSGのイメージはまるで違っていたはずだ。何年もの間、PSGは"悪役"だった。カタール資本がクラブを買収したのは2011年。それ以降、チームは欧州サッカー界における「マネー」の象徴となった。
スポーツウォッシングという言葉をご存じだろうか。国家や団体、企業などがスポーツを利用して、自らのイメージ向上を図ったり、問題を隠ぺいしたりする行為だ。カタールは自国での人権問題などから目を反らすためにPSGを利用し、ワールドカップを開催した。カタールとPSGはまさにスポーツウォッシングの象徴だった。
【そんなロマンチックな話ではない】
フランス国内では別な意味でも嫌われていた。なぜならPSGこそ、リーグ・アンを破壊した張本人だったからだ。均衡を崩すことで、手に汗握るわくわくするリーグを「一頭だけが走るつまらないレース」に変えてしまった。
カタール資本が入ってからの2012−13シーズン以降、PSGは13年で11回リーグ優勝している。例外は2016−17シーズンのモナコと、2020−21シーズンのリールだけ。ちなみにその2クラブの主力選手たちの多くは、翌年以降、PSGに買われていった。
ネイマールをバルセロナからゴリ押しで獲得したことでも、多くの反感を生んだ。キリアン・エムバペは「移籍する」と騒ぎ続け、リオネル・メッシがPSGのユニフォームを着ている姿も違和感でしかなかった。あれほどのカリスマであるズラタン・イブラヒモビッチですら、PSGを人々から愛される存在に変えることはできなかった。
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そんな空気が今、突然、変わったのだ。
ネイマール、メッシ、エムバペ――世界最高の選手たちを手放したにもかかわらず、立ち直ったチーム。ドゥエのような若い才能が生まれてくるサッカー界の新たな寵児......。メディアはPSGを、まるで下部組織出身の選手たちで構成された、スーパースターや巨額資金に頼らずに、努力と団結で道を切り拓いたチームのように描いている。2008年から2012年のバルサ黄金期、もしくは90年代の"アヤックスの奇跡"のように――。
現在、語られているこれら物語は、確かに感動的で魅力的に見えるが、本当のPSGの姿はそんなロマンチックな話からはほど遠い。
CLの決勝でルイス・エンリケが送り出した11人の先発メンバーに、PSGのユースや下部組織で育った選手はひとりもおらず、そのスタメンの市場価値は合計で4億8000万ユーロ(約782億円)だった。ひとりあたり4000万ユーロを超える。一方のインテルはどうだったか。あの日、ミュンヘンで戦ったインテルの先発メンバーは総額でせいぜい2億8500万ユーロ(約470億円)だ。
PSGが世界の頂点に立つために使った「マネー」は圧倒的だ。
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今シーズンのPSGの選手の給与総額は、サッカー界で最も高いだけではなく、ひとり抜きん出ている。それだけでチャンピオンズリーグに出ていたクラブの2チームぐらいは簡単に運営できる。世界で最も裕福なクラブですら、鼻白むほどの金額だ。
公開されている最新の決算によると、2023−24シーズンのPSGの補強には6億5900万ユーロ(約1080億円)が使われたという。比較のために他クラブを見てみると、2位のマンチェスター・シティは4億8000万ユーロ。以下、レアル・マドリード4億6900万ユーロ、リバプール4億4900万ユーロ、バルセロナ4億3000万ユーロとなっている。
サッカー界にはこれまでも確かに"巨人"が存在してきた。1950年代にチャンピオンズカップ(CLの前身)で5連覇を果たしたレアル・マドリード、80年代末から90年代初頭のミラン、1999年に三冠を成し遂げたマンチェスター・ユナイテッド、その10年後にティキ・タカで旋風を巻き起こしたバルセロナ......。だが、そうした"王朝"には、常に「マネー」以外の何かがあった。
1950年代のレアル・マドリードは、スペイン人のタレント及び少数の国外の精鋭で構成されていた。シルヴィオ・ベルルスコーニ(当時のオーナー)のミランは確かに大金を使っていたが、当時のセリエAには複数の金持ちクラブがひしめき、誰もが優勝を狙える状態だった。1999年のマンチェスター・ユナイテッドの主力はユース出身の「92年組」(1992年にトップデビューを飾ったデビッド・ベッカム、ライアン・ギグス、ポール・スコールズら)だった。バルセロナの黄金期の基盤は「ラ・マシア」(下部組織)であって、中東の富ではなかった。
今起きていることとは、まったくの別物だ。
フランス国内に目を向けると、PSGの地位はもはや比較をするのもバカバカしいほど突出したものになってしまった。カタール資本がクラブを買収した2011年から、PSGの年間支出はフランス国内の他クラブを大きく上回っている。リーグ・アンではPSGが選手獲得と給与に5ユーロ使う間に、2番手のクラブ――たとえばリヨン――は1ユーロしか使っていない計算になる。
ヨーロッパ全体を見ても、同じ土俵に立てるクラブはほんのわずかしか存在しない。それ以外のクラブは、ただ遠くから眺めるしかない。
ほかのチームとの経済的な格差は、ただ大きいだけではなく――もう、埋めることすらできないほどになっている。それが今回のCLのもうひとつの物語なのである。