あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「AI」について。
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退職代行サービスで働く社員たちは退職代行を使うのだろうか。そのとき上司らは部下に「大事な報告は目を見て伝えろ」というだろうか。
こればっかりはいくら調べてもわからなかった。同種のサービスは弁護士法違反に当たると私は思うし、社会道徳的な観点から非難する論者もいる。
ただいっぽうで、私は逆の事例を思い出した。某社では労働者の生産性を自動採点して、解雇書類を自動作成することが知られている。上司だって解雇を通知するのはイヤだし気が重い。だから自動だ。
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ならば、退職代行サービスは労働者側からの逆襲ともいえないか。この「イヤ」という感情。ここにサービスが生まれ、技術も進化していく。
先日、AIサービス「Genspark」が通話代行機能のデモを発表した。文字通り人間の代わりに電話をかけてくれるものだ。
驚愕(きょうがく)したのは、デモで実演された恋人との別れのシーン。クライアントの女性がAIを使って男性に別れを切り出し、さらにショックを受ける男性の話までAIがじっくり聞く(この末尾に「(笑)」とつけるべきか迷った)。
まさか真剣な話じゃないだろうと思っていたら、次のデモは退職電話の代行。日本のユーザーから望む声が多かったらしい。AIは退職の意図や理由、備品の返却日、勤務分の報酬支払確認などを伝え、挨拶のうえ電話を切る。
もはや人間の退職代行サービスは不要か。そりゃ代行で電話する人間も気が重いものなあ。
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別れの電話主がAIだなんて、相手が逆上しなきゃいいけど......なんて思ったら、失恋のショックから立ち直る専用のAIもあるんだと。退職代行で社員が辞めて会社側の担当者が落ち込んだ場合も、きっとAIが癒やしてくれる。
あ、もしかしてAI退職代行電話がかかってきたら、会社側も「引き止め代行AI」に対応させるのかな。「本人に一度だけでも『一緒に夢見ようぜ』って伝えてください」とかいうのかもね。
また、ビジネスではつねに費用対効果が重視される。AIの使用料がゼロに近づけば、AI電話代行を使う企業は出るだろう。単価が大きいB to Bの案件ならひとつの成果でペイする。アポ取り、売り込みのAI電話代行が大量発生するのは間違いない。ジャンクメールの時代から、ジャンク電話の時代になるのか。私の電話番もAIにやらせようかなあ。
もっと深く生死観に関わる使用方法もある。たとえば医師が患者に悪い知らせをするとき、相当な心理的ストレスがかかることが知られている。そこでAIが、機械でありながら共感的な表現を使って伝えるという使い方が試行錯誤されている。
患者側も精神的に落ち着けるようにAIにフォローしてもらうのだろう。もちろん、ここまでAIに任せていいのかという倫理的な問題はあるが、医療者の言葉選びのサポートなどは間違いなく有益な使い方だろう。
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ただ、不治の患者がAIに心の安らぎを求めるとしたら、既存宗教はどうなるのか......そんな私の懸念さえ時代遅れで、宗教家もAIに信者への救いについて相談するはずだ。
AIがすべて代行する「人間ログアウト」世界で人間に残るのは何だろう。でも、あれ? 「イヤ」なことを除くのが人類の夢だったよね? なるほど、これが夢の実現した世界か。AIに訊いてみよう。