映画監督・今泉力哉&人気作家・燃え殻、自分の「特別」が人に理解されなくても

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2025年06月22日 17:00  週刊女性PRIME

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左から今泉力哉、燃え殻 撮影/齋藤周造

 燃え殻さんの新刊『この味もまたいつか恋しくなる』の発売を記念し、ゲストを迎えて渋谷・大盛堂書店で開催したトークイベントの一部をお届けします!

お気に入りの店を見つけるとつぶれる!?

 飲み友達だという今泉力哉監督と燃え殻さん。実は燃え殻さんが小説を出す前からの知り合いなのだそう。

今泉(以下「今」):ちょうど俺が『退屈な日々にさようならを』を撮るくらいにお会いしましたね。

燃え殻(以下「燃」):それで、何が面白くて何がダメなのかを聞いたり、「小説ってどう書くんですか?」と聞いてみたり。そしたら、「今、書けてるんだから、大丈夫ですよ」と言ってもらって。

:そこから、全部じゃないけど、燃え殻さんの作品を読むようになって。今回は食事についてのエッセイですよね。俺は食通でもないし、もし美食系の本だったら自分は乗れないかもしれないと思ったけど、読んでみたら、燃え殻さんは「同じ中華屋に行ってるぞ」と(笑)。

:僕は普段、本当に同じものしか食べてないし、中華料理屋も同じ店へ行くし、でも行くとつぶれる……。

:なんか切なくないですか?みんなが好きなものと自分の好きが違う、みたいな。自分はめっちゃ気に入ってるのに、お店がつぶれたり、コンビニのお気に入りの商品がなくなったり。

:わかる!だんだん売ってるところが減ってきて、売れてるのかなと思ったら販売中止になって。しかもSNSで検索すると、「あれまずいよね」って否定的な投稿があったり……僕、ケースで買ってたんですけど!みたいな。

 中華屋も少し人がいるくらいがいいじゃないですか。めちゃくちゃ並んでも困るし。でも僕のちょうど良さだと、売り上げにならないんですよね、もうちょっと入ってくれないと。

 そういえば、神奈川県立図書館にあった食堂のミートソースが、麺がソフト麺みたいでおいしかったんですよ。全然人がいなくて、ここいいなと思っていたら、つぶれました……。

:店としては、燃え殻さんに見つけてほしくないですね(笑)。

食べ物は日常に接続されている記憶

 今泉監督が『この味もまたいつか恋しくなる』を読んだ感想を話し始めます。

:普段、小説とかエッセイをあんまり読まなくて、しかも読むのめちゃくちゃ遅いんですけど、これはスラスラ読めました。

:ありがとうございます。

:読んでいて思ったのは、燃え殻さんが子どものころのことだったり、家族の話を書いたエッセイを読むのは初めてだったなって。

:それはあるかも。今回は「食を切り口にして、思い出す人を書いてほしい」と編集の方から言われて。食べ物は日常に接続されているから、そのメニューを食べると、自然と思い出すことがあったんですよ。

 チャーハンを食べると「父親が初めて作ったチャーハンまずかったな」とか、そういう思い出がダーッと引きずり出されてくるみたいで。だから、自分の書いたものの中で集大成っぽいなと思っていて。知り合いのライターさんからは「なんか、最終回みたい」って言われました。

:死なないで(笑)。でも「すごいものを作るぞ」というテンションで始まってないのに、できあがってみたら一番自分らしさが出てるすごいものになるって、理想ですよね。今はまた、小説を書き始めたんですよね?

:書いてます。でもどうやって書くのかまったく忘れてしまって……自分が書いた『これはただの夏』を読み返しています。

:たまにありますよね。俺も全然脚本が書けなくなって、どう書いたんだろうと思って、自分のオリジナルの脚本を読み返します。

:でもデビュー作は、恥ずかしすぎて読めない!

:どういう恥ずかしさなんです?

:書いていたときの七転八倒を思い出すんです。本にするために最後に原稿を直さないといけないってときに、担当の編集さんと渋谷のサイゼリヤに朝並ぶんですよ、開店前に。それで閉店までやるんです。

:オープンな缶詰め!(笑)

:あと一章分足りなくて、そこで書かされたんですけど……そういうことを思い出しちゃうんです。

:過去のことを思い出しちゃって、サイゼリヤに行けなくなっちゃうことはないんですか?

:それは大丈夫。

:それで言うと、俺はキリンの淡麗グリーンラベルのロング缶で思い出しちゃうことがあって。昔、渋谷の映画館でバイトしてたんですけど、バイト終わりに公園で同じバイトの女の人と一緒にグリーンラベルを飲んで過ごす時間があって。俺はその子のこと好きだったんだけど、フラレてて(苦笑)。

 後に、その子には自主映画に出てもらったこともあったんですけど、出てもらうからにはいいものにしなきゃって頑張って。その映画がグランプリ取ったんです。でも、コンビニでロング缶を見かけると、やっぱり“うぅっ”てくる。

:僕はスタバがダメで、そうなりますね(苦笑)。

自分が知ってる世界じゃない

 業界人から誘われる会食、おふたりとも思うところがあるようで……。

:仕事柄、会食でいいお店に連れていってもらったりとか、場に呼ばれることあるじゃないですか。でも、そういう「いいもの」を何回か食べたりしたら、カップ麺と缶ビールで身体戻す、みたいなことがあって。そっちのほうが自分にとっては健康的(笑)。

:そういう店って、そこまで「おいしい」と思えなくないですか? 前に貸し切りの寿司屋に呼んでもらったことがあって、「1人いくらなんですか?」と聞いたら、熱海で個室露天風呂付きの宿に二泊三日できるくらいの金額なんです。

:それ聞くと、おいしさなくなりますよね。

:ねぇ。熱海に泊まったほうが絶対いい。それでね、お店の人が「どうだ!」みたいな感じで出してくる寿司を食べていたら、「写真撮らないでいいんですか?」って言われて。

:あはは(笑)。なんか俺もそんな店で食べてたときに「まだお腹すいてますか? カレー食べます?」って聞かれたことがあって。いや、さすがにカレーは食べられないぞと思ってたら、スプーンにのって出てきたんですよ、カレーが。たしかにその量なら食べられるけど、「少な!」と。あ〜、自分が知ってる世界じゃないなって思いましたね。あ、でもあんまり言うとな……おいしかったです(笑)。

:あとは「すごい人、紹介しますよ!」とか言われるのもね。たぶんすごいんでしょうけど……、穏やかに知り合いと、飯食べたいなって思います(笑)。

二勝一敗の“一敗”が最初に来たと思えばいい

 参加者からの質疑応答へ。最初の質問は「完璧主義になりがちな私に、お守りになる言葉をください」

:実は小説を書きませんか?という依頼があって、書き始めたものの、もう5、6年たっていて。脚本っていろんな人の力が加わって、映画になって完成するものだけど、小説ってそれだけで完成品じゃないですか?

 俺は名前がちょっと知られてる状況で小説を書くというずるいアドバンテージがあるから、1作目だけど、めちゃくちゃ面白くしたいみたいな。ある種の完璧主義になってるんです。

:僕は完璧主義じゃないんですよ。締め切りがあると「もうしょうがないな」って感じで書いてる。僕の知り合いに「俺さ、小説家だからさ」って名乗る人がいるんですけど、書いてない(笑)。本出してないじゃんって(笑)

 そういう人って、完璧なものを書こうとしてるんだけど、完璧なタイミングなんてないし、完璧な依頼もない。完璧を求めると、どんどんできなくなる。だから二勝一敗の一敗が最初に来たと思えばいい。負けてもいいんです。

:最初って、その一試合しかないと思っちゃうんですよね。

:そうなの、負けたら終わり、と思ってる。でも勝っても負けても「お疲れさまです」って次の日行くのが仕事じゃないですか。いろんな人たちが関わっている以上、進めながら微調整、微調整でやっていくしかない。完璧主義という名のもとに自分を可愛がりすぎてる可能性が高いな、って思います。

:モト冬樹さんが主演の映画『こっぴどい猫』の脚本が書けなかったときに、モトさんが「うまくいかなかったらもう一回やればいいじゃん」と言ってくれたことがあって。同じ人ともう一回、みたいな感覚がなくて、「これ失敗したらヤバい」と思ってたから、楽になったの思い出しました。

:そういうことなんじゃないですかね、プロって。糸井重里さんから、甲子園は一回負けたら終わりだけど、プロはリーグ戦で、負けても「次の試合はこうしたい」と考えるって言われて。そんな簡単に全部ガシャンってダメにならない、いいことも悪いこともグラデーションになってるんですよ。

 続いての質問は、「人生で一番の大失恋をしました。おふたりの忘れられない人や言葉を教えてください」

:僕はバイトをしてたとき、全然ダメで。当時付き合っていた彼女から「大丈夫、君面白いもん。小説でも書けば?」って言われたこと。結局、十何年たってから書きましたけど、そういう言葉って、何よりもうれしい。救われるというか。

:以前、ちょっと変な距離感の女性がいて、よく飲んでたんですけど、俺は好意を持ってたんですね。そうしたら、その人から「あなたと話してると時間溶ける」とメールが来て、俺、喫茶店で泣いちゃって。

:メールなんだ!(笑)

:なんかそれで、じゃあ全部いいやってなるくらいの救いになって。

:面白いとか言ってもらったら、それだけでいいですよね。生きていける。なんか、それって目減りしないじゃないですか?

:例えば、本が売れたとか数字も大事だけど、感覚の部分を褒められるとすごい安心しますよね。

:「面白いかわからないけど、でも自分の中では意味がある。だけど、誰が読むの?」みたいなこと書いて、読んだ人が自分と近しい何かを思い出したとか言ってもらえると、本当に意味があったな、答えが出たなって。そういう作品を作れるとうれしいし、ホッとします。

:映画でも、ある世代向けに……みたいなことがあるけど、結局、年代じゃなくて一人ひとり違うじゃないですか。たった一人に向けたほうが強度が上がる、ということありません?

 万人に好かれるものって、表現もどんどん薄くなっちゃう難しさもあって。俺は本当に好きな人がいて、一方で受けつけない人もいるものが作りたいんですよ。

 そうしないと5年後、10年後に特別にならないというか。だから、この本を読んでて思ったのは、燃え殻さんはさらけ出す人なんだなって。

:自分の中でも忘れてしまうこともあるんですけど、それでも、ある食べ物を食べたときに思い出す、忘れられない一冊にしたいなと思ったから、「もしかしたら書くことで返り血を浴びちゃったりするかもしれない」と思いながらも「やっちゃったほうがいいかな?」って、さらけ出しました。

今泉力哉●1981年福島県生まれ。大学在学中から映画製作を始め、2010年『たまの映画』で商業映画監督デビュー。映画やドラマ、ミュージック・ビデオなどを手がけ、主な監督作品に『愛がなんだ』『街の上で』『アンダーカレント』などがある。脆く弱い部分を持つ登場人物の心の揺れ動きや孤独感などを丁寧に描く作風で多くの支持を得る。

燃え殻●1973年神奈川県生まれ。テレビ番組の小道具制作会社勤務を経て、2017年にネット上で連載した『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。著書に小説『これはただの夏』『湯布院紀行』、エッセイ『それでも日々はつづくから』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』『明けないで夜』など。作品が次々と映像化、舞台化されるなど、今注目の作家。

『この味もまたいつか恋しくなる』(主婦と生活社)

『週刊女性』に連載された『シーフードドリアを食べ終わるころには』に書き下ろしを加えて書籍化。

 浅煎りコーヒー、生姜焼き定食、シーフードドリア、チャーハン、おにぎりと味噌汁、シェフの気まぐれサラダ、冷えた焼きそば、ミートソースパスタ、餃子と高級鮨、卵かけごはん、サッポロ一番塩らーめん、金目鯛の煮付けなど、さまざまなメニューにまつわる味の記憶と、その食べ物から思い出されたちょっぴり切ない物語を展開する。燃え殻さん自身の味の好みに迫るコラム「恋しくなる味Q&A」も収録。

取材/成田 全

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