
戦後80年を迎えようとする今も、世界各地で戦争や武力紛争が絶えません。ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻など、大規模な戦闘が続いています。戦争とは何か、どう終わらせるのか――。こんな問いを、安全保障と国際法の専門家と考えました。
(TBSラジオ「荻上チキ・Session」2025年6月9日放送分から抜粋、構成=野口太陽、山崎毅朗)
そもそも、「戦争」とはどう定義されているのでしょうか。
「『戦争』の定義は切り口によってさまざま」と語るのは、安全保障を研究する米シンクタンク・ハドソン研究所の村野将・上席研究員。ウプサラ大学による「年間1,000人以上の死者が出た武力衝突」という定義を紹介する一方、「国の正規軍同士の衝突」に限定する定義もあると話します。
「ロシアはウクライナへの侵攻を『特別軍事作戦』と言っていますが、第二次世界大戦以降、ヨーロッパで起きている正規軍同士の最大規模の戦闘ですから、どう考えても戦争です」
一方、国際法学者で立命館大学大学院の越智萌・准教授は「現代の国際法は『戦争』という言葉を使うことを避けているため、はっきりと定義をしていない」と解説します。
なぜ「戦争」という言葉を避けるのか。越智さんは、現代の国際法が戦争を違法化しているからだと説明します。
第二次世界大戦以前の国際法では、国際的な問題を解決する手段の一つとして、戦争を正当化する議論がありました。しかし戦後になり、国際法は自衛や国連安保理の許可がある場合を除き、武力行使を基本的に全て禁止。「武力紛争」や「武力行使」という言葉を使うようになったということです。
村野さんは、現代の国際秩序は、国際法などの「ルールに基づく秩序」と「ルールが破られた場合に相手を罰したり、元の状態を回復するための「力に基づく秩序」の二層構造になっていると説明します。「ロシアによるウクライナ侵攻で明らかとなったところですが、ルールが破られた場合に強制力を発揮する力が担保されていないとあるがままの力の世界が現れる」と指摘します。
ロシアのウクライナ侵攻は、侵略に当たると国連総会決議が出ています。また、イスラエルのガザ侵攻について、ネタニヤフ首相には国際刑事裁判所から逮捕状が出ています。こうした戦争犯罪をどう取り締まればいいのでしょうか。
越智さんは「現在の国際秩序は各国が自国の領域に対して排他的な権限を持っているため、国際刑事裁判所も戦争犯罪の被疑者を直接逮捕するような強制力を持っていません。しかし、戦争犯罪には時効がないため、逮捕状が出た人は亡くなるまで容疑を負うことになる。こうした合意ができたのは数十年前とは大きく状況が変わったといえます」と語ります。
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戦争を終わらせるためには何が必要なのでしょうか。
越智さんは「武力紛争をどこまでやっていいのかについては実は明確なルールがある」と語ります。国際法上、自衛を理由に武力行使を行う場合、「受けた武力攻撃を防ぐために必要な範囲に限られる」と定められています。「ただどこまでが『必要な範囲』なのかが国によって解釈が異なっていて、それが自国の行っている武力行使が国際法違反じゃないというロジックに繋がっているのが現状」と越智さんは説明します。
「武力行使の『必要な範囲』を考える際、ここ5年間の自国の安全を考えるのか、それとも100年後の安全を考えるかによって、大きく変わってしまう。その点でロシアやイスラエルは相手国の被害が大きくなっても仕方ないというロジックを持っているのでしょう」
村野さんは戦争を終わらせる要素として、2つを挙げます。
1.戦争相手国に、「これ以上作戦を成功させられない」と思わせる「軍事力=拒否力」
2.多くの国からの支持を得られる「正当性」
戦争は当事者どうしの交渉と合意で終結しますが、「交渉には戦争の軍事的な現実が反映される」と村野さんは指摘します。
「そのため、交渉に至るまでの戦いを有利に進めておかなければいけないが、力がないとそれができない。勝ち筋が見出せない戦争は、同盟国から『この辺にしておいたら』と言われてしまい、国際的な正当性であったり周りからの支持を取り付けることができなくなる場合もある」
私たちの向き合い方—戦後80年の節目にスマホを開けば毎日、戦争のニュースが目に入ってきます。この時代、戦争というものにどう向き合っていけばいいのでしょうか。
村野さんは「無理のない範囲で、戦争から目を背けずに常に自分のこととして考え続けるのが非常に重要」と指摘します。古代ローマの格言「平和を望むのであれば戦争に備えよ」を引いた上で、村野さんは「戦争について考えずにいれば、戦争が遠ざかってくれるのであればいいが、現実はむしろ逆。戦争について正面から考えることが、逆説的に戦争を遠ざけることになる」と語ります。
越智さんは戦争についての研究書に触れてはどうかと提案します。「戦争について分析するレンズのようなものを手に入れることができます。研究者的な視点で見ることで、心への負担を軽減しつつ、より深く考えられるようになるかもしれません」と助言します。
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