『ひとりでしにたい』より「死後のことなんて考える意味がない」
「終活」という言葉を耳にするたび、どうしてもそんな風に思ってしまう。目の前にある楽しみを掴むのに精一杯で、自分がいない世界のことを想像する暇なんてない。
しかし、自らの死と向き合うことこそが、より良く生きるためのヒントになるとしたら?
身内の孤独死をきっかけに、35歳の女性が終活と向き合っていく姿を描いた漫画が、『ひとりでしにたい』(講談社)だ。重いテーマをコメディタッチで深堀りするストーリー性が話題を呼び、2019年の連載開始時点でも局所的に話題を呼んでいた。
翻って今現在、同作品は2025年6月21日よりNHKで、しかも綾瀬はるか主演でドラマ放送が始まっている。このタイミングで、作者であるカレー沢薫さんに、あらためて読者へ届けたいメッセージを聞いた。
◆生きていくことすべてが「終活」
ーーはじめに、終活をテーマに漫画を書こうと思ったきっかけを教えてください。
カレー沢薫:当時の私は、主人公の山口鳴海より少し上の30代後半。その頃から抱え始めていた「漠然とした不安」に触れる作品を描けば、なにか面白いものが出来上がるのではないかと思ったのがきっかけです。
不思議なことに、漫画にすると決めたとたん「漠然とした不安」がどんどん輪郭を帯びてきました。まるで老後資金や孤独死などの「死に向かうまでの問題の集合体」が、目の前に姿をあらわしたようなイメージですね。
それらと一つひとつ向き合っていくストーリーにしたいと考えるなかで、主題を「終活」としてまとめあげることを思いつきました。
ーー終活を題材にしつつも、実際には生きることについて描かれている点が多いように感じます。
カレー沢薫:主人公の年である35歳からすれば「この世からいなくなる」なんてまだまだ先の話。でも「死に向かっている」のは誰しも一緒だと考えると、人生における過程すべてが「終活」として捉えられると思いました。
「なんの漫画?」と問われたときにも、一言で答えられる言葉を探すと、やはりたどり着くのは「終活」なんです。結局この作品は、生きることを描いているといえますね。
◆「1人で死ぬのは悪いことなの?」という声
ーー多数の社会問題について触れていくなかで、読者から批判の声が届くことがあるのでしょうか?
カレー沢薫:コメディタッチで描いているせいか、批判自体はあまり多く届いておりません。ただ連載当初、孤独死を取り上げるなかで読者からあがったのは「1人で死ぬのは悪いことなの?」という疑問の声です。
具体的には「この世からいなくなるときは、結局みんな孤独ではないか」「自分が存在しない世界のためにあがく必要はない」などの鋭い意見が寄せられていました。
ただ先ほども話したように、この漫画は生きることを描いた作品です。読み進めてもらうなかで、漫画の方向性を徐々に理解してもらうケースが多いですね。
◆連載開始当初と現在で感じる‟変化”も
ーー作品の連載が開始したのは2019年。時代の流れとともに、漫画の方向性を変えている点はあるのでしょうか?
カレー沢薫:はい。現在進めているストーリーでは、男女の出産や育児の考え方の違いについて触れています。先の見えない時代のせいか、連載を開始した2019年よりも、子供を持つ選択をしない女性が増えていると感じたのが理由です。
ほか、本来はもっと投資や保険の実践的なノウハウを伝える漫画にするつもりだったのですが、そちらも路線変更をおこないました。より読者のみなさんが生きるうえで直面する「人間関係」にフォーカスした方が、多様性という言葉があふれた現代にマッチすると思ったんですよね。
とはいえ、人とのつながりを描くだけでは「終活」から少し離れてしまうのは事実です。そこは漫画としての面白さのバランスを考えながら、物語にテーマを付与していきたいと感じています。
◆恋愛要素については「予測がつかない」
ーー主人公の同僚である那須田の存在は、作品のなかでも少し異質な存在に思えます。
カレー沢薫:30代後半の女性が、20代でスペックも高い男から好意を向けられるのは、いかにも漫画的ですよね。那須田の存在は「終活」という重苦しい題材を読み続けてもらう要素の一つなんです。
ただ連載当初は、タイトルが『ひとりでしにたい』なのに、「男との恋愛を匂わせる必要があるのか?」のような意見も飛び交いました。でもいまは、那須田のこじらせたキャラ性が好きという感想を多くいただくようになっています。
私は、読者の反応を見て展開を変えていくタイプです。現在の成海と那須田の付かず離れずな関係性がどうなるかは、私自身でも予測がつきません。
◆「ドラマにして面白いのか?」と思ってしまった
ーー『ひとりでしにたい』は、2025年6月21日よりドラマ放送が決定しています。お話を受けたときの率直な感想をお聞かせください。
カレー沢薫:もちろん大変に嬉しかったのですが、同時に「この話をドラマにして面白いのか?」と思ってしまったのが正直なところです。
まず不安を覚えたのは、オフィスでひたすらに話し込むなど、映像化に適さないであろう描写が多い点。そして、綾瀬はるかさんや佐野勇斗さんをはじめとした華やかすぎるキャスト陣に恵まれていながら、ときめくようなシーンもほとんどないところ……。
ただ、1話を少し見させてもらった際、ドラマでしかできない心象風景を取り入れるなど、賑やかな作品に仕上がっている事実には驚きを隠せませんでした。原作のコマに忠実なシーンもちりばめられており、私自身とてもワクワクしながら放送日を待っている状態です。
◆親子で終活をカジュアルに話すきっかけに
ーードラマ化をきっかけに、作品をどのような人に観てほしいと感じていますか?
カレー沢薫:人生の終わり方について考えている人はもちろん、親に終活を勧めたい人にもチェックしてほしい作品です。
親子間で”死”について話をするなんて、ハードルが高いなんてレベルではありませんよね。このドラマをリビングで一緒に見れば、カジュアルに終活について話すきっかけを作れるのではと思っています。
原作のファンの方からは「もっと若いときに読みたかった」という感想がたまに寄せられます。誰しも確実に年を取るなかで「終活」と向き合うのに早すぎることはないのだと感じました。
ーー原作でも、どこか身近に感じるような事態が次々と起こっています。最後に、これから漫画も楽しみたい人へ向けてメッセージをお願いします。
カレー沢薫:どうかこの漫画を読んだときに、生きることや死ぬことに不安をもたないでほしいと願いながら日々物語を紡いでいます。
主人公の成海が趣味を全力で満喫するシーンは、ただのコメディ要素として描いているわけではありません。死に向かう準備は大事だけど「いまを楽しむことも捨ててはいけない」ことも『ひとりでしにたい』で伝えたいテーマの一つなんです。
繰り返しますが、この作品は生き方や死に方を一方的に急かしている作品ではありません。エンタメとして楽しんでもらいながら、自然といまの人生を彩ってもらえれば嬉しく思います。
<取材・文/川上良樹>
【川上良樹】
エンタメ好きなフリーライター。クリエイターやアイドルなどのプロモーション取材を手掛ける。ワンドリンク制のライブが好き。