ソフトバンクが、「空飛ぶ基地局」ことHAPSを用いた通信のプレ商用サービスを、2026年に開始する。HAPSとは「High Altitude Platform Station」の略称で、成層圏通信プラットフォームを指す。高度約20kmを浮遊する機体に通信機器を搭載し、成層圏からの通信で直径200km以上をカバーする。
このHAPSサービスの詳細について、ソフトバンク テクノロジーユニット統括 プロダクト技術本部 ユビキタスネットワーク企画統括部 統括部長の上村征幸氏が説明した。
●山間部や離島のエリア化、災害時の通信手段としての利用を想定
ソフトバンクは2017年にHAPSへの取り組みを開始。2020年と2024年には成層圏の飛行に成功し、2023年にはルワンダ共和国で成層圏からの5G通信に成功した。
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HAPSの技術標準化や規制整備を進める「HAPSアライアンス」にソフトバンクは創設メンバーとして参画しており、2023年のWRC(世界無線通信会議)ではHAPS向けの周波数拡大を主導した。HAPS関連特許を90以上保有しているのも特筆すべき点だ。
HAPSでは、山間部や離島など電波の届きにくい場所のエリア化や、災害時に基地局がダウンした際の通信手段としての活用を想定している。大雨や土砂崩れなどで地上ネットワークが寸断されても、HAPSは上空から即座に通信を届けられるため、災害派遣隊の連携や被災者の安否確認など、迅速な復旧活動に期待される。
通信だけでなく、リモートセンシングにも活用できる。高度20kmからの映像やデータにより、道路や施設の被災状況、火災や浸水状況などを早期に発見・把握し、緊急度判断や物資輸送、災害派遣方針の策定に役立てることができる。
ソフトバンクは、既存の地上ネットワークと、HAPSや衛星通信を含めた非地上系ネットワークを融合させた「ユビキタス・トランスフォーメーション(Ubiquitous Transformation:UTX)」を打ち出し、「いつでもどこでも通信につながる世界」を目指す。
●LTA型のメリットは長時間の滞空性能 成層圏の過酷な環境でも飛行
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2026年に開始予定のプレ商用サービスでは、ソフトバンクが出資する米Sceye(スカイ)が持つLTA(Lighter Than Air)型の機体を運用する。
これまでソフトバンクが開発してきたのは、翼を持つHTA(Heavier Than Air)型の機体だった。LTA型は、空気よりも軽いヘリウムガスの浮力で上昇でき、HTA型よりも長時間滞空できる。成層圏の飛行試験に成功しており、「成層圏の過酷な環境の中でも、年間を通して飛ばせる」(上村氏)耐久性も持つ。
LTA型の機体には、紫外線や低温、低気圧、空気が薄いといった成層圏の過酷な環境に耐える素材を用いている。2024年8月にはバッテリー電力のみで夜間飛行にも成功したこともあり、昼夜を問わない電力の自己完結が可能だ。機体の全長は約6.5mある。
HAPSの滞空期間について「最終的には年間を通した滞空を目指す」(上村氏)が、技術と制度の側面から、プレ商用サービスでは初期は期間を絞り、約10日間前後の滞空を予定するという。
●LTA型の技術進展著しく、3年前倒しでサービス展開可能に
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ソフトバンクはこれまでHTA型の機体を開発してきたが、ここに来てLTA型の採用を決めたのは、「Sceyeの技術が、ソフトバンクの当初想定を上回るスピードで進展したこと」(上村氏)が大きく、これによって3年ほど前倒しでサービスを展開できるようになるという。一方、HTA型も「翼を持っているので、機体速度が優れている」ことから、HTA型とLTA型を併用してHAPSのエリアを構築していく。
運用拠点については、「日本国内に1箇所の打ち上げ・着陸・格納庫を兼ねた施設を検討している」(上村氏)とのこと。一度打ち上げたら長期間滞空させる運用を想定しているため、複数箇所に施設を設立することは想定していない。
LTA型の機体はヘリウムガスで飛ばすため、安全性についても気になるところ。上村氏によると、「ヘリウムガスは引火・爆発の危険性はない」とのこと。運用するにあたり、雷などの天候状況を考慮して打ち上げ、格納庫の湿度管理を徹底し、高圧ガスの爆発を防ぐためのプロトコルも確立している。
●当面はLTEを使用、通信は衛星通信サービスよりも「圧倒的に速い」
HAPSで用いる周波数については、「総務省と相談をしながら制度化を進めていくが、バンド1(2.1GHz帯)を考えている」(上村氏)とのことで、変更の可能性もある。5Gにも対応できるが、まずはLTEでの通信を想定する。これは、5G対応スマートフォンよりもLTE接続できる端末の方が普及しているためだ。
通信速度は現段階では非公開だが、(Starlinkなど)衛星との直接通信サービスと比べて「圧倒的に速い」と上村氏は説明した。特に上り速度の改善が期待される。衛星通信では、数100km上空から電波を飛ばすのに対し、HAPSは20km上空とより地上から近いので、電波が減衰しにくい。下り通信については、衛星に搭載するアンテナの技術が進化することで高速になる可能性はあるが、上りについては「スマートフォンのアンテナが大きくならない限り、厳しいのでは」と上村氏はみる。
カバー率も気になるが、まずは災害対策として導入するため、日本全国のカバーは考えていないとのこと。「平時にHAPSを使ってキャパシティーを増強する位置付けにするのかは未定」と上村氏。山間部や離島のエリア化や、地上局と周波数を共用したエリア強化(3Dエリア化)を含めて検討している。
将来的には直径200km以上に渡る広範囲のカバーを目指す。プレ商用サービスでは限定的な環境での運用となるが、2027年以降は直径200kmに近づける運用を目指す。その際、どれほどのトラフィックを処理できるかが課題となるため、災害状況に応じて、カバー範囲と容量を柔軟に調整する。災害が発生した際は、数時間以内に対象エリアに到着するように運用するという。
●翼を持つHTA型も並行して開発を進める
HTA型の商用化は当初の予定通り、2027年よりも先になり、背景には技術的な課題がある。日本(北緯36度付近の東京)では、太陽光発電による充電と夜間の電力放出サイクルが、赤道付近に比べて難しい。また、長期間滞空させるには、モーター性能の向上やバッテリー容量の増加、軽量化が必要になる。
HTA型の機体を通年で飛ばすためには、これまでの航空機の概念にはない新しい構造を持つ機体開発が必要となる。ソフトバンクは、2027年までに要素技術、バッテリー、モーター、ソーラーパネルを完成させる見通しだ。
●2026年のプレ商用サービスは技術検証が目的
2026年のプレ商用サービスは災害時の利用を想定し、一般ユーザーではなく、社内関係者や特定の限定されたユーザーを対象とした技術検証が中心となる。利用できるのはメッセージングだけでなく、音声通話やWebブラウジングなど、地上局と同等のサービスを目指す。2027年以降は、災害時通信に加え、山間部や離島など一般ユーザーへの提供を予定している。
HAPSはバックホール回線として利用するわけではなく、HAPS自体が直接スマートフォンと接続する形で通信サービスを提供する。上空から地上基地局とスマートフォンと接続させる形になるため、ユーザーは自分の端末がHAPSで通信をしているかどうかは分からず、ピクトの表示も変わらない。
プレ・商用サービスの料金は未定だが、「災害対策ソリューションとして、基本的には追加料金を徴収しない方針」(上村氏)とする。
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