BMWのアンバサダーであり、世界的なピアニスト、そして経営者としても注目を集める反田恭平氏にインタビューした。
反田氏の経歴は、まさに“エリート音楽家”だ。高校時代は、ロシアの名門・モスクワ音楽院に首席で入学。そこで研鑽(けんさん)を積んだあとポーランドへ渡り、ショパン国立音楽大学でショパン作品の解釈を深めた。2021年には「ショパン国際ピアノコンクール」で第2位に入賞。全世界的な評価を決定づけた。
演奏活動と並行して、2018年に自身の事務所であるNEXUSを設立。その後、反田氏のもとに、若手ながら華々しい実績を重ねてきた実力派のヴァイオリン演奏者やヴィオラ奏者、チェロ奏者8人が集結した。彼らを弦楽八重奏「MLMダブル・カルテット」というグループ名でプロデュースし、2021年には株式会社形態のオーケストラ「Japan National Orchestra」(JNO、奈良市)として法人化した。設立にあたっては、工作機械メーカーのDMG森精機が関わる「森記念製造技術研究財団」と、反田氏が代表を務めるNEXUSが共同で出資している。
JNOは奈良を拠点とし、地域文化の振興やアウトリーチ活動に尽力している。オーケストラの法人化は、業界では初だという。若手音楽家とのファンエンゲージメントとして音楽サロン「Solistiade」を立ち上げるなど、革新的な挑戦をしてきた。ビジネス的にいえば、クラシック業界で“新規事業開発”に挑んできたのが反田氏だ。
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反田氏はこの新規事業を通じて、新たな音楽ファン拡大に向けた取り組みを積極的に展開している。その展望を聞いた。
●DMG森精機社長との出会いがきっかけ 株式会社のオーケストラ設立
反田氏は、日本で初めて株式会社形態でJNOを設立した経緯を語る。
「世界的に見ても、オーケストラの99%は財団法人です。東京にもすでに多くのオーケストラがありますが、その中で同じように財団法人で勝負するのは、僕にとってあまり面白くないなと感じました。純粋に“楽しさ”が僕の原動力なんです」
そんな思いを形にするきっかけとなったのが、DMG森精機・森雅彦社長との出会いだった。ドイツでの演奏会の後、偶然同席した会食の場で、反田氏は自身の構想を伝えたと言う。例えるならば、わずか15秒ほどの“エレベーターピッチ”だったそうだ。その後も対話を重ね、最終的にJNOは株式会社としての運営をスタートさせた。
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JNOは設立以降、年2回の全国ツアーや海外ツアーを継続的に実施している。2022年2月には、奈良県と「文化活動の振興に関する連携協定」を締結した。県内の小・中学校・高校を対象に、クラシック音楽の鑑賞、体験、演奏指導の機会を届けるアウトリーチ活動を実施。地域に根ざした音楽文化の普及にも力を注いでいる。
30年以内に音楽アカデミー(音楽院)の創設を目指していて、「世界中から才能ある若者が集まり、学び、育つ場」を作る構想も進行中だ。演奏家が安心して音楽に専念できる環境を整えながら、地域から世界へと発信する、持続可能なオーケストラの新しいモデルを描いている。
●アーティストとビジネス 「経済的な基盤は欠かせない」
この「株式会社としてオーケストラを運営する」という挑戦は、反田氏自身のアーティストとしての在り方と、ビジネスへの感覚が自然に結びついた結果でもある。世界各地で演奏活動をするなかで、現地のコンサートの運営方法や収益構造に興味を持つようになったという。
「多くのアーティストはコンサートをしていても、興行やビジネスの在り方を知りません。しかし私は、お世話になっている人の話を聞いたり、現場を見たりしているうちに、『もっとこうすれば面白いんじゃないか』『お客さんはこんなことを求めているんじゃないか』と考えるようになり、自然とビジネスに興味を持つようになりました」
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そうした考え方の背景として、反田氏は20世紀を代表する名指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンの名を挙げた。カラヤンは、自身の横顔や名前を商標登録しており、音楽家でありながら”猛烈なビジネスマン”としても知られている。
日本では、「文化人はお金にこだわるべきではない」という風潮が根強く残っている。しかし芸術を追求し続けるためには、単に生きていくためだけでなく、技術を向上させるためにも、経済的な基盤は欠かせないと反田氏は話す。
「味覚や聴覚を含め、さまざまな感性を育て、表現の引き出しを増やすこと。それが最終的に“音”に還元されていくと私は考えています」
●BMWとタッグを組んだ理由
この反田氏の挑戦を実現するためのサポーターが、BMW Japanだ。通常、外資系企業は、本国のビジョンをそのまま日本市場に投下することも少なくない。一方BMW Japanは、日本独自の新プロジェクト「BMW BELIEVES」を始動した。このプロジェクトでは、「人生に、駆けぬける歓び」をテーマに、BMWが長年支援してきたクラシック音楽、ゴルフ、モータースポーツという3つの文化分野で、さらなる発展を目指す。
同社は、BMW本社であるドイツ・ミュンヘン発で、ドイツ・オーストリア系のレパートリーに強みを持つドイツを代表する名門オーケストラ、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演をサポート。加えて反田氏と、彼がプロデュースするJNOによる全国ツアー「BMW Japan Presents 反田恭平&ジャパン・ナショナル・オーケストラ コンサート」も開催した。小学生向けの特別プログラムとして、楽団メンバーによる楽器演奏を指導するなど、次世代への教育的支援にも取り組んでいる。
3月には、東京・麻布台ヒルズ内のブランドストア「FREUDE by BMW」にて、反田氏によるスペシャルコンサートを実施した。同施設を”車を売らないショールーム”とし、BMWの世界観を発信する場として打ち出している。2025年には、このショールームで、サントリーホールアカデミーの受講生による歌曲やオペラ、弦楽四重奏、さらには反田氏がプロデュースするJNOのメンバーによる演奏会など、全5回にわたる音楽イベントを開催する予定だ。
革新性と芸術の融合を体現する場として、多くの観客の心をつかんでいる。BMWは、文化・芸術やスポーツへの支援を通じて、社会的価値の創出とともに、自社ブランドのさらなる成長も目指す。伝統と独自性を大切にしながら、常に革新性を追求。分野を越えて生まれる価値を“ひとつの結晶”として輝かせる反田氏に親和性を見いだし、未来に向けた歩みを続けている。
●出会いは2021年 反田氏は1カ月で運転免許取得
BMW Japanは2021年より、ピアニスト・反田恭平氏をブランド・フレンドとして迎えている。それ以来、反田氏の全国ツアーや、JNOへの協賛を継続。両者のパートナーシップは、2025年で4年目を迎える。
きっかけとなったのは、TBSで放送されたBMWスポンサーのミニ番組『Go NEXT ―未来へ駆けぬける―』だったという。反田氏は同番組の第1回のゲストに抜擢された。反田氏は「当時はまだ運転免許を持っていなかったんですが、BMWのラグジュアリーな車と空間に感銘を受け、撮影後1カ月以内に免許を取りました」と振り返る。
BMWジャパン ブランド・マネジメント・ディビジョンのマネジャー・井上朋子氏は、反田氏をアンバサダーに起用した理由について次のように語る。
「反田さんは、ピアニストとしての確かな実力はもちろん、実業家としても、伝統を大切にしながら常に新しい挑戦を続けています。その姿勢は、革新性を追求するBMWの“チャレンジャー精神”と深く共鳴していると感じています」
反田氏のように、車に乗ったことのない若年層へのアピールも、BMWにとっては価値がありそうだ。
●クラシックをもっと身近に
現在、クラシックコンサートの来場者の多くは50代以上だという。つまりクラシック業界では、いかにして若い世代へ広げられるかが、今後の大きな課題の一つなのだ。この課題は若者のクルマ離れが叫ばれる自動車業界にも重なる。ここにも起用の理由がありそうだ。
では反田氏は、どうやってより多くの人にクラシックを届けようとしているのか。
「露出を増やすことは、やはりとても大切だと思います。今の時代、インターネットやYouTubeなどを活用した発信はますます重要になっています。例えばストリートピアノのように、偶然の出会いをきっかけにして、音楽に興味を持ってもらえるような仕組みも、良い例ですよね。あとは、Netflixのような直感的で分かりやすいUIで、“今週のピックアップコンサート”といった表示が、数秒のあいだにサッと流れてくるような仕掛けがあったら、とても面白いと思います」
反田氏は、自身の会社でも「将来的に、チケットの発券やコンサート情報、アーティストのSNSや記事など、あらゆる情報を一つに集約した“クラシック専用のポータルアプリ”を作ってみたい」と話す。
「誰もが簡単にクラシック音楽にアクセスできる仕組みを整えることで、もっと気軽に、身近に感じてもらえるはずです。これからはとにかく多様なアプローチを考えていく時代。届け方一つで、出会える人の数も広がっていくと思います」
クラシック音楽は約400年にわたり、人々の心を豊かにしてきた芸術だ。これからは、反田氏のような新しい感性を持つアーティストと、BMWのように文化支援に力を入れる企業やブランドが交わることで、伝統を尊重しつつも進化を遂げる、新たな響きが生まれていくだろう。今後も反田氏の活動をモニタリングしていきたい。
(ベアーレ・コンサルティング、平野貴之, 平野皓大)
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