日本企業のデジタル化が普及するためには、IT導入が遅れている中小企業の参加が欠かせない。中小企業庁では中小企業にITツールを導入して生産性を向上させようと、2017年からITを導入する際に費用の一部を負担するなど補助金を出して支援を続けてきている。
だが2020年から22年のIT導入補助金について会計検査院から「実質的還元などによる不正請求があった」と厳しい指摘を受けるなど、ずさんな申請手続方法が問題視されてきていた。
補助金が中小企業の生産性向上に結び付いているのか。中小企業庁経営支援部の村山裕紀生産性向上支援室長補佐に、本音を聞いた。
●24年の採択件数は5万件 インボイス対応枠が最多
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IT導入補助金は、17年に始まった。23年の申請、採択件数をみると、申請が9万3211件に対して採択されたのが7万742件。24年は申請が7万1767件に対して、採択が5万175件だった。
補助の内容は、導入したいソフトウェアなどのITツール導入費用、導入・活用にかかるコンサルティング費用などの対象経費の内、2分の1から3分2を、最大で2年間補助するものが多い。25年度からは、それまで補助率が2分の1だったものを一部3分の2に引き上げる措置を講じるなど、内容によって補助率を引き上げている。23年における補助金額は100万円未満が約3万1000件、100万円から450万円未満が約3万8000件などとなっている。
補助の枠は、通常枠、複数社連携、インボイス枠、セキュリティ対策推進枠などがある。24年で特に多かったのがインボイス対応型(インボイス枠)で、申請件数が約4万6000件、採択件数が3万3000件にもなった。インボイス制度は22年に始まった制度で、中小企業はこれに対応しなければならなかったのだ。このため、会計ソフト・受発注ソフト・決済ソフトなどの費用に加えて、それらのITツールの導入に必要なPCやタブレット、レジ、券売機などが導入費用が補助の対象になった。
小規模事業者は、補助額が50万円以下の場合は費用の5分の4まで補助。ほかの中小企業は4分の3まで補助するなど補助率が高かったことも、申請件数が増えた理由のようだ。
●建設、卸売・小売業が多い
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業種別では23年の建設業の採択件数が1万4352件で全体の20.3%、卸売、小売が1万4221件、20.1%と突出して多い。建設業では、例えば勤怠管理ソフトが利用されている。タブレットを使って入力すれば、これまでのようにわざわざ事務所まで行ってタイムカードを差し込まなくてよくなった。また入札関連で、見積書の自動作成などができるようになり、こうしたソフトが重宝がられて導入されているという。
建設業、卸売業・小売業の次に多いのが製造業、宿泊・飲食サービス業の順になっている。建設と並んで働き方改革により、24年から残業時間が制限されている運輸業は1480件、2.1%となぜか少ない。中小企業庁では運輸業の申請が少ない理由について、まだ分析できていないようだ。ドライバーの勤務管理が難しいことが影響しているのかもしれない。
●サイバーセキュリティ対策にも補助
サイバーインシデントが原因となって事業継続が困難となるなど生産性向上を阻害するリスクを低減させるため、サイバーセキュリティについても枠を設けている。
具体的には「サイバーセキュリティお助け隊サービスリスト」に掲載されているサービスのうち、IT導入支援事業者が提供し、かつ事務局に登録されたサービスを導入する際に、サービス利用料(最大2年分)を支援する。
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補助額は5万〜150万円以下で、中小企業が申請する場合は補助率2分の1、小規模事業者は3分の2。24年では、この枠で225件の申請があり、192件が採択されている。
●導入後も手厚く支援
中小企業庁では、各社がITツールを導入した後も、フォローアップするようにしている。
「以前は補助金をつけて導入したら、『後はご自分でやってくださいよ』という部分もあったかもしれません。導入はしたものの、使い方が十分に理解されておらず活用されないケースもあるでしょう。中小企業の生産性が向上しないことが日本全体の課題となっています。このため、25年度からは導入後の活用支援を手厚くし、導入したITツールの活用がより進むことを期待しています」(村山室長補佐)
具体的には、ベンダーがITツールを導入した企業に対して使い方の支援をし、そのコンサルティング費用の一部を補助する形になる。
中小企業のデジタル化の経過については「コロナ禍で普及が進み、半分から7割程度導入が進んでいるとみています」と話す。中小企業のデジタル化をさらに支援するため、今後は制度の中身を見直すなどして、より使いやすい制度作りを目指すという。
●不正対策も点検
補助金の交付で問題視されているのが、制度を悪用するなどした不正交付が多数みられることだ。会計検査院が20年から22年までの3年間で実施した、IT補助金に関してのサンプリング調査によると、実質的な還元(キックバック)につながる不正交付とみられるものが41件、支給金額にして約1億800万円あった。こうした不正は「氷山の一角」ではないかともみられており、中小企業庁は交付手続きの厳正化を強く求められている。
会計検査院も中小企業庁に対して、不正交付にならないように採択の際に厳しくするよう求めた。不正があった企業に対して、補助金の返還請求をするよう同庁に求めている。
不正交付で多かったのが、ベンダー側から企業に対して「実質負担はゼロ」「キックバックがもらえます」などと持ち掛けて、不正を働くケースだ。ベンダー側のモラル欠如も問題になっている。
こうした課題に対し村山室長補佐は、厳正に対処しようとしている。
「不正を働くITベンダーや不当に高額なITツールを排除することを目的として、IT導入支援事業者の登録申請においては販売実績などの証憑、ITツールの登録申請においては価格説明資料を徴取するなど、厳格な審査が実施できるよう審査基準を見直しています。こうしたことがきちんと効果を発揮するかどうか、注目している状況です」
●卸売・小売業の事例 宝寿園
具体的にIT補助金を使ってITツールを導入し、生産性を向上させた企業の成功事例を見てみよう。
自然健康食品を通販サイトなどを通じて販売している宝寿園(東京都新宿区)は、年商は約3500万円で、従業員は9人。抱えていた経営課題は、約5万件の販売管理業務を自社だけで遂行することの限界だった。売り上げデータなどをExcel(エクセル)に手入力で対応していたため時間がかかり、データの反映に1〜2カ月も要していたという。
この課題を解決するため、ベンダー側(富士フイルムビジネスイノベーション)と運用方法を徹底的に議論した。販売管理を効率的にできるITツールを補助金の活用により導入。旧システムからのデータ移行と、新システム運用の開始が比較的スムーズにできたという。この結果、伝票発行業務が6分の1に短縮でき、顧客数も2割増加した。注文時のオペレーションが飛躍的に早くなったという。
●運輸業 山藤運輸
宮城県の南三陸町にあるトラック約50台を稼働させている山藤運輸。24年分も含めて、経理関係でクラウドソフトを導入するため、IT補助金を2回使った。クラウド化することにより、どこからでも経理関連の数字の入力ができるようになり、効率化に役立ったという。佐藤克哉社長は「ITやDXの分野は進歩が激しいので、利用制限なく使えるようにしてほしい」と話す。
IT導入補助金は、IT人材やノウハウが乏しい中小企業にとって頼りにされている制度のようだ。しかし現実には、ITのハードやソフトを導入してみたものの、業務の効率化につながっていない事例も少なくないようで、このあたりはよりきめ細かい対応、フォローアップが求められる。
中小企業庁は導入するだけでなく、その後のフォローについても支援するとしている。生産性の向上につながるところまで「伴走支援」が求められているのだ。
一方、採択件数が万の単位となると、なかなかチェックの目が届きにくい。IT補助金制度の成果と同時に、どのようにして不正をチェックするのかが問われている。
IT導入補助金は、中小企業庁から運営費交付金の交付を受けた中小企業基盤整備機構が実施している状況だ。この補助金の事務・運営は、中小機構から補助金の交付を受けた民間企業(事務局)が手掛けている。このため中小機構や民間事務局スタッフの「不正を見抜く事務能力」も問われているだろう。
(中西享、アイティメディア今野大一)
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