観光業界は今、かつてないインバウンド需要の高まりにわいている。
2024年の訪日外国人客数は約3687万人と過去最高を記録。2025年には4020万人に達する見通しだ。インバウンド消費総額も8兆円を突破。各地のホテルや観光地はかつてない活況を呈している。
一方で、円安や物価上昇を背景に、日本のホテル・観光業界では「内外価格差」が拡大。国内客が価格競争力で不利になる現象も起きている。全国のホテル客室稼働率は2025年3月時点で平均78.8%と高水準を維持。東京都内の観光地などの中には、宿泊客のインバウンド比率が100%となるホテルも現れている。
こうした急激な環境変化の中で、ホテル経営の現場はどのような課題と向き合い、どんな工夫を重ねているのか。東武ホテルマネジメントの三輪裕章社長に、コロナ禍後のホテル業界の現状と展望を聞いた。
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●インバウンド需要の急増と「安い日本」の現実
――観光業界では昨今、インバウンド需要の増加やオーバーツーリズムなど、さまざまな問題に直面しています。三輪社長はどのように受け止めていますか。
現在ホテル業界は、インバウンド需要の好調に大きく支えられている状況です。ただ一方で、私が強く感じているのは、内外価格差の問題です。当社の場合、インバウンドの利用者が多く、そうした方々は海外の高い物価水準で利用するため、経営的に潤っています。
実際、インバウンド比率は非常に高く、東京・浅草では日によっては100%近く、錦糸町でも8割を超える日が続いています。こうなると、価格帯がインバウンドに引っ張られる形になり、国内の利用者がついてこられない状況が生まれています。これは裏を返せば、日本が「安い国」になっているという現実を示しているとも言えるでしょう。
観光業界は、コロナ禍で一度大きな打撃を受けました。その分の業績回復を今、インバウンド需要によって実現できているのはありがたいことです。しかし日本全体の視点で見ると、なぜここまで内外価格差が広がってしまったのか、あらためて考える必要があると感じています。
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――現在の稼働率や宿泊の状況はどうでしょうか。
現在、稼働率は9割近くに達しています。稼働率もADR(平均客室単価)も、かなり高い水準まで上がっていて、2024年から急激に回復してきた印象です。ただ、これ以上量的な拡大がないと、現状の高い稼働率のまま頭打ちになってしまいます。そこで、量で勝負するのではなく、ソフト面での価値を高めていくことが重要だと考えています。
例えば、自家製メンマなど東武ホテルならではの食材の活用や、2024年にリニューアルした冷凍おせちの販売などがその一例です。
冷凍おせちは非常に評判が良く、こだわりの素材を使用していることはもちろん、商品の劣化やドリップを防ぎ、高い品質で提供できるよう凍結までのスピードが早い「3Dショックフリーザー」を採用している点も特徴です。この冷凍おせちは大変好評いただいており、2025年も2024年に続いて販売を実施しました。
ホテルのレシピを生かした冷凍食品も開発し、湯煎で簡単に提供できる料理も手掛けています。これにより、ホテル品質の料理を自宅でも楽しめるようにしました。
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――東武グループ内での展開について、具体的にはどのような取り組みをしているのでしょうか。
東武グループの中でも、飲食事業を展開しているゴルフ場のレストランや観光地のレストラン、1泊2食付きのホテルなどに、こうした冷凍食品の提供を提案しています。また、自家製メンマもその一環です。これまでホテルで培ってきた調理技術などを生かし、竹あかりとのコラボなど造成し、新たな商品を開発するという考え方です。
冷凍食品という新たなコンテンツの活用は、繁閑の差を縮められます。直接ホテルに来られない利用者にも、ホテル品質の料理を提供できるメリットもあります。今後もこうした取り組みを通じて、新たな価値を提供していきたいと考えています。
●データ活用で実現した経営改善と収益力強化
――三輪社長は前職、東武鉄道の専務を務めていました。2023年6月から東武ホテルの社長に就任して以降も、東武鉄道全体や沿線の価値向上を経営の目的として意識していますか。
基本的に東武グループの中の一社として、各会社が自立してしっかりと利益を上げることを求めてきました。私自身も、営業利益10%を必達の目標とし、これを上回る分については、社員の処遇を改善する方針を掲げました。初任給は2024年も一気に3万円引き上げましたが、今年も見直しを図っているとともに若年層の処遇改善も図っています。
人事制度の改定は、賞与を中心として、これまでの少ない水準から5年かけて見直す計画を進めています。社員には自分自身のライフプランやキャリアプランを考えてもらい、それを実現できる会社にしたいと考えています。こうした取り組みの結果、離職率も以前の18%程度から現在は10%程度まで下がりました。業績の回復に伴う人事制度改定が社員の定着にもつながっていると感じています。
――コロナ禍の影響で営業赤字が続いていたとのことですが、実際どのような状況だったのでしょうか。
私が社長に就任した2023年6月の時点で、会社には40億円の債務超過と、70億円の借り入れがありました。現在は借金返済を進めており、2025年度中には債務超過を解消し、2026年度には全ての借金を完済できる見込みです。
――厳しい状況の中で、どのように経営改善に取り組んできたのでしょうか。
ひとつ大きかったのは、レベニューマネジメントを徹底したことです。データをしっかりと分析し、それに基づいた価格設定を全ホテルで実施しました。もともと一部のホテルで取り組んでいた手法を全社に広げたことによって、宿泊の売り上げが全体の8割を占める中、安定した稼働率と収益性を維持できるようになりました。これらの取り組みが経営改善に大きく寄与していると考えています。
●データ分析と標準化が生んだ利益回復の道筋
――逆に言うと、以前はマネジメントがバラバラだったということでしょうか。
そうですね。今は予約の多くがオンライン経由になっていますが、以前は値付けの方法について全体の動向をしっかり見て対応する意識が十分ではありませんでした。正直なところ、かなり大雑把な運用をしていたと思います。「この時期はこのくらいでいいだろう」といった感覚的な値付けが多く、根拠を尋ねても明確な答えが返ってこないことがほとんどでした。
もともと各ホテルが個別に予約管理していたものを、私が就任する前から徐々に集約し始めていましたが、それによって各事業所が共通の認識を持てるようになり、属人的な運用からグループ全体で考える体制へと移行しつつありました。
その後、データの徹底的な分析や、さまざまなディスカッションを重ねることで、全体のスキルが底上げされてきたと感じています。これまでホテルごとにばらつきがあった販売力も次第に平準化され、東武ホテルとしての基準ができつつあります。こうした取り組みによって、利益回復の道筋が非常に見えやすくなったと実感しています。
――東武ホテルでは、今まさに標準化を進めているわけですね。
まさしく品質の標準化と、業務の均質化の重要性を強く感じています。例えば、稼働率が思わしくないと、支配人の判断でギリギリになって値崩れしてでも売ろうとすることがありました。しかし、データを蓄積して分析することで、早めに予約を入れてもらう、いわゆるオンハンドの状態を作ることができれば、経営としても安心感があります。そのため、早期予約には比較的安い価格を設定するようにしていますが、これは言い換えれば売り方の標準化といえます。
――航空会社のダイナミックプライシングのようなイメージですね。
まさにその通りです。宿泊日が近づくにつれて部屋数が減ってくれば価格を上げていく、という仕組みを通常通り運用できるようになってきました。以前は「売れないから値引きして売ってしまおう」となりがちで、それが続くとお客さまも「直前の方が安い」と待つようになってしまいます。今はデータをもとに「このタイミングで売るべきかどうか」をしっかり検証できるようになりました。
また、今は業績が伸びているタイミングなので、積極的にいろいろなチャレンジをしています。失敗を恐れず、新たなチャレンジが将来の利益につながると考えています。とにかく今は、何でもまず試してみようという姿勢で取り組んでいます。
●「みんなで動く」組織づくりと現場力の強化
――チャレンジ精神のある社風については、どのように変えていきましたか。
当社はもともと話しやすい環境でした。例えば、先ほどの冷凍食材の調理の話ですが、どんなに自慢の料理があっても、毎日同じものを食べたら飽きてしまいます。定番メニューを売りにしている会社もあるかもしれませんが、そういう会社は大手ビジネスホテルチェーンのように、大勢の利用者が月に一度や一週間に一度と、繰り返し利用するから成り立っているのだと思います。
しかし、当社の調理スタッフは、利用者が毎日食事しに来てほしいと願っています。そのため、定番の定食も基本的には用意していますが、少しずつ工夫を加えて変化をつけ、毎日来ても飽きさせないようにしたいとの思いがあります。
鉄道会社は安全を重視するという考え方のために、事業を進める際に安心堅実という面が強いですが、私は労務の経験があり、労働組合との交渉で条件の変更、人件費や制度の見直しなど、変革をどう進めるかを常に考えてきたため、変化に対応する能力を自然と覚えさせられました。そのために必要なのは「人の話をよく聞く」ということです。
新しいことに挑戦したがる社員も多くいて、私はそうした人たちに支えられています。私一人が動いても誰もついてこなければ意味がありませんが、トップの提案はあくまできっかけに過ぎません。実際に動いてくれる人がいることによって組織全体が動き、フィードバックが生まれます。みんなで取り組もうという意識があれば、さまざまなことが実現できる会社となり、将来にわたって必要とされる会社として存続していけると考えています。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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