
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第55回 ラヤン・アイト=ヌーリ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回はマンチェスター・シティに新加入した左サイドバック、ラヤン・アイト=ヌーリ。サッカー選手の宝庫と言われるパリ郊外の出身。ストリートサッカー育ちのプレースタイルと、アルジェリア代表での活躍も注目されています。
【バンリューの星】
バンリュー(郊外)はサッカー選手の宝庫だ。移民の街でもある。
フランス代表メンバーの3分の1はバンリュー出身と言われている。移民系とほぼイコールでもある。もはやここからしか選手は生まれないと言っても、そう間違いではないだろう。とくに多くの選手を輩出しているパリ周辺のバンリューは、低所得者が多く、犯罪率の高い街として知られている。仕事があるのは大都市だが、住むには家賃が高すぎる。そこで都市郊外に移民系家族が住むようになった。
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ティエリ・アンリが育ったレ・ジュリスに行ったことがある。見た目は閑静な住宅街。広々としてスポーツ公園もあり、そこにはアンリがファーポストへ巻いていくシュートを練習していたという壁もあった。
街並みはきれいで不潔な感じは全くない。ただ、あまりにも静かだった。賑わいや活気というものがなく生活感がない。ベッドタウン特有なのかもしれないが、ひどく無機質だった。
ラヤン・アイト=ヌーリもバンリュー出身である。パリ郊外のモントルイユ。両親はアルジェリア人だ。
パリFCの育成機関を経て、アンジェSCOに移籍。16歳でプロ契約。3シーズン目にイングランドのウォルバーハンプトン(ウルブス)に貸し出され、1シーズンで完全移籍を勝ち取った。ウルブスで4シーズン。今季からマンチェスター・シティに移籍している。
アイト=ヌーリは移民系選手の典型と言えるかもしれない。
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閑散としたバンリューでのストリートサッカーで技を磨き、そこから飛躍する数少ない道であるプロサッカー選手になった。生まれも育ちもフランスだが、A代表は両親の国であるアルジェリアを選択している。以前はフランス代表の育成年代を経験した選手はフランス代表になったものだが、ディディエ・ドログバがコートジボワール代表を選択したあたりから、両親の祖国を選ぶケースが多くなった。
フランスではマグレブ(北アフリカ)ほかアフリカにルーツを持つ、バンリュー出身の選手のテクニックには定評がある。ジネディーヌ・ジダンを筆頭にティエリ・アンリ、カリム・ベンゼマ、ポール・ポグバ、リヤド・マフレズなど挙げればきりがないくらいで、現在のバンリューの星はキリアン・エムバペだ。
バンリュー出身者にテクニシャンが多いのは、おそらくストリートサッカーがあるからだろう。大都市中心部にストリートサッカーをやれるような場所はないが、バンリューにはある。ジダンは団地の中庭で技を磨き、アンリは大型スーパーの駐車場でショッピングカートをゴールにしてミニゲームに興じていた。バカンスにも出かけない彼らの夏は長すぎるくらい長く、少年期にボールと接する時間が圧倒的にあるのだ。
アイト=ヌーリのプレースタイルにもストリートの匂いが濃厚にある。
【ポジショナルプレーとストリートサッカーの融合】
細身のレフティ、アイト=ヌーリのプレー感覚は独特だ。極めて闘争的なプレミアリーグのなかでは例外的な「遊び」のリズムが溢れている。少年期にいくつかのクラブでトライアルに参加したが合格しなかったのは、もしかしたらストリート的なスタイルが嫌われたのかもしれない。
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欧州というよりブラジル人のようにプレーする、軽快でトリッキーな左サイドバック(SB)。この異質なSBをシティが獲得したのは興味深い。
ペップ・グアルディオラ監督のシティは、ポジショナルプレーの最高峰として知られている。非常にシステマチックなプレースタイルとアイト=ヌーリの相性は悪そうに思えるが、シティのSBは典型的なSBではない。いわゆる「偽SB」であり、ほぼMFと言っていい。フィールドの外だけでなく内、もっぱら敵陣でプレーしている。
その点でアイト=ヌーリは適性があり、さらに彼の即興性がシティにプラスアルファをもたらしてくれる期待があるのだろう。懸念された守備時の強度も、クラブワールドカップを見る限り問題はなさそうに見える。
やはり新加入のラヤン・シェルキも、リヨン郊外の多文化とストリートサッカーで育った技巧派。アイト=ヌーリ以上に癖の強いタイプだが、シティのスカウトは戦術的な硬直化を避けるため、あえてバンリュー出身者を獲得しているのかもしれない。
【サッカーのディアスポラ戦略】
2022年カタールW杯でモロッコ代表はベスト4だった。スペイン、ポルトガルを破り、かつての宗主国フランスには敗れたが、アフリカ勢初の快挙を成し遂げている。
カタール大会のモロッコ代表メンバー26人中14人が欧州出身者。欧州で育った選手を逆輸入しているアフリカの代表チームのなかで最も成功した例だ。2014年にスカウティング部門を創設、キャンプやフレンドリーな大会を開催して欧州のアンダー世代の囲い込みを行なってきた。
フランス、オランダ、ベルギーを中心に、U−20までの選手を対象として「祖国代表の意義」や「文化的帰属」を説いていく。待遇改善はもちろんだが、本当の祖国はどこなのか、と問いかけているわけだ。
アイト=ヌーリが選んだアルジェリア代表は、モロッコに比べると逆輸入の成果は表われていない。マフレズ、イスマエル・ベナセル、そしてアイト=ヌーリを呼び込むことに成功したものの、モロッコのようなチーム戦術の一貫性や整理ができておらず、世代交代も滞っているのが原因のようだ。
ただ、すでにモロッコという例があるわけで、アルジェリアも2019年のアフリカネーションズカップではマフレズ効果で優勝している。飛躍の可能性はあるだろう。
自国を離れて他国に定住している人々(ディアスポラ)を活用する戦略は外交、経済、文化と多岐にわたっている。そのなかで最も目立つサッカーのディアスポラ戦略は、今やアフリカ勢躍進のカギを握っている。
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