「トライアル」って何者? 西友を買った“異色のスーパー”が変える買い物の未来

0

2025年06月30日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

未来のスーパーって、どんなところ?

 九州を中心にディスカウントストアを展開するトライアルホールディングス(HD、福岡市)は、大手スーパーの西友を買収することで話題となったが、テクノロジーを活用したリテールDXの推進でも知られている。


【その他の画像】


 セルフレジ機能が付いたショッピングカート「Skip Cart」や、電子棚札を用いた自動値下げ、顔認証決済システムの導入など、小売業界の「ムダ・ムラ・ムリ」の解消に向けた同社の取り組みを取材した。


 トライアルHDによると、日本の小売業界は欧米と比べてサプライチェーンの効率が低く、商品が消費者に届くまでのコストの約30%(40兆円)には、改善余地があるという。


 特に、発注・補充・物流の現場には、過去の慣習に依存した「ムダ・ムラ・ムリ」が多く残っており、同社はこの問題を構造的に解消するため、ITとデータを活用した改革に取り組んでいる。


 2024年1月からはNTTと連携し、サプライチェーン全体の最適化に着手した。NTTのデジタルツイン技術(仮想空間上に全く同じ環境を再現すること)を使って、実際の店舗の様子をデジタル空間にそっくり再現することで、店で実験をしなくても、高精度なシミュレーションができるようになった。その結果、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を速く回せるようになっている。


 重視するのは自社のみでのDX推進ではなく、メーカー・卸・小売といった流通業界全体が連携して行う、いわば「横のDX」だという。そこで同社は、福岡県宮若市で、大手メーカーなど約50社と一緒に共創プロジェクトを進めている。使われなくなった学校を改装して作った施設を活用し、会社同士の垣根をこえて協力しながら、流通業界全体を変えていこうとしている。


・なぜ福岡の郊外に有名企業が集まるのか? 九州発のスーパー「トライアル」が仕掛ける「横のDX」


 トライアルHDが目指しているのは、発注作業を自動化して、商品の欠品や売れ残りによるムダを減らすことだ。これからは、売り場の棚の配置をより良くしたり、お客さん一人ひとりに合った商品や情報を届ける「One to Oneマーケティング」にも取り組み、サプライチェーン全体のデジタル化を進めていく考えだ。


●スマートレジカート「Skip Cart」を2万台導入


 自社で運営する店舗でも、テクノロジーを活用したリテールDXを進めている。代表例の一つがスマートショッピングカート「Skip Cart」だ。タブレット端末でバーコードを読み取り、レジに並ばずに決済できる。2018年のスマートストア1号店開業時に約200台を導入して以来、着実に進化を遂げている。


 2025年3月時点で導入店舗数は249店、導入台数は2万1022台に達する。平均利用率は24.5%で、マンスリーユーザー(月に1回以上利用したユーザー数)は489万人に上る。


 筆者も福岡県内の店舗で、Skip Cartを使用する様子を見学した。スキャンした商品をカートに入れて専用ゲートを通過すると、あらかじめチャージを済ませた同社のアプリから決済が完了する。


 操作に難しさは感じられず、レジ待ちによるストレスもほぼない。利用する人にとっては、買い物がより快適になり、店にとってはレジに必要なスタッフを減らせるというメリットがある。


 さらに、Skip Cartは「リテールメディア(小売り広告)」としての機能も備えている。AIが利用者の年齢や性別、これまでの買い物履歴に合わせて、オススメの商品を表示してくれる仕組みになっている。また、商品に合わせたクーポンも自動で出てくるため、その場で効果的な販促ができるようになった。


 従来のテレビCMや、店頭POPに依存していた販促活動に新たな選択肢を提供したことで、来店客の衝動買いを後押ししている。メーカーとの協業により「計画購買が非計画購買に変わる」効果を実証し、従来の広告手法とは異なる購買行動を誘発している。


●小型店舗の「トライアルGO」


 トライアルHDのリテールDX戦略をより色濃く体現しているのが、「トライアルGO」だ。売り場面積が2000坪超のような同社の大型店舗に比べて、40〜300坪とコンパクトな小型店舗であるため、都市部にも出店しやすいという特徴がある。3000〜1万1000点の商品を陳列し、365日24時間営業している。


 店内には、効率化の仕組みを随所に配置している。AIカメラで売り場の状況をリアルタイムで把握し、売れ行きを予測して自動で商品を発注したり、総菜の値下げも自動で行ったりする仕組みを取り入れている。


 これにより、これまで人がやっていたルーティン作業を大きく減らせたうえに、スタッフの経験やスキルに頼らなくても、安定した店づくりができるようになった。


 さらに、事前登録でセルフレジにて顔認証で決済できる「顔認証決済システム」も導入。スマートフォンや財布を取り出す必要がなく、スムーズに決済が完了する。2024年9月から展開し、8店舗で導入している(2025年6月現在)。


 今後について同社の広報担当は、「利用者の反応を見ながら改善を重ねていき、順次広げていきたい」と説明する。利用者からは「早くて簡単で便利」といった肯定的な声も寄せられているという。


 テクノロジーによって人の作業を削減した結果、無人営業の時間帯も生まれた。トライアルGOの廣石財社長は、無人店舗を作ろうとしたわけではなく、「作業を効率化していった結果」だと語る。


 また、トライアルGOはスーパーセンターなど同社が運営する大型店のサテライト店舗としての役割も担う。大型店で製造した総菜を販売することで、都市部でも同様の商品を提供できる仕組みだ。


 店舗の規模はコンビニに近いが、差別化を図るうえで総菜は欠かせない。トライアルGOでは、鮮魚を使った寿司のほか、オリジナルブランドの総菜も提供している。「作ってから食べるまでの時間を短くしたい」と廣石氏も話すように、今後は買収した西友の店舗を「母店舗」として活用し、その近くにあるトライアルGOにできたての商品を届ける計画もある。


●「ソフトウェア」は自社で開発


 トライアルHDのリテールDXを支えるのは、自社の開発力だ。中国にある3拠点で約500人のエンジニアを擁し、店舗運営に関わるシステムを開発している。これにより、市場の変化に迅速に対応できる柔軟性とコスト面での優位性を実現している。


 ちなみに、顧客の個人情報および購買データは、日本国内のみで取り扱い、中国拠点はシステム開発のみに従事している。


 独自に開発したデータ抽出エンジン「E3スマート」は、お客の情報と買い物データが結びついたID-POSの処理に特化している。一般的なデータ処理製品と比べて約6倍速く処理できるうえに、コストは6分の1に抑えられているという。


 同社は、ハードウェアは外部調達に依存するものの、ソフトウェアは内製化する方針を貫く。レジの機械本体は東芝テックのものを使っているが、中のソフトウェアは自社で開発している。こうして、他社と差をつけるソフトの機能を自分たちで管理できる体制を整えている。


 今後は西友買収により店舗網が全国に拡大することで、これまでに培ってきた技術やノウハウの適用範囲が大幅に広がる見込みだ。トライアルHDが進めるリテールDXにより、小売業界の「ムダ・ムラ・ムリ」解消がどこまで進むかが注目される。


(カワブチカズキ)



    ランキングトレンド

    前日のランキングへ

    ニュース設定