
12日間戦争とイラン・イスラエルの対立激化
2025年6月の「12日間戦争」は、中東情勢に新たな緊張をもたらした。イスラエルとイランの軍事的応酬に米国が加わり、一触即発の状況が続いたが、トランプ政権による停戦宣言でひとまず沈静化した。
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しかし、イランは核開発を継続する姿勢を崩さず、第二、第三の軍事衝突の可能性がくすぶる。一方、イランがイスラエルに対して強硬な態度を貫く背景には、単なる対外的な敵対意識だけでなく、国内の複雑な事情も絡んでいる。
イラン国内の複雑な民族構成と分離独立運動
イランは多民族国家であり、ペルシャ人以外にクルド人、アゼリー人、バルーチ人など多様な民族が共存する。特に、クルド民族や東部のシスタン・バルチスタン州では、分離独立を求める反政府運動が根強い。
シスタン・バルチスタンでは、バルーチ人の武装組織が政府軍と衝突する事件が断続的に発生している。この動きは、イラン現体制にとって深刻な脅威だ。こうした国内の不安定要素は、現政権にとってイスラエル以上の内なる敵と言えるかもしれない。政府は、国内の分裂を抑えるため、外部の敵を強調することで国民の団結を図る戦略を取る。イスラエルへの強硬姿勢は、こうした国内の不安をそらすための「共通の敵」を作り上げる手段でもある。
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若者の不満と反政府デモの高まり
イラン国内では、若者を中心に自由を求める声が強まっている。経済的な停滞、高インフレ、失業率の上昇など、社会的不満が積み重なり、現体制への批判が高まっている。特に、2022年7月にヒジャブの着用を巡る女性の死亡事件をきっかけに全国規模の反政府デモが発生し、若者や女性を中心に「自由」と「変革」を求める運動が広がった。さらに、ガソリン価格の高騰や生活必需品の値上がりも、国民の不満を増幅させている。2019年11月にはガソリン価格の値上げにより、それに抗議する反政府デモが全土に広がった。
これらのデモは、イスラム共和国体制の基盤を揺さぶるものであり、政府にとって看過できない問題である。現体制は、国民の不満を抑えるため、外部の敵であるイスラエルや米国を非難し、国民の意識を外に向けることで国内の批判を和らげようとしている。イスラエルへの強硬姿勢は、こうした国内の不満を逸らすための政治的ツールでもあるのだ。
イラン現体制の「強気」の必要性
イランのイスラム共和国体制は、1979年の革命以来、イスラム教の価値観に基づく統治を続けてきた。しかし、グローバル化やインターネットの普及により、若者を中心に西側の自由や価値観への憧れが広がっている。ソーシャルメディアを通じた情報拡散により、政府の抑圧的な政策に対する批判も増大している。こうした状況下で、政権は自らの正統性を維持するために「強気」の姿勢を示す必要がある。
イスラエルへの敵対的な態度は、政権の「強さ」をアピールする手段となる。核開発の継続や軍事力の誇示は、国内の支持基盤である保守層や宗教指導者層を結束させ、体制の安定を図るための戦略でもある。特に、革命防衛隊など強硬派の影響力が強いイランでは、イスラエルへの対抗姿勢は政権のアイデンティティの一部とも言える。
内憂外患のイラン
イラン現体制がイスラエルへの強硬姿勢を続ける背景には、国内の不満と政権の存続戦略が深く関わっている。分離独立運動や反政府デモといった「内なる脅威」に対処するため、政権はイスラエルを「外の敵」として利用し、国民の不満をそらす思惑もある。しかし、経済的困窮や社会的不満が解消されない限り、国内の不安定要素は増す一方だろう。
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イランがイスラエルに対して強硬姿勢を貫く背景には、単なる対外的な対立だけでなく、国内の不満を抑え、政権の正統性を維持する狙いがある。多民族国家としての複雑な国内事情、若者の自由を求める声、経済的困窮は現体制にとっての大きな脅威であり、イスラエルへの敵対姿勢はそのためでもある。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。