画像:鎌田 さゆり議員Instagramより今、政治家であることは、どのような意味を持つのでしょうか。
◆話題沸騰!「さくラップ」の衝撃
立憲民主党・鎌田さゆり衆院議員の行動が議論を呼んでいます。参院選に立候補予定の打越さく良議員をPRするラップ動画を公開したところ、独特すぎる口調と動きがネット上で話題となっているのです。
それは、オードリー・春日俊彰氏の“カスカスダンス”のような動きに合わせて、“さーくら、さくら”と候補者の名前を連呼するもの。その合間に、「大企業守らず中小企業守ろう」とか「食料品は消費税ゼロでいこう」と政策を訴えています。
しかし、お世辞にもラップとは言い難く、間延びしたお笑いのリズムネタのような代物でした。よくぞ世界にさらす気になったものだと驚愕します。
当然、党内からも批判の声が上がりました。鎌田氏は即座に動画を削除したものの、すでに拡散されてしまい後の祭り。6月28日には、自身のSNSでライブ配信を行い、「私、どうしても、色んな方に笑ってもらいたいな、笑顔になってもらいたいな、というのがあって、それが人さまによっては、不快な思いをさせてしまった。猛省でございます。」と謝罪する事態に追い込まれたのです。
ネット上では、「これじゃさくらじゃなく錯乱だ」とか「ロクに韻も踏んでいないのにラップを名乗るな。文化へのリスペクトがない。若年層にこびてるだけ」など、批判的な意見で溢れています。
筆者も同感ですし、鎌田氏個人への批判もやむなしと考えます。
◆「思想ゼロ」の政治家たち
しかし、同時に、鎌田氏のラップは今日の政治の機能不全そのものを象徴しているとも感じました。理由はふたつ。
まず、ネット選挙の弊害により、政策アピールがキャッチコピー未満の分量になってしまったことです。小泉純一郎元首相の手法がワンフレーズポリティクスと揶揄されていたのも今は昔。
鎌田氏のラップを見ると、もはやフレーズですらなくなってしまいました。「大企業守らず中小企業守ろう」とは、一瞬“その通り!!”と賛同したくなる勢いがありますが、いやいや両方守れよ、というのが普通の感覚であるはずです。
にもかかわらず、ここでの鎌田氏は“大企業=悪、強者”、“中小企業=善、弱者”という構図に何の説明もしないどころか、それが政策的、道徳的に正しいとの前提が存在するかのごとく振る舞っています。
つまり、政治が全くの無思想になってしまったのです。ここで言う「思想」とは、右翼とか左翼とかの話ではありません。もっと根源的な、“私がこう考える根拠を納得してもらうための言葉”のことです。
しかしながら、その類の言葉は、コスパ、タイパ全盛の時代では、とにかくまどろっこしい。こうして、政策はグループ分けの記号程度の意味合いしか持たなくなってしまいます。
SNS選挙によって、この空洞がハイスピードで広がっている。“さくラップ”は、それを示しているのです。
◆政治は「おカネの話」だけに?
そして、ネットが加速させる空虚な合理性ゆえに、みんなカネの話にしか興味がなくなってしまう。これが2つ目の理由です。
「食料品は消費税ゼロでいこう」の他にも、「手取りを増やす」だとか「子供におやつをねだられても笑顔でいたい」とか、与野党を問わず訴えられていますが、煎じ詰めればみんなカネです。その意味では、すでに大政翼賛会的な全会一致の構図はできあがっているのです。
確かに、失われた30年に、昨今の物価高とくれば、経済こそが最重要課題なのでしょう。けれども、それだけが政治のなすべきことなのでしょうか? 政治家とは、その程度のちっぽけな存在でいいのでしょうか?
◆政治家の存在意義を問う時代に
フランスの政治哲学者、ドミニク・メーダは、労働や経済が社会の中心になってしまったために、政治と政治家が貧弱になったと指摘しています。
<こんにち政治家であることは、調整の術に長けている、あるいは経済問題専門のテクノクラシーの意見につねに耳を傾けることができる、ということなのである。>
(『労働社会の終焉:経済学に挑む政治哲学』訳 若森章孝 若森文子 p.239)
ネットのショート動画によってピンポイントに有権者の琴線に触れることが求められるようになってしまった今、政治が経済の調整役に格下げされる流れは避けがたいものになるでしょう。
問題は、そのことに当の政治家が気づいていないことです。それどころか、嬉々としておカネにまつわる言葉ばかり発している。自らの言葉が、自らの存在意義を否定していることにも気づかずに。
選挙が国家の命運を決めると言われますが、本当にそうなのでしょうか? もうとっくに決まっているのではないでしょうか?
“さくラップ”は、社会から政治が消え去ったことを鮮明に映し出しているのです。
<文/石黒隆之>
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4