年齢を重ねるほど、自分の気持ちを素直に受け入れることは難しくなっていくもの。漫画家・悠岡清人さんがカドコミ（KADOKAWA）で連載中の『夢岡アンダー ザ スキン』には、タトゥーを通して“自分らしさ”を取り戻していくひとりの男性が登場します。
定年を迎えた吉田さんは妻に先立たれ、静かなひとり暮らしを送っていました。ある時、かつてのバンド仲間に誘われ、久々にスタジオで楽器を手にします。演奏の楽しさがよみがえる一方で、どこか自分だけが取り残されているような疎外感を抱いてしまいます。
どこかスッキリしない想いを抱えたまま、吉田さんはスタジオ代の会計をしようと財布を取り出します。するとその時、店員の女性が吉田さんの腕に描かれた模様を見てひと言、「かっこいいタトゥーですね」と言います。それは吉田さんが昨晩、自宅でマジックペンを使ってこっそり描いたタトゥー風イラストだったのです。
吉田さんは恥ずかしくなって慌てて隠そうとしますが、タイミング悪くバンド仲間たちが集まってきてしまいます。「終わった…」と冷や汗をかく吉田さんでしたが、意外にも仲間たちはその絵を褒め、さらに店員さんから「タトゥーに興味あるならいいとこ紹介しますよ」と提案されるのでした。
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一番大切なのは「自分が嬉しいと感じること」
後日、タトゥーを入れるために吉田さんが出会ったのは、店員さんに紹介してもらったタトゥー職人の夢岡潤之助（ゆめおかじゅんのすけ）さんです。吉田さんは無口で少しとっつきにくい印象の夢岡さんに戸惑いつつも、まずは話をしてみることにします。
料金についてや、吉田さんのように若くない人でもタトゥーを入れる人はいるのかなど、タトゥーについての疑問を聞く吉田さん。その会話の中で、目立つ場所にタトゥーを入れている理由を吉田さんがたずねると、夢岡さんは「かっこよくて自分が嬉しいから」と、あっけらかんと答えます。
その率直さに衝撃を受けた吉田さんは、長年向き合ってこなかった自分の心に従ってみようと感じ、自らの体にタトゥーを入れる決意をします。ひとりで耐えるしかない痛みを支えてくれたのは、「自分が嬉しいから」というシンプルな想いでした。
夢岡さんとの出会いを通して、自分の気持ちに素直になることの大切さに気づいた吉田さんは、「かっこつけること」を自分に許せるようになったのです。
物語のラストで、妻の遺影に向かって「いくつになっても知らないことってあるんだね」と語りかける吉田さんの笑顔は、年齢にとらわれず、自分らしく生きようとする人の希望に満ちていました。
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X（旧Twitter）にポストされ、7,700もの「いいね」が寄せられた同作について、作者の悠岡清人さんに話を聞きました。
タトゥーと漫画 言葉にしなくても伝わる想いがある
ーこのテーマを選ばれたきっかけや理由をお聞かせいただけますでしょうか。
「職業にまつわる漫画を描いて」という編集の人からの要望と注文です。その上で、曲がりなりにも絵を描いている人間として、失敗のできない絵を人の肌に彫る技術の裏にはどんなに恐ろしいくらいの努力や苦悩があるのだろうと想像すると、タトゥーアーティストの方々のことが気になり始めました。
ー物語の中で、吉田さんはタトゥーや彫師との出会いを通じて、新しい価値観に触れ、少しずつ前向きになっていきます。悠岡さんご自身も、そうした“価値観が変わるような出会い”を経験されたことはありますか？
母国じゃない国の怪談話を読んだり聞いたりするのが好きでよく見るんですが（PodcastとかRedditで）、怖い話というものから、その背景にある各国の文化や宗教感が垣間見えて、それは新しい価値観をもたらすものと言えます。また、人間が恐怖する対象にあるものの根源（奇怪な姿かたちのもの、説明がつかない現象等）は国が違えど皆同じだということにも新鮮に気づかされます。
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ーこの作品を通して、読者に伝えたいことや込められたメッセージがありましたら、ぜひお聞かせください。
とても悩んだんですが、すみませんが何も出てこないです。特定の作品にかかわらず、漫画を描いた後に「これが言いたかった」というのを言葉にすることがあまりできないです。言葉が下手なので、何か言いたいことがあるときは漫画にした方が自分的には楽なのかもしれません。今それに気づきました。
（海川 まこと／漫画収集家）
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