高橋大輔の生きざまを『氷艶』に見た 月のように未踏の道を照らしつづける先駆者

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2025年07月07日 17:10  webスポルティーバ

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高橋大輔×増田貴久『氷艶』レポート 後編(全3回)

 7月5日、横浜。高橋大輔と「NEWS」増田貴久のダブル主演のアイスショー『氷艶 hyoen 2025-鏡紋の夜叉-』の公演は、大きなインパクトを与えている。

 堤幸彦監督の多彩な世界観、SUGIZO(LUNA SEA/X JAPAN)の壮大でアバンギャルドな音楽、そして脚本、振り付け、豪華絢爛な衣装など、各分野のトップで彩った作品と言える。

 俳優もスケーターも境界線なく躍動。増田のスケーティングは「あれだけ自然に滑れるのは才能と努力」とスケート関係者が太鼓判を押すほどだし、村元哉中のスケーティングだけで表現する神秘性は"演じる"を超えていた。

 もっとも、やはり『氷艶』シリーズで主役を務め続ける高橋大輔の存在は格別だったーー。

【先駆者・高橋大輔の放つ光】

 2018年に4年ぶりに現役復帰し、全日本選手権で2位に輝いた高橋の姿を、筆者は克明に描いている。

「先駆者の放つ光」。当時のルポには、そうタイトルをつけた。ショートプログラムからフリーにかけ、ちょうど満月だったのもあるか。氷上で舞う姿が、闇夜に浮かぶ月のように淡い光を放ち、道標のように映ったのだ。

 高橋は長光歌子コーチとの二人三脚で、未踏の道を切り拓いてきた。4回転ジャンプに挑戦しつづけ、磨き上げたステップは世界一と称賛され、2010年バンクーバー五輪ではメダルを獲り、世界選手権では優勝した。男子のアジア勢として、すべて史上初の偉業だった。国内ではマイナー競技のフィギュアスケート男子を人気スポーツに引き上げ、あとにつづく者たちの道をつくってきた。

 先駆者のまぶしさは太陽の強い光も感じたが、太陽の荒々しさは控え目な彼の性格とはずれる。満ち欠けを繰り返し、地球の自転に影響を与えながら、シンクロして回転する月の物語が彼に合っている気がした。

 実際、『氷艶 hyoen 2019 -月光かりの如く-』でも、高橋は月の化身のような光源氏を演じていた。一途で不器用なために困難にも遭うが、その真摯な光に人は胸を打たれる。

【純粋でいつづける特別な力】

 今回の『氷艶』でも、「月に祈るふたり」というシーンがある。満月の夜、高橋が扮(ふん)する温羅(うら)と増田演じる吉備津彦が、それぞれ戦って負った傷跡に手を当て、遠く離れた場所に立ち、同じ月を仰ぎ見る。

「また戦いたい」。その思いは、純粋な共感だったが......。

 温羅の姿は、高橋の現役時代と重なった。フィギュアスケーターとして、全身全霊で立ち向かう輝きは無垢そのもので、だからこそ、彼は掛け値なしに多くのファンに愛された。同じように劇中でも、温羅は側近や婚約者に最後まで心から慕われていたのである。

 トップを駆け抜ける存在は、誰しも"孤独の影"をまとっている。高橋もフィギュアスケート界で先頭を走り続け、現役時代は理解されない部分を抱えていただろう。突き進む姿には気高さが浮かぶが、同時に陰影もできる。それが月光に錯覚させたのか。

 あるいは、その虚構こそが彼のスター性と言えるかもしれない。インスピレーションを与える人物は魅力を放つし、それぞれの物語をつくり出す。そうして湧き上がった熱が、また彼に活力を授ける。月が太陽の光を受け、反射させ、輝くように、だ。

「ピュア」。周りの人間は高橋をそう評すが、まさに"純粋な器"だからこそ、何にでも成り代われる。それは簡単に聞こえるが、特別なことである。なぜなら、何かを身につけ、人と関われば、染まってしまう人がほとんどで、純粋ではいられないからだ。

【生きざまが生み出す新たな物語】

 シングルスケーターだった高橋は2度目の引退をしたあと、アイスダンスに転向している。当時は信じられない選択だった。「うまくいかない」という声も聞いた。しかし、彼はたった3年にして全日本選手権で優勝し、世界選手権で11位になった。最後は、体が動かなくなるまで競技者としてやり抜いた。

「ずっと側で見ていて、(高橋が)時には歩くのも大変で。(練習で)一応、氷の上に乗るんだけど、『ごめん、今日は滑れない』って......。本当に自分の膝を貸してあげたいくらいの気持ちでした」

 アイスダンスでカップルを組んだ村元の言葉だ。

 2008年10月、高橋はジャンプの転倒で右膝前十字靭帯断裂と半月板損傷を負っている。多くのアスリートにとって、膝の前十字のケガは致命傷になりかねない。復帰までのリハビリは死ぬほど苦しく、復帰後も再発の怖さがあり、その後の競技人生も痛みや不具合と向き合いつづける。たとえば、朝起きたら膝は満足に曲がらず、寒い日は痛みが出て、正座も難しい。

 高橋はシングル時代の後半から引退し復活してアイスダンスに転向するまで、そうして実直に戦い抜いている。先駆者の生きざまは、月光が時間をかけて届くように、違う物語もつくった。

 国内で「不毛の地」と揶揄されていたアイスダンスの世界に転向する選手を生み出した。今回の舞台でも犬飼健命役を務めた島田高志郎が、新シーズンから櫛田育良とカップルを組むことになっているのだ。

ーー生き方が不器用に映る? 

 現役時代のインタビューで、高橋に訊ねたことがあった。

「ズルするのは好きじゃない。要領よく生きるのが、自分は苦手」

 高橋はそう言って、照れたように笑っていた。それは競技者向きだけなく、役者向きの性格でもあるのだろう。作品ととことん真剣に向き合えるか。最後は、そのディテールで差が出るからだ。

 高橋が"温羅を生きる"ことができたのは必然だろう。次は、どんな役を生きるのか。彼が放つ光は、これからも行く先を照らす。

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