「7月初旬にアーセナルから重大発表がある」
この情報を耳にした時、大方の予想はついていた。
ひとつは、FWヴィクトル・ギェケレシュ(スポルティング)、DFクリスティアン・モスケラ(バレンシア)をはじめとする補強の進捗状況。もうひとつは、MFトーマス・パーティの性的暴行疑惑である。
今にして思うと、モスケラとの交渉が明らかになった時点で、気づくべきだった。
右からユリエン・ティンバー、ウィリアン・サリバ、ガブリエウ・マガリャンイス、マイルズ・ルイス=スケリーがレギュラーの4バックで、控えにはベン・ホワイト、ヤクブ・キヴィオル、リッカルド・カラフィオーリと実力者が居並ぶ。この陣容にセンターバック、右サイドバックをこなせるモスケラが加入すると、弾き飛ばされるのは冨安健洋だ。
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世界に誇る日本の名DFが、彼らに劣るわけではない。サリバが「全選手の鑑(かがみ)」と信頼し、アシスタントコーチのカルロス・クエスタ(次シーズンからパルマの監督に就任)とも「戦術理解度はパーフェクト」と絶賛していた男だ。
だが、プレミアリーグの強度、東京とロンドンを往復する日本代表のハードスケジュール、ミケル・アルテタ監督が要求する偽サイドバックの動きなどが、冨安の肉体を追い込んでいった。
ボローニャからアーセナルに移籍した2021-22シーズンは21試合・1679分に出場し、不動の右サイドバックとして異彩を放った。9月には月間MVPを受賞するなどすばらしいデビューだったが、12月にふくらはぎを痛めて、およそ4カ月の戦線離脱を余儀なくされる。
2022-23シーズンも21試合に出場したものの、プレータイムは653分に減少。翌シーズンは22試合・1143分と復調の兆しを見せたにもかかわらず、昨シーズンは1試合・6分しかピッチに立てなかった。アーセナル加入後、負傷で戦線を離脱した期間は690日にも及んでいる。
もはや戦力として計算できなくなった。「故障再発のリスクは20パーセント。リハビリ終了後、少なくとも1年間は負荷を最小限に抑えなければならない」と、医療チームが通告したとも噂されている。7月3日、アーセナルは「双方合意のうえでタケヒロ・トミヤスとの契約を解除した」と発表した。
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【イタリアでは変わらず高い評価】
愛するアーセナルの非情な決断によって、冨安はフリートランスファーになった。常日頃から「生涯グーナー(アーセナルサポーターの呼称)」と語っていた心情を踏まえると、プレミアリーグ内のライバルチームに移籍する可能性はゼロに等しい。
仮にリーグ内で新天地を求めるのなら、負傷再発のリスクを最小限に抑えるために、ヨーロッパのコンペティションに出場しないクラブが望ましい。
たとえば、マンチェスター・ユナイテッド(昨季15位/以下同)? いや、冨安はグーナーだ。長年のライバル関係を考えると、このクラブ間の移籍はほぼない。
ディーン・ハイセン(20歳)がレアル・マドリードに、ミロシュ・ケルケズ(21歳)がリバプールに移籍し、イリア・ザバルニー(22歳)もパリ・サンジェルマンに奪われる公算大のボーンマス(9位)は、ハイレベルのDFを欲している。また、ウェストハム(14位)やブレントフォード(10位)が触手を伸ばしても不思議ではない。いずれもDFは手薄だからだ。
ひざ、ふくらはぎ、大腿部などに抱える問題を重視するチームは、冨安獲得に二の足を踏むかもしれない。復帰予定が今年12月であること、フリートランスファーであることから、夏の市場では手を出さないことも考えられる。
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ただ、コンディションさえ整えば、この男は一線級のDFだ。健康面を十二分にチェックした結果、冨安の名にふさわしいクラブからオファーが届く可能性は捨てきれない。プレミアリーグで戦い続けるチャンスは、まだまだ残っている。
一方、イングランド以外の国はどうか。冨安はイタリア・セリエAで、今も高く評価されている。ボローニャで見せたハイパフォーマンスは、「TAKEHIRO TOMIYASU」の名を世界に知らしめるきっかけとなった。
ユベントスは今オフ、DF強化の一環としてナイフ・アゲルド(29歳/ウェストハム)に照準を絞っているという。しかし、DFとしての総合力は冨安のほうが明らかに優れている。
ナポリの内情に詳しい地元メディア『Spazio Napoli』は、フリーとなった冨安について「コンディションに不安があるとはいえ、右サイドを強化するうえで検討すべき選手のひとり」と報じた。アントニオ・コンテ監督も汎用性に富んだタイプを欲しているという。冨安は合致する。
【ブンデスリーガでおすすめは?】
将来的なことを考えると、Jリーグも視野に入ってくるのかもしれない。アーセナルとは契約解除に至ったため、ロンドンのクラブ施設は使えない。リハビリを順調に進めるためには、日本サッカー界との連携は絶対に必要だ。
ご両親、友人、知人、日本代表の森保一監督、名波浩コーチなど、冨安にアドバイスを惜しまない人たちは数多くいる。また、他愛のない日本語の会話でリラックスもできる。日本サッカー界は全力で冨安を支援するに違いない。
ただ、コンディション調整の一環として利用するならまだしも、Jリーグへの即復帰は検討の余地がかなりある。欧州屈指の強度を誇るプレミアリーグで戦ってきた冨安だけに、今のタイミングで日本に「定住」はしてほしくない。
このように、冨安の進路に関してはすべて推測でしかないが、ある程度のプレー強度を維持し、なおかつ医療レベルではプレミアリーグを上回る国といえば、ドイツ・ブンデスリーガという選択肢も考えられる。
特に気になるのは、フランクフルトだ。
2月の当コラム(『冨安健洋は完全復活なるか 長谷部誠は言った「人生の物事には、すべて意味がある」』)でも指摘したように、長谷部誠の力が必要だ。彼は幾度となく負傷を乗り越え、最終的にはフランクフルトに必要不可欠な存在になった。そして引退後もクラブに残り、昨シーズンからU-21のコーチに就任。インターナショナルウィークの間は日本代表のコーチも務めている。
もちろん、長谷部をひとり占めできるわけではないし、フランクフルトの補強ポイントからズレているかもしれない。だが、たび重なるアクシデントの対応を日本代表の元キャプテンは心得ているので、最強のアドバイザーになってくれるのではないだろうか。
【アーセナル愛の詰まったメッセージ】
「すばらしいクラブに別れを告げる時がやってきた。言いたいことは山ほどあるけれど、みんなのサポートに感謝する。(中略)Once a Gunner, always a Gunner.(一度グーナーになったら、生涯グーナー)」
冨安のラストメッセージには、悔しさがにじんでいた。毎日のようにネガティブな感情と戦っているのだろう。心が折れかかっていても不思議ではない。
しかし、まだ26歳だ。復活のシナリオはいつだって、何度だって書き直せる。もがいた分だけ、幸せになれる。素敵で新鮮な出会いが、もうすぐそこに──。