※画像はイメージです(画像生成にAIを利用しています) BARは、さまざまな人が集う場所だ。だからこそ、ときに厄介な客もやってくる。
筆者は現在、京都市内のBARでたまにバーテンダーをしている。繁華街からは少し離れているが、週末ともなれば地元民や観光客で賑わう人気店だ。
オーセンティックな雰囲気の店ゆえ、たいていの客は静かに酒を楽しみ、礼儀正しく帰っていく。だが、ある週末の深夜、あわや警察沙汰のトラブルが振りかかった。
◆終電後、突然現れた男女4人組
ある金曜の0時過ぎのこと。終電の時間を境に客が一気に引き、店内は無人に。店長は「あとはよろしく」と言い残して早上がりし、店に残されたのは筆者と大学生バイトの2人だけだった。
今日は早閉めしてしまおうか……そう考えていると、4人の男女がやってきた。40〜50代のスーツ姿の男性2人と、30代後半くらいの私服の女性2人。パッと見は“上司と部下”だ。
しかし、なにやら様子がごたついている。女性陣が「女2人で積もる話があるから、席は別がいい」と主張しているのだ。すると、男性のひとり(以下、A男)が「会計は一緒で! 席は別でいいよ」と私たちに声をかけてきた。
他に客もいなかったため、男性陣をカウンター席に、女性陣を少し離れたテーブル席に案内した。だが、ここからが迷惑な夜の始まりだった。
◆「いくつ?」「どこ住み?」尋問のようなナンパ
ドリンクを提供し、カウンターに座った男性たちに軽く声をかける。「飲み会帰りですか?」と聞くと、意外な答えが返ってきた。
一見、会社の同僚同士かと思われたが、じつは彼らが通りすがりの女性たちをナンパして連れてきたのだという。
声をかけたのはA男らしい。彼は少しだけ私たちと話したあと、テーブル席にいる女性たちのもとへと向かった。しかし……
「お姉さんたちいくつ?」
「名前なに?なんて呼べばいい?」
「どこに住んでるの?」
「会社はどこ?」
これではまるで職務質問だ。女性たちは上手にかわしつつも、それなりに愛想よく応じていた。ところが、彼女たちが何かを答えても、A男の反応は「ふーん」「へえ、そうなんだ」で終わり。
尋問のようなやり取りが続き、彼女たちもつまらなく感じたのだろう。A男を軽くあしらって、ふたりだけの会話に戻ってしまった。
◆気を引きたくてボトルを入れるも…
カウンターに戻ってきたA男は、バツの悪そうな顔をしながらグラスを空けた。そして唐突に、「ボトル下ろすよ! 何がある?」と聞いてきたのだ。
メニューを手渡すと、彼は再び女性たちの席へ向かっていく。
「お姉さんたち、何飲みたい? ボトル入れよ!」
「そんなに飲めないよ」と控えめに返す女性たちに対し、「いいからいいから! ワイン飲める?」と食い気味にごり押し。
結局、2万円ほどの赤ワインをオーダーしたA男は、グラスを持ったまま女性たちの隣に座り込んで、またもや一問一答を始めた。
事が起こったのは、閉店時間が迫った頃。ラストオーダーも終え、会計の準備を進めていたときだ。A男がカウンターに戻り、ぶっきらぼうに言い放った。
「会計、別々にしてくれる? アイツら、あかんわ。自分らだけで喋りやがって」
なんと、女性たちの分は払わないという。おまけに、袖にされた腹いせか、彼女たちの悪口をこぼし始める。女性たちは楽しげに会話を続けており、こちらのやり取りにはまったく気づいていない。
さて、どうしたものか……。タブレットレジを使っているとはいえ、会計を分けるのはそれなりに面倒だ。大学生バイトと目を合わせ、無言の会議。
とりあえず、4人分の合計伝票と、男性陣だけの伝票をそれぞれ用意して見せる。するとA男の口から飛び出したのは……
「高い! 俺たちそんなに飲んでないでしょ! ぼったくりか!?」
いやいや、あなたたち、ボトル開けてますから。それでも3万円もしないのだから、安いほうだ。
ごね始めた彼に内心イラっとしながらも、「お客様、お会計はいかがなさいますか?」と冷静に聞き返す。それが良くなかったのだろう。A男は突然、大声でキレ始めた。
◆「俺は客やぞ!」支払い拒否からの暴力行為へ
「お前なんやその態度! 払う言うてるやろ!」
A男は怒鳴りながら筆者の胸ぐらを掴み、「お前が責任者か!?」「俺は客やぞ!?」と声を荒らげた。いや、こっちはただ会計の確認をしただけなんですが……。
支払いを拒み、店員に手を出した時点で、もう客ではない。A男の手を振り払い、後ろで怯えている学生バイトに「警察呼んで」と声をかける。
そのときやっと、異変を察したB男が近づいてきた。
「どうしたの?」と尋ねる彼に事情を説明する横で、A男はまだ「ぼったくりやろが!」「サービス悪いわ!」とわめき続けている。
するとB男が、落ち着いた声でこう言った。
「とりあえず、僕たちの分だけ会計して。女の子たちの分は、僕が出すから」
こっちは話が通じる人でよかった……。ほっと胸をなでおろした、そのときだった。
◆「約束が違う!」修羅場に発展
騒ぎにまったく気づいていなかった女性たちが、笑顔のままこちらへ歩いてきたのだ。そして一言。
「あっ、ごちそうさまでした〜!」
それを聞いた瞬間、A男の顔がさらに歪み、怒りの矛先は彼女たちへ。
「自分たちで払って! 俺払わんから!」
すると女性陣も態度が豹変。「はぁ!? 奢ってくれるっていうから来たのに! 話が違くない!?」とキレ始めた。
お分かりいただけるだろうか。地獄絵図だ。
さらに間の悪いことに、このタイミングで新規のお客様がふらりとご入店。しかし、A男が「ここ、ぼったくりやで!」と怒鳴ったため、そのまま踵を返して出ていってしまった。
どのみちラストオーダーは終わっていたとはいえ、店にとってはとんだ風評被害。
結局、B男が「まぁまぁ。僕が払っとくから、先に帰って」と女性たちをなだめ、彼女たちは「最悪!」と吐き捨てて店を出ていった。
◆札束を投げ、暴言を吐き、なぜかまだ帰らない男
最終的にA男が札束をぶん投げてきて、支払いはなんとか完了。ようやく店を閉められる……そう思ったのが甘かった。
彼は帰らず、カウンター席に居座ったのだ。
「お前なんやねん、店長か?」「俺を誰やと思ってんねん、このブス!」
暴言を吐きながら、いつまでもグダグダと絡んでくる。「閉店のお時間です」と何度伝えても、まったく動く気配がない。
見ると、あろうことかB男までがカウンターに座り直していた。いや、連れて帰ってくれよ。まともな人かと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。
らちが明かない。作り笑顔を貼り付けたまま、壊れたロボットのように「閉店のお時間です」を繰り返す筆者。その様子に、さすがのA男も一瞬ひるむ。それでも動かない。
すると学生バイトがBGM用のタブレットを弄り、店内に「蛍の光」を流し始めた。あとから聞いたところ、「ああすれば帰ると思った」らしい。
穏やかな音楽が流れる中、無駄な応酬を繰り広げる。
「お帰りください」「客やぞ!」「暴力行為をなさった時点でお客様ではありません」「また来てほしいと思わへんのか!」
思うわけないだろ! ええから帰れ!
そしてついに、A男はひと声叫んで出ていった。
「二度とくるか!」
……ええ、もう出禁です。
◆ナンパする側もされる側もマナーは大事
どっと疲れた深夜の騒動。殴られなかっただけ不幸中の幸いだろう。大人として学生バイトを守らねばと身体を張ったものの、大の男から掴みかかられたのは、さすがに怖かった。
ちなみに、バイトの男子学生は背が高く、体格もがっしりしている。彼にはいっさい絡まず、A男は私だけをロックオンしていた。女だからと舐めていたのだろう。
それにしても、ナンパが下手すぎだ。慣れていなかったのだろうか。振られたからと言って自分たちの分しか払わないというのは、さすがに情けない。
とはいえ、女性たちも女性たちである。A男のトークが壊滅的だったにせよ、タダ酒を期待してついてきたのなら、せめて同じ席に座るくらいの礼儀はあってもいいのではないか。
BARは大人の社交場。ご利用の際は、大人の余裕とマナーを忘れずに。
<文/倉本菜生>
【倉本菜生】
福岡県出身。フリーライター。龍谷大学大学院修了。キャバ嬢・ホステスとして11年勤務。コスプレやポールダンスなど、サブカル・アングラ文化にも精通。X(旧Twitter):@0ElectricSheep0、Instagram:@0ElectricSheep0