
『Ice Brave』千秋楽レポート中編(全3回)
7月13日、新潟。アイスショー『Ice Brave』の千秋楽公演は、氷を溶かすような熱気に包まれていた。観客たちが、色の変わるペンライトを右手で大事そうに持ち、左手で拍手するように叩き、滑走するスケーターの姿を目で追ってうっとりとしている。熱い視線を送り、ペンライトの光で"演出者のひとり"になっていた。
リンクの一角では、悲鳴に近い嬌声(きょうせい)が上がった。宇野昌磨が『Great Spirit』の重低音に乗って、全身を艶かしく動かしていた。リンクサイドでストップし、指を差しながらファンと視線を合わせる。その興奮が伝播し、さらに熱が増すのだった。
「観客の皆さんと一緒になって、『Ice Brave』は完成する」。それが座長である宇野昌磨の信念で、みごとに体現していた。
赤、青、黄、紫、シルバーとさまざまな色のライトが光の形をつくり、スケーターが影をつくった。その空間を共有できる瞬間を、人々は心から楽しんでいた。ステレオから響く振動で、全員の鼓動がひとつになったーー。
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【切り離せない師弟の絆】
「もっとうまくなりたいっていうのはありますね。スケーターとしても、エンターテイナーとしても、スケーターとしても」
千秋楽が終わったあと、宇野はあらためてそう明かしている。その向上心が会場を一体にしていた。
「今回挑戦したアイスダンスはスケーターの真髄と言える競技ですね。自分がスケートが大好きで、スケートのよさを見せるべき、見せたいというのにつながると思います。一方で、今までスケーターが通ってこなかった道、『スケーターにこれはできないよね』というところにも挑戦したくて。
スケートとうまくマッチさせながら、自分たちにしかできないものをやろうと思いました。ショーを見にくる方のなかには、スケート(を見るの)が今回初めての方もいるはずで、知らない方でも面白い、すごいと思ってもらえるように。スケート、エンターテイメント両方のよさをどっちも詰め込んで、偏らせることなくできたらなって」
スペクタクルの象徴は、宇野の師匠であるステファン・ランビエールだったかもしれない。
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ランビエールはとくにソロの『Gravity』『Timelapse』で大人っぽい"しめやかさ"を感じさせている。長身で長い手足を優雅に動かし、スピンの安定感や速さも秀逸。『Gravity』のフィニッシュポーズは立ったままのけぞるのだが、そのシルエットだけで美しかった。『Timelapse』は時間旅行のように、異なる時空に数分迷い込む不思議さを演出していた。
その演技は、フィギュアスケートファンには陶酔感があったが、たとえ知らなくても心を動かした。ひとつのアートだった。
「初めて日本に来たのが1999年、長野のジュニアオリンピック。その26年後にまだ日本でこんなふうに滑っているのは想像していなかったし、感無量です。今では、(宇野)昌磨がリーダーに見えます!」
ランビエールは感慨深げに語っている。彼が宇野と出会ったことが、宇野の運命も切り拓いた。そして宇野自身も、師匠ランビエールの新たな道をつくった。ふたりの絆は切っても切り離せない。
【会場に伝播する優しい空気感】
2020年12月、宇野が全日本選手権優勝で華々しく復活を遂げたあと、ランビエールが臨時コーチになっていたが、当時語っていた言葉は忘れられない。
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「(復活に)秘訣はいっさいありませんよ」
ランビエールは、静かだが明瞭な口調で言った。
「昌磨は、(ショートプログラムとフリー)ふたつのプログラムを楽しんで演じていました。ジャンプだけでなく、他の技術点の部分などすべてそう。アグレッシブな姿勢で滑ってくれたことを、コーチとしてうれしく思います。彼はスケートを楽しめる。厳しい練習のなかでも、楽しさを感じられるのです」
さらにこう続けた。
「私はラッキーでした。昌磨の周りにいる人々が、コーチとして仕事をするための環境をつくってくれたのです。そのおかげで、短い時間で成果を出せました。昌磨が自信を取り戻す、そのためのトレーニングが十分にできるようになった。それが(優勝に至った)真実です」
ランビエールは語っていたが、宇野の周りには愛すべき関係性があるのだろう。それは、今回の『Ice Brave』にも通じる。出演者全員の距離感が近く、親密さが伝わった。たとえばMCタイムでは思わず感極まってしまい、言葉を継げない櫛田一樹を、ランビエールが優しく抱きしめていた。優しい空気感が生まれ、会場にも伝播するのだ。
「ステファンには何かを教えてもらうというよりも、いてもらって、見てもらえるだけでよくて」
かつて、宇野はそう言っていた。言葉以上の関係を紡げるのだろう。それが『Ice Brave』の正体とも言えるかもしれない。
「僕だけの力ではなくて、みんなのいいものにしようっていう気持ちのおかげです」
宇野は感慨深げに言っている。人に恵まれるのも、元世界王者の才覚のひとつである。
後編につづく(7月15日朝公開予定)