ブラジル代表GKアリソンはコンマ何秒の隙を見逃さない 元日本代表GK南雄太も現役時代に取り入れた高等テクニック

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2025年07月16日 07:10  webスポルティーバ

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【連載】
南雄太「元日本代表GKが見た一流GKのすごさ」
第6回:アリソン(ブラジル)

「大きくて、速くて、うまさもある。現代サッカーで求められるすべての要素を持っているGKで、自分から仕掛けていく『攻撃的なタイプ』ですね」

 現在、横浜FCフットボールアカデミーサッカースクールや流通経済大学付属柏高等学校で育成年代のGKコーチを務めながら、解説者としても活躍する南雄太氏がそう称賛するのが、ブラジル代表の守護神アリソンこと、本名アリソン・ラムセス・ベッカーだ。

   ※   ※   ※   ※   ※

 2018年から所属するリバプールでもその存在感は圧倒的で、今シーズンはプレミアリーグ優勝に大きく貢献するなど、現在も世界指折りのGKとして知られる。

 とりわけ今シーズンで印象的だったのは、自身が「おそらく人生最高の試合だった」と振り返ったチャンピオンズリーグのパリ・サンジェルマン戦(ラウンド16)における、超人的なパフォーマンスだろう。

 第2戦でチームは逆転を許したが、第1戦では28本ものシュートを浴びながら、敵地でビッグセーブを連発。先勝の立役者としてマン・オブ・ザ・マッチに輝いたことは記憶に新しい。

 はたして、アリソンのすごみはどんなプレーに隠されているのか。最初に南氏が解説してくれたのは、その独特なシュートブロックだった。

「GKのシュートブロックの型は人それぞれで、種類もいくつかあります。呼び方もいろいろあると思いますが、たとえば至近距離からのシュートを止める時に腰を落として、股下のスペースを消すために片足のひざを内側に折り曲げる『L字ブロック』。あるいは、両足を広げてシュートスペースを消す『X(エックス)ブロック』または『フットブロック』などが代表的な型です。

 ただ、L字だと面の幅が狭くなってしまい、Xだと股下が空いてしまうというデメリットがあるのですが、アリソンは体を広げながら横に倒していき、シューターに寄せていくという独特のブロックをよく使います。僕の知るかぎり、この形のブロックをするのはアリソンだけではないでしょうか」

【かなりマニアックなテクニック】

 アリソン独自のブロックは、どんなメリットがあるのか。

「言葉で表現をするのが難しいのですが、この方法だと体を寝かせているので、股下のスペースも下側の足で消せますし、両手と体で大きな面も作れるうえ、場合によっては上側の足でボールに反応することもできます。何より、相手がシュートする瞬間でも自分から間合いを詰めることができる、というメリットがあります。

 もちろん、自分から仕掛けるということはそこにリスクも伴うので、よし悪しはあります。ただ、アリソンは一般的に受動的とされるGKの常識にとらわれず、能動的かつアグレッシブなGKなので、ある意味、自分のスタイルに適したブロックの型だと思います」

 たしかにアリソンのプレーを見てみると、1対1になった際、自らの体を寄せにいって相手にプレッシャーをかけるシーンが多い。ひと言で言うなら、攻撃的なGK。珍しいタイプだ。

「アリソンの特徴は、ほかにもあります。ひとつは、1対1のシーンで相手に寄せる時のコース取りです。

 一般的に、シューターと向き合った際、GKは正面から直線的に間合いを詰めるものです。しかしアリソンは、わざとシュートコースを空けるような動きをして相手を誘い込み、曲線的な詰め方をするケースがあります。

 たとえば、わざとニアを空けて、相手がシュートする瞬間にニア側に飛んできたシュートをブロックする。言うなれば『GKのフェイント』です。かなりマニアックな部分ではありますが、その誘い方が絶妙なのです。

 もうひとつは、相手がシュートする時、バックスイングに入ったタイミングで間合いを詰めるというプレーもよく見せます。シューターはシュートを打つ前にゴールを見て、キックする場所を決めて、そのボールを見ながらバックスイングをしますが、アリソンはそのわずかな時間を逃さずに寄せるテクニックも持ち合わせています。

 言葉にすると簡単に聞こえるかもしれませんが、バックスイングはコンマ何秒の世界なので、そのタイミングで足を前に踏み出すことは誰でもできることではありません。とはいえ、実に理に叶ったテクニックだと思ったので、それを見た時は僕も現役時代、そのテクニックを取り入れてうまくいったことが何度もありました。

 もちろん、これまでお話したテクニックが成立するのは、アリソンが最後の最後まで相手やボールから目を離さないからです。至近距離でのシュートブロックに長けているのも、最後までボールを見ているからこそ。GKも人間なので、近い距離からのシュートに対しては恐怖心が必ず生まれるものです。ですが、アリソンは絶対に顔を背けるようなことはありません。

 これは一流のGKに共通することではありますが、そういったベースの部分も高いレベルで遂行できるという点が、一流である理由ではないでしょうか」

【新しいドイツ人GKコーチの存在】

 最後に南氏が解説してくれたのは、最近のアリソンのプレーに変化が見え始めている、ということだった。いったい、どんな変化なのだろうか。

「アリソンは自分から仕掛けていくタイプ、という話をしましたが、最近のプレーを見ていると、必ずしも仕掛けるだけではなくなっています。以前なら自分から前に突っ込んでいたシーンでも、止まったままブロックするシーンをよく見るようになりました。

 先ほども『能動的なプレーにはよし悪しがある』と言いましたが、たしかにアリソンはアグレッシブなプレーでビッグセーブを見せることがある一方、意外とあっさりゴールを許してしまうケースもありました。当然ですが、自分から仕掛けるということは、そこにはイチかバチかといったリスクを伴うわけです。

 そのアリソンが能動的なプレーを我慢して対応するようになったので、なぜなのかと思っていろいろと調べてみました。すると、昨年の夏からリバプールにファビアン・オッテという新しいドイツ人GKコーチが就任していたんです。

 彼の経歴については省略させていただきますが、このGKコーチは異色の人物として知られていて、独特の哲学とメソッドを持った若いGKコーチです。個人的にも注目している人物なのですが、おそらく彼の指導によってアリソンのプレーに変化が生まれ、さらに進化したように思います。

 わかりやすく言えば、能動的に行く時と、あえて行かない時の判断が向上したことで、ますます相手にとっては厄介なGKになったという印象です」

 アリソンが現在32歳であることを考えると、今後もGKとしてさらなる進化を遂げる可能性は高いと見ていいだろう。来シーズンのアリソンも要必見だ。

(第7回につづく)


【profile】
南雄太(みなみ・ゆうた)
1979年9月30日生まれ、東京都杉並区出身。静岡学園時代に高校選手権で優勝し、1998年に柏レイソルへ加入。柏の守護神として長年ゴールを守り続け、2010年以降はロアッソ熊本→横浜FC→大宮アルディージャと渡り歩いて2023年に現役を引退。1997年と1999年のワールドユースに出場し、2001年にはA代表にも選出。現在は解説業のかたわら、横浜FCのサッカースクールや流通経済大柏高、FCグラシオン東葛でGKコーチを務めている。ポジション=GK。身長185cm。

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