【陸上】目指すのは世界か箱根駅伝か医学部か 超高校級ランナー・吉田星がインターハイ後に描く未来

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2025年07月16日 07:30  webスポルティーバ

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【ホクレン千歳の5000mで高2歴代2位】

 7月12日、ホクレンディスタンスチャレンジ第3戦・千歳大会(北海道千歳市)の男子5000mA組、留学生も含めた学生歴代7位の記録(13分16秒56)を出して1着となった山口智規(早稲田大4年)の走りは見事だった。そして、同様に目を引いたのが、まだ高校2年生の吉田星(東海大札幌高)のダイナミックな走りだった。

 吉田はスタートから積極的に前に出て、先頭集団についた。中盤以降、実業団の外国人や山口に離されるも、今年の箱根駅伝を制した青山学院大の主力候補、折田壮太(2年)に食らいつき、一時は前に出るなど粘りを見せ、高2歴代2位となる13分35秒14の自己ベストをマークした。先日行なわれた日本選手権の出場申込記録(13分38秒00)もクリアする好タイムだ。

 吉田はゴールすると、そのまま仰向けに倒れて、しばらく動けなかった。

「全力を出しすぎて酸欠になってしまいました」

 レース後、苦笑いしながら振り返ったが、その後は少し複雑な表情を見せた。

「この大会に合わせて練習が満足にできたかと言えば、できていない状態でしたので、監督からは『13分台であればいい。合わせるのはあくまで(7月25日開幕の)インターハイ(全国高校総体)』と言われていました。そういうなかで上振れして13分35秒を出せたのはよかったんですけど、内容が......」

 実業団や大学の強い選手がいるなか、スタートからラストまで堂々とした走りを見せての自己ベスト更新。これ以上ない、すばらしいレースをしたように思えるが、吉田自身はあまり納得がいっていないようだ。

「外国人選手のタイムが速いのは理解していましたし、山口さん、折田さんがいるのでレベルの高いレースになると思っていました。そのなかで折田さんには勝ちたいと思い、挑んだんですけど、ラストで負けてしまい、不甲斐なかったです。ラストスパートは、昨年のインターハイの1500m予選の時も伸びなかったのですが、今回もその課題が解消されませんでした。タイムのわりに内容的には今ひとつかなって感じで、あまり喜べないですね」

 タイムは、陸上選手の力を測る上でのひとつの指標になる。それでも、タイムが出て満足するのではなく、内容を重視、追求するところに吉田のアスリートとしての意識の高さ、レベルの高さが垣間見える。まだ高2だが、「世界を目指す」という吉田にとっては、当たり前の作業なのだろう。

 実際、強い選手のよいところを吸収しようという意欲は強い。レース後、折田に自分から声をかけて挨拶し、レースについての話をした。また、待機所では山口に話しかけ、「(先週開催の)日本選手権も見ていました(※山口は1500mに出場して2位)。来年、山口さんと勝負できるようになりたいです」と伝えたという。

 対する山口は「今日はさすがに高校生には負けられないと思いましたが、タレていたら負けていましたよ」と苦笑しながらも、13分35秒台を出した17歳を高く評価していた。

【祖父は医師。自分も外科医になりたい】

 この日の吉田のタイムは、高2歴代2位。昨年4月の日体大長距離競技会で学法石川高の増子陽太が出した13分34秒60に次ぐものだ。吉田はその増子を目標としており、タイム的には追いついてきているように見えるが、本人は首を振って否定した。

「増子さんはタイム以上の強さを持っていますから。自分は、中学の時、全中(全国中学校体育大会)の(3000m)決勝を見させてもらい、すごく格好いいなと、増子さんのようになりたいと思ったんです。でも、今は『あこがれたら超えられない』という大谷翔平さんの言葉が自分のなかに響いているので、負けたくないですし、超えていかないといけない存在です。もっと言えば、自分はさらに上を目指していかないといけないと思っています」

 その増子を超えるべく、吉田は上野幌中3年時に愛媛全中の3000mで優勝、さらに高1時の国体(国民スポーツ大会)少年B3000mでは高1歴代3位の8分07秒12で優勝。今回のレースを含め、トラックでは圧倒的な強さを見せている。

 ロードでは、昨年の都大路(全国高校駅伝)は1区26位、都道府県駅伝(全国都道府県対抗男子駅伝)は1区21位と振るわなかったが、「都大路は足の故障で練習が2週間できず、都道府県は脱水症状で、ロードにはいい印象がないですが、それを変えるためにトラックでがんばって、ロードにつなげていきたい」という。

 高校トップクラスの逸材だけに箱根駅伝に出る強豪大学からも当然マークされているだろうが、吉田自身は箱根駅伝について、どう考えているのだろうか。

「自分は、陸上をやるなら世界で戦いたいと思っていて、箱根駅伝はそのためのプロセス。だから箱根駅伝で大学は決めたくないと思っています。ただ、母親が箱根駅伝を好きなので、もし箱根に出られる大学に行った場合は、両親に恩返しする気持ちで走りたいなと思っていますが、実は他にもやりたいことがあって......」

 有力大学から引く手あまたであろう吉田が他の選手と違うのは、これだけの素質がありながら陸上に固執していないところだろう。吉田には別の世界も見えているようだ。他にやりたいこととは何だろう。

「外科医になりたいんです。祖父が医師だったこともあり、小さい頃から医師か消防士になりたいと思っていました。救急車で運ばれてくる人は箱根駅伝を見ても救われないですが、医師であれば直接的に命を救えるじゃないですか。自分は人の命を救う、命にかかわる仕事をしたいんです。高校に入ってからも陸上を続けるかどうか悩んだ時期がありましたし、正直、今も現在進行形で悩んでいて、夏のインターハイの結果で決めようかなと思っています」

【自分はこれ以上できないと思ったら医師に挑戦します】

 7月25日から始まる広島でのインターハイは1500mと5000mの二種目に出場予定だが、そこで勝ったら陸上を続けるということになるのだろうか。

「勝てたら続けるということではないです。レースの内容ですね。自分は、数字よりも内容とプロセスをすごく大事にしてきました。何事もしっかりとプロセスを踏んで、内容を見ていかないと自分の感覚がズレた時に、戻すのが難しいと思うんです。

 中学から陸上を始めて、強くなりたいと思ったのが中2の時です。それ以降、プロセスも内容も100%ではないですけど、今のところはいい感じで来ているので、それをインターハイで見極めたいんです。結果が振るわない、自分はこれ以上できないと思ったら医師に挑戦します。周囲からは贅沢な悩みをしているなあって言われますが、自分はひとつのことを極めていきたいんです」

 内容重視とはいえ、インターハイのような勝負レースは勝ってなんぼのところがある。だが、勝つのも決して容易ではない。周囲は吉田をマークし、倒しにくるだろう。今回、タイムを出したことで周囲からはもちろん、「負けられない」と自分自身にかかるプレッシャーも一段と強くなるのは間違いない。

「ここでタイムを出してもインターハイで負けたら意味がないですから。1500mは絶対に勝ちたいです」

 いろいろなプレッシャーをはねのけて勝った先は、本物の強さを証明することになる。それで人は救えないが、多くの人に感動や希望を与えることはできる。それは、吉田にしかできないことで、唯一無二だ。

 もちろん、医師の道を歩むのも陸上とは違う意味で大変であるし、その志は医師に必要なものであると言える。個人的にはインターハイ後に急いで決めなくてもいいのではと思うが、どちらに進んでも吉田なら"星"のような存在になれるだろう。

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