<寺尾で候>
日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
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日本人で初めて米大オールスター戦に出場したのは近鉄からドジャースに移籍した野茂英雄だった。スポーツメディアの海外出張が限られた時代で、まさか超一流が一堂に会する舞台を取材する機会が訪れるなど想像だにしなかった。
1995年(平7)1月、日本は年明けから初めての都市直下型だった阪神淡路大震災に見舞われる。3月は都内でオウム真理教による無差別テロの地下鉄サリン事件が勃発。長引く不況も続き、暗くて、荒れ果てた世相に包まれた。
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そこに現れたのが、海を渡って、アメリカでセンセーショナルな活躍を見せた“トルネード”だった。今となっては「時代のヒーロー」として美談で語られるが、野茂が日本を飛び出した当時、そんな祝福ムードはさらさらなかった。
近鉄から野球協約の“抜け穴”をかいくぐった米大移籍は、周囲から「裏切り者」「恩知らず」「国賊」などと痛烈な批判を浴びる。「大リーグで通用するわけがない」といった論調も渦巻いた。
今思い返しても、常軌を逸した事態だが、それでも彼はだれも歩んだことのない“大海原”に身をささげるのだった。そしてメディアに対する強い不信感をバネにするかのように、ひたすら投げまくって、そして勝ちまくった。
大リーグも長期ストライキで危機的状況が続いていた。94年8月から史上最長257日間にも及ぶ労使紛争が生じ、観客動員、放映権収入が激減し、主力選手の年俸は抑えられた。NOMOフィーバーに拍車がかかったのは、米球界の人気が衰退気味だったリバウンドでもあった。
日本のメディアも手のひら返しで、彼への酷評はサクセスストーリーにすり替わった絶賛の嵐で、英雄扱いを受けるようになった。態度をたちまち一変させた現象が、さらに本人の心を閉ざしたのは言うまでもなかった。
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ただ1年目の“新人”が球宴出場どころか、ナ・リーグの先発に指名されたのだからショッキングだった。3年連続サイ・ヤング賞投手グレッグ・マダックス(ブレーブス)が右内転筋痛で登板回避。それも野茂の強運だったのかもしれない。
拙者が大リーグのオールスターに前夜祭がつきものなのを知ったのも、その時だ。テキサス最大の遊園地「シックス・フラッグス・オーバー・テキサス」を貸し切り。暑くてもフォーマルな装いを意識してネクタイ着用で参加したら笑われた。
95年7月10日(日本時間11日)、テキサス州アーリントンの「ザ・ボールパーク・アーリントン」が舞台だった。ルーキーの先発は、メジャー伝説の左腕、81年フェルナンド・バレンズエラ(当時ドジャース)以来、14年ぶりの快挙で喝采を浴びた。
今も野茂が口にした一言は鮮明に覚えている。「ぼくが一番楽しみたい」。緊張している様子は感じられなかった。ただあの野茂が、まるで宝物を手に入れた子供のように笑っているではないか。その表情にほっとしたと同時に、心を打たれたものだ。
先発した野茂は、ア・リーグの2年連続MVP男フランク・トーマス(ホワイトソックス)をストレート一本で捕邪飛に打ちとるなど、堂々と計25球を投げ込んだ。2回を1安打3奪三振。日本人が米大オールスターに登板するなど夢のようなシーンだった。
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日本では全国で感動のウエーブが起きた。衛星放送を流したNHKが全国13都市、31会場に設置した大型画面には23万2000人の人だかり。ラジオの独自調査でも聴取率が77・4%まではね上がった。
米紙ワシントン・ポストは「勤勉なこの国の職場にテレビがほとんどないから、日本人最初のオールスター選手をテレビで観戦する例外が認められることがない」と異国の盛り上がりを皮肉的に同情するほどだった。
そして実は、現場取材で思い出深いのは、華やかなマウンドだけではない。前年本塁打王だったマット・ウィリアムス(ジャイアンツ)が左足故障で試合に出場できないのに、球場入りしてウエート室にこもっている光景に触れたときのことだ。
球宴に選出された誇りと敬意を示すために球場入りし、舞台裏でトレーニングする大リーガーの姿に、共同会見を終えてロッカールームに戻った野茂は「あれぐらいレベルの高い選手がここにきてもトレーニングするんですね」と改めてメジャーで生き抜く厳しさを実感するのだった。
米大タイガースで2年連続本塁打王のセシル・フィルダー(元阪神)は「最初は余裕がなかっただろうが、人に惑わされない強い意志をもっている。すべてを自分で判断する精神的なタフネスさで自ら道を開いてきた。メジャーで成功するにはそれが必要なんだ」とたたえた。
全国紙USAトゥデー紙も、伝説の名投手ノーラン・ライアンを引き合いに「ファイア・ボーラー(火の玉投手)」と称賛するほどだった。真夏の夜の夢。あのトルネード旋風の“衝撃”から30年の歳月が流れた。今年はいかなるドラマが生まれるのだろうか。(敬称略)【寺尾博和】
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