画像:群馬県エンターテインメント・コンテンツ課 プレスリリースより(PRTIMES)群馬県のマスコットキャラクター「ぐんまちゃん」が炎上しました。
◆炎上の発端:「この県(くに)を愛して何が悪い!!」
問題となったのは7月13日の「X」公式アカウントでの投稿。オレンジのブルゾンを着たスタッフといっしょに拳を突き上げた写真に、「この県(くに)を愛して何が悪い!!」との文言が添えられたことから、参政党を応援するためにキャラクターを政治利用しているのではないかと批判の声が殺到したのです。
すると、この投稿の5時間後に当該ポストは削除。翌14日には「選挙期間中であるにもかかわらず、一部の方に特定の政党を支持しているかのような誤解を招く表現となってしまいました。配慮が足りず、誠に申し訳ございません」と謝罪し、一応事態は収束しました。
しかしながら、これで完全に疑いが晴れたかと言われると、どこかスッキリしません。問題点をいくつか考えてみたいと思います。
◆ゆるキャラの仮面が剥がれた瞬間
まず、唐突な語感の変化です。
ぐんまちゃんの公式Xは、ほとんどがゆるキャラらしくかわいらしい内容の投稿で占められています。たとえば、嬬恋高原ゴルフ場を訪れた写真には「いっぱい打つぞ〜」とか、花開く前のあじさいを見つめながら「まだ眠ってるあじさいたち もうすぐキレイに咲くんだって」という詩的な表現などに、ぐんまちゃんのイメージが表れています。
フワッとした言葉づかいで親しみやすさを演出する、王道のゆるキャラぶりだと言えるでしょう。
ところが、問題となった投稿の言葉づかいは、これとは真逆の表現でした。「この県(くに)を愛して何が悪い!!」という言葉には、郷土愛や愛国心を持つことが悪いとされていることへの被害者意識が見え隠れしています。開き直り、逆ギレという印象を与えます。
この屈折した感情の爆発は、「いっぱい打つぞ〜」とか「まだ眠ってるあじさいたち」といった素朴で純粋な表現方法とは明らかに異なっています。つまり、郷土愛や愛国心を表明したことよりも、ぐんまちゃんのコンセプトそのものを揺るがす投稿だったことこそが問題なのですね。
◆愛か対抗か? “何が悪い”に込められた本音
そもそも、同じメッセージを訴えるのでも、たとえば「この県(くに)が大好きだ!!」といったストレートな表現ではダメだったのでしょうか? もしそうならば、受け止め方はだいぶ違ったはずです。
そう考えると、「何が悪い!!」という、ある種の反骨心をどうしても盛り込まなければならなかった事情が見え隠れしてきます。つまり、郷土愛や愛国心よりも現状の風潮に一石を投じることが、この投稿の一番の目的だったことが浮かび上がってきます。
そこにぐんまちゃんの苦渋が滲(にじ)んで見えるのです。
◆“オマージュ”が言い訳に聞こえるとき
だから、群馬県知事戦略部エンターテインメント・コンテンツ課の担当者による「アニメ『ONE PIECE』の場面へのオマージュだった」という説明も説得力を欠く結果となったのでしょう。
なぜなら、百歩譲って写真の構図自体は『ONE PIECE』にインスパイアされていたとしても、その意図以上に「この県(くに)を愛して何が悪い!!」のインパクトが強すぎたからです。
もし本当にオマージュを意識していたのなら、せめて原作に出てくる「この国を愛しているから」というストレートな表現を踏襲すべきだったでしょう。あえて「何が悪い」といった反発的な語調に変えた理由を、きちんと説明する必要があります。
「エンターテインメント・コンテンツ課」を名乗るのであれば、原作のコンテクストや語感にもっと細やかな配慮をしたうえで、「オマージュ」と主張すべきだったのではないでしょうか。
つまり、今回の騒動はこういう構図です。なんだか知らないけど、ゆるキャラのぐんまちゃんが急に保守的な主張をしだした。しかも、誰も何もケチをつけていないのに、「何が悪い!!」と世間に怒りをぶちまけるような言い方をしてしまった。
今回の騒動は、このふたつの唐突感が生み出した不幸だったのです。ともあれ、この炎上で初めて「ぐんまちゃん」の存在を知った人も多いのではないでしょうか。筆者もそのひとりです。
<文/石黒隆之>
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4