■『今こそ女子プロレス!』vol.27
原宿ぽむ 前編
(連載26:マーベラスの「陰」の存在になっていた宝山愛が、「令和のクラッシュ・ギャルズ」暁千華を相手に見せた異常な試合>>)
数年前、初めて東京女子プロレスを観戦した時、強い選手も可愛い選手もいるなかで、とりわけ印象に残ったのは原宿ぽむだった。原宿系の"KAWAII"コスチューム、ヘンテコな動き、自由奔放な試合運び......。そして、あっけなく敗れてしまう。「これは果たしてアリなのか!?」と釘づけになった。
プロレスは長く観戦を続けると、いろいろな発見がある。コミカルな試合をする彼女が終盤に見せるシリアスな表情。脳天から叩きつけられる高角度ジャーマンを見事に受けきる胆力。勝つことを端から諦めていたような彼女が、だんだんと露にするようになった勝利への意志......。それらを知ってしまうと、もう原宿ぽむワールドから抜け出せない。
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年齢不詳、"永遠の3歳児"。「原宿ぽむのインタビューを成立させたら、一人前のインタビュアー」と言われるほど、難解な相手である。しかし、挑む価値は十分にある。
取材場所に現れた彼女は、颯爽とアイスコーヒーを注文した。ガムシロップとミルクには手をつけない。「ブラックなんて、ちょっとイメージと違いますね」と挑発すると、彼女は「フフフ」と不敵な笑みを浮かべる。その目は「簡単に心は開きませんよ」と言っているようで、ゾクゾクする。
難攻不落の彼女との勝負が始まった。
【人と同じことはしたくない"逆張り"タイプ】
ぽむは"原宿生まれ、原宿育ち"。年齢はデビューから6年が経っても、"3歳"のままだ。
写真家の父に物心つく前からカメラを持たされ、おもちゃ代わりにして育った。3歳下の妹は、現在、新聞記者として活躍している。
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母は声優。その影響で、ぽむも小学生の時に歌の仕事をしていた。
「ママは本当にヘンな人! ぬいぐるみを使って話しかけてくるし、ママとパパもぬいぐるみで会話しています。あ、パパはふたりいて、今はふたり目のパパです」
奇想天外な話に、思考が追いつかない......。両親は離婚し、ぽむは母に引き取られ、今の父と母はぬいぐるみで会話している、ということか。
「ぽむはヘンテコって言われるけど、うちでは一番マトモ。それがめっちゃコンプレックスです」
幼い頃から、物作りが大好き。お人形よりもレゴブロックが好きだった。「女の子なんだから可愛いものが好きでしょ」と言われるのが嫌でたまらない。お姫様になんかなりたくない。将来は大工さんになって、家を作りたい。写真を撮りたい。人と同じことをするのが好きではなく、いわく、"逆張り"したいタイプだったという。
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根っからのエンタメ好きで、小学生の時はガンダム、中学ではK-POPにハマった。高校に上がるとコスプレを始め、自分で衣装を作ってコミケに出かけた。友だちと衣装を揃えて撮影する――いわゆる"あわせ"が好きだった。
中学は吹奏楽部、高校は放送部。人前に出てしゃべるのは苦手で、編集や機材を扱う裏方に回った。勉強も得意だったが、途中で飽きてしまった。ハマるとものすごく頑張れるものの、飽きると途端にできなくなってしまう。どの時代にも共通するのは、「人と同じことはしたくない」「表舞台よりも裏側に惹かれる」性質だった。
受験勉強は熱心に取り組み、大学は工学部機械工学科に進学。ガンダムに登場する宇宙空母「ホワイトベース」の点検や掃除がしたくて、ロボットや熱力学を学んだ、とのことだ。「"3歳児"なのに大学に行ってるんですね」と突っ込むと、ぽむは真顔で「飛び級なんです」と返してきた。
【"暴力NG"家庭で育ったが、プロレスを観て「アニメみたい!」】
大学生の時、"ふたり目"の父がタイに赴任。両親と妹はタイに移り住み、ぽむはひとりで日本に残った。長期休暇にはタイを訪れ、家族と過ごした。
「髪を黒く染めたくない」という理由で、就職活動はしなかった。大学卒業後は今までやったことのないことをやりたくて、遊園地などで働いた。
2017年2月、タイに遊びに行き、バンコクで開催された『ジャパンエキスポ』に家族と行く。ピコ太郎を目当てに行った会場で、隣のテントから「なんだか妙にうるさい声」が聞こえた。近づいてみると、そこではみちのくプロレスが興行中だった。
「子供の頃からパパとママに暴力的なものは禁止されていたので、プロレスとか格闘技は『見ちゃダメ』って言われてたんです。でも、こっそりテントのなかを覗いたら......最初はすごく怖かったけど、空を飛んだり、オーバーリアクションしたり、『アニメみたい!』って思って」
帰国後、プロレスファンの友だちと一緒にDDTを観戦すると、すぐに夢中になった。"推し"はアントーニオ本多。物販でサインをしてもらうなど、選手との距離の近さもうれしかった。
6月頃、DDTプロレス教室に通い始める。後に東京女子プロレスで同期となる猫はるなと仲良くなり、東京女子も観戦に行くように。「東京女子でデビューしたい」と意気込む猫に対し、ぽむは「へえ〜、頑張れ〜」と気のない返事をしたという。プロレス教室に通いながらも、「プロレスラーになる」という意志はまるでなかった。
2018年3月、プロレス教室が終了することになる。その際、ひとりひとり「東京女子に入りませんか?」と声をかけられるなか、ぽむは当然のように「断ろう」と思っていた。しかし、ぽむだけに声がかからない。「なんで、声かけないんですか?」と聞くと、「絶対やらないじゃん」との答え。そこでぽむは、「え、やるし!」――気づけば口が勝手に動いていた。
それが、ぽむのプロレス人生の始まりだった。
【弱くても勝つために。「不意をつこう」「チョケてみよう」】
4月1日から東京女子の練習生となる。運動経験については「水泳を10年やっていました」と答えたが、父と一緒になんとなくプールに通っていただけ。授業でバレーボールをやった時、あまりにも下手で「ふざけている」と誤解され、親を呼び出されたほど。運動は筋金入りで苦手だという。
見よう見まねでプロレス技を習得し、2018年11月24日、成増アクトホール大会にて、坂崎ユカ戦でデビュー。デビューする瞬間まで「絶対にデビューはムリだ」と思っていたため、デビューできただけですっかり舞い上がった。しかし坂崎を相手に何もできず、「弱すぎてクビになる......」と不安になった。
最初は真剣に試合をして、勝ちたいと思っていた。しかし、力が強いわけでも、速く動けるわけでも、打たれ強いわけでもない。「正攻法では勝てない」と悟った時、「ならば不意をつこう」「ちょけてみよう」と思い至った。コミカルなスタイルの始まりである。
「例えば、荒井(優希)ちゃん(元SKE48)には、やっぱり歌ってほしいじゃないですか。ぽむは団扇を持って客席で"オタク"になりきって、その隙に丸め込む――みたいな作戦を考えるようになりました」
こちらが「頭脳派ですね」と言うと、「ぽむ、賢い? 賢いかもしれない」とムフムフ笑う。
試合の参考にしているのは、『スポンジ・ボブ』『フィニアスとファーブ』『おかしなガムボール』など、海外の子供向けアニメだという。
「『スポンジ・ボブ』にも敵が出てきますよね。直接闘うわけじゃないけど、盗まれた秘密のレシピを取り返すための行動とか、いちいちヘンテコで面白い。『これ、プロレスに応用できるかも』と思って、"予測不能さ"を参考にしています。予想できない動きこそ、不意打ちになると思って」
【絶対に勝てない敵が、強力な味方に】
2022年8月12日、マックス・ジ・インペイラーが初来日する。178cm、95kgの巨体と、世紀末を思わせる出で立ちが特徴のミュータント・レスラーだ。
翌日13日、東京女子プロレス後楽園ホール大会に参戦が決定。シングルマッチの対戦相手はまさかの「原宿ぽむ」と発表され、ファンはどよめいた。
「怖い! デカい! 強い! ミサイル式のドロップキックを放っても、まるで羽虫を払いのけるように受け流されてしまう。プロレスラーとして試合をしてきて、『今のは効いたぞ!』みたいな瞬間ってありますよね。 でも、マックスに対してはマジで一回もなくて。『絶対に敵わない相手っているんだな』とめっちゃ思った。不意打ちをしても効かない。それが過ぎたら、逆に自由になりました」
その後、インペイラーとの試合が何度も組まれ、次第にインペイラーは、ぽむを"拉致"してパートナーにするなど、心を寄せるようになる。「絶対に勝てないのに、なんで闘わされるんだろう?」と疑問に思っていたぽむも、「味方にすれば心強い」と前向きに捉えるようになった。
「すごい絆があります。闘ってきたぶん、お互いのことをよく知っている。まあ、乱暴に投げられたりもするんだけど、最近は『それで勝てるならいいかな』と思ってます」
インペイラーとタッグを組んだことで、原宿ぽむはさらに自由になれた。そして2024年11月、そんな彼女に、運命を変えるような"またとないチャンス"が訪れる――。
(後編:自分のなかにある陰と陽 「最後まで茶化したいけど、スイッチが入ってしまう」>>)
【プロフィール】
原宿ぽむ(はらじゅく・ぽむ)
3月27日生まれ。"永遠の3歳児"を自称し、原宿系ファッションと自由奔放なファイトスタイルで人気を集める。2018年11月24日、成増アクトホール大会にて、坂崎ユカ戦でデビュー。当初はシリアスな試合を目指していたが、己の非力さを自覚し「ちょけて勝つ」戦術に路線変更。2022年からは米国の大型レスラー、マックス・ジ・インペイラーとの異色タッグで注目を集めた。2023年11月、タイのSETUP Pro Wrestlingにて初のシングル王座「SETUP認定オールアジア女子王座」に挑戦し、マッチャを破って初戴冠。写真撮影や衣装作りなど多才で、東京女子の選手たちを撮影した「ぽむとれーと」も話題に。163cm。