太宰治、芥川龍之介の次に読み解かれるのは? 「ぼくらは『読み』を間違える」水鏡月聖が挑む、新たな作中作ミステリー

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2025年07月18日 13:10  リアルサウンド

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『遺失の結末と彷徨える幽霊たち〜編集者宮川雅は妥協しない〜』(水鏡月聖/MPエンタテインメント)

 太宰治の『走れメロス』や芥川龍之介の『蜘蛛の糸』といった名作の気づかれていない真相を読み解いていくライトノベル『僕らは『読み』を間違える』(角川スニーカー文庫)で登場した水鏡月聖が、7月14日発売の新作『遺失の結末と彷徨える幽霊たち〜編集者宮川雅は妥協しない〜』(MPエンタテインメント)で読み解きに挑んだのは、作中の引退した人気ミステリー作家久々の最新作。なぜか途中で終わっていた原稿の解決編を探るストーリーの先で、著作を世に出し大勢に認められることのへの思いが浮かび上がって作家たちの魂を刺激する。


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 『翡翠の仮面は眠らない』という作品でデビューし、たちまち人気作家となった東雲飛翔だったが、3年の間に6冊を発表していずれもベストセラーになったにも関わらず、引退してしまった。それから6年。編集者になったもののヒット作を出せず契約打ち切りの瀬戸際あった宮川雅が、逆転を狙い東雲飛翔を訪ねて新作を書いて欲しいと依頼する。その場では断られたが、なぜかしばらくして原稿が送られてきた。


 編集者だったら踊り出したくなるシチュエーション。お前には任せていられないと他の編集者に横取りされることを心配して、雅は編集部から離れた喫茶店で原稿を読み始める。そうして始まった『遺失の結末と彷徨える幽霊たち』という小説は、東雲飛翔が書いたという新作がそのまま掲載されて、ベストセラー作家が繰り出すアイデアとストーリーを作中作として楽しむことができる。


 これがなかなか興味深い内容だ。『月城邸の殺人遊戯』という新作の舞台はベテラン作家の月城聖が持つ山荘で、そこに6人の女性や男性が集まっていた。ミステリー作家を志望して、月城が創作の相談に乗るイベントに応募し選ばれた者たちだった。医者やルポライターや探偵、歯科助手、漫画家のアシスタントに自称女子高生とバラエティに富んだメンバーたちが食堂で月城を待つが、なぜか姿を現れない。迎えに行った一同は、鍵のかかった部屋の中で背中にナイフを刺され、動かなくなっている月城を発見する。


 さあゲームの始まりだ。雪山の山荘なり絶海の孤島なりといった場所に集められた人たちが、ホストなり参加者が殺害されたことから始まる、一人また一人と殺害されていく事態に抵抗しながら真相の究明に挑むクローズドサークルもののミステリーといったストーリーが繰り広げられる。熱烈な東雲飛翔ファンだった雅も引きずり込まれるミステリアスな展開があり、引退したベストセラー作家の新作という価値もあって、出せば売れると確信したが、そのままでは刊行は難しかった。解決編が付いていなかったのだ。


 ここから読者は、ふたつの事件について推理をめぐらせていくことになる。ひとつは作中作『月城邸の殺人遊戯』という小説の解決編にあたる部分についての推理。それなら作者の東雲飛翔に頼み込んで書いてもらえばいいという話になりそうだが、雅は担当している新鋭ミステリー作家の平澤大吾を伴い改めて訪ねた東雲飛翔の家で、彼が作中の月城のように密室で死んでいる姿を発見してしまう。


 本人にはもう執筆してもらえない。けれども遺作として出したいし、出せば大ヒットは間違いない。とはいえ結末がなければ読んでもらえないということで、東雲飛翔の息子の東翔が続きを書くことになる。作中作として紹介されている『月城邸の殺人遊戯』の結末に相応しいものは出てくるのか。そんな興味を誘われると同時に、同じ材料を元に自分だったらどう書くかといった競争心をかき立てられる展開だ。


 一方、東雲飛翔の死についても推理がめぐらされる。自殺か他殺か。他殺だとしたら犯人は誰なのか。自殺だというならその理由は。そうした謎に雅と大吾が挑んだ先で、浮かび上がってくるある出来事が、作家という存在の心理を深く鋭くえぐるものになっているところが、この『遺失の結末と彷徨える幽霊たち』の謎解きとはまた違った読みどころだ。


 ベストセラー作家になった東雲飛翔がいて、優れたミステリーの仕掛けで支持されながら売れ行きは今ひとつの平澤大吾がいる。雅の上司が担当しているミステリー作家で、売れ行きがいまひとつだったことから百合要素を盛り込むことを提案され、書いて編集者に褒められたものの意に沿わない作品で生き残った自分はゾンビ作家だと嘆く鮫島がいる。作家がそれぞれに関わるさまざまな思いが吐露され、何のために書くのかといった問いを投げかけられる。


 自分で物語を作り上げることが作家にとっての喜びなのか。アイデアが世に出て評価されればそれはそれで嬉しいものなのか。作家になりたい人たちが大勢いて、新人賞に応募したり小説投稿サイトで連載したりして編集者から声がかかり、デビューできる日を夢見ている。一方で、自分の作った世界が大勢の目に触れさえすれば満足という人もいる。すぐれた文章力を持ちながらアイデアが弱い人。逆にプロット作りには優れていながら文章力が足りない人。さまざまな思いを抱きながら日々創作に向かいっている人たちに、感想を尋ねたくなる作品だ。


 水鏡月聖は、第27回スニーカー大賞で《銀賞》となった『僕らは『読み』を間違える』でデビューを果たし、続編も出してプロの作家としての道を歩み始めた。その作品は、『走れメロス』の中で、ディオニス王の元へ走って戻ろうとするメロスを襲った3人の盗賊は誰かが雇ったものではないのか、といった疑問を呈して、新たな解釈をもたらそうとするフォーマットをとりつつ、人の心の裏の裏のその裏まで読み込む必要がある人生に、読書の経験が活かされるのかといったことを問う青春ミステリーだった。


 行間を読み真理を探ることを描いた作品を通して発揮されていた“読み”の力が、『遺失の結末と彷徨える幽霊たち』では作中作の読み込みに発揮され、登場人物たちの心理を読むことにも使われてひとつの作品を形作る。謎解きに挑むミステリーとしての面白さと、作家という存在の奥深さに触れる楽しさを同時に充たした水鏡月聖の才知をご堪能あれ。


(文=タニグチリウイチ)



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