
親族の法事で福岡の実家に帰省していたLさん(40代)は、会食の席で思いがけない光景に出会いました。義父が「遺影写真の候補に」と言って見せたのは、スナックで撮られた一枚の写真。紫のソファに座り、頬を赤らめてグラスを手にした姿。その片隅には、スナックのママらしき女性の赤いネイルの手も写り込んでいました。予想外の展開と家族の反応が、いまどきの「終活」の新たな一面を浮かび上がらせました。
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突然始まった「遺影選び」という終活の一幕
法事のため、夫の実家に帰省していたときのことです。法事のあとの会食では、久しぶりに顔を合わせた親戚たちが和やかに語らっていました。にぎやかな会食の席で、義母がふと発した一言がきっかけでした。
「そういえば、うちもそろそろ終活を考えていてね」
それは、何かを決意したというよりも、あくまで雑談の延長にすぎませんでした。話題は「遺影」に発展し、どんな写真がいいかと皆が思い思いに語り合う中、義父が突然立ち上がり、「これだな」と言ってスマホを取り出したのです。そこに写っていたのは、思わず目を疑うような一枚でした。
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紫のビロード調のソファにゆったりと腰を下ろし、手にはウイスキーのグラス。頬はうっすらと赤く染まり、笑顔はこれまで見たことがないほど穏やかで満ち足りた表情でした。しかし背景にはカラオケの液晶モニター、そして画面の右端には、スナックのママと思われる女性の赤いネイルの手だけが写っていたのです。
さらに驚いたのは、義父のスマホの中身でした。
「ほかにもあるよ」と得意げに見せてくれた写真フォルダの名前は「思い出」。そこには、同じスナックと思われる空間で撮影された義父の写真がずらりと並んでいました。
背景には、常に紫のソファ。義父は満面の笑みでグラスを掲げたり、熱唱したり、手を叩いて笑っていたり。その構図は微妙に違えど、驚くほど一貫しています。つまり義父にとっての「素顔」は、家庭の居間や家族団らんの場ではなく、スナックという非日常の空間にこそあるようでした。
義母と夫の「妙に寛容な」反応
当然、Lさんは戸惑いました。遺影は葬儀で祭壇に飾られ、多くの親戚、ご近所、かつての同僚、友人たちの目に触れるものです。紫のソファとグラス片手の義父を見て、どんな反応をされるのか。
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ところが、義母は「この笑顔が一番いいじゃない」と笑って賛同し、長男である夫も「まあ、いいじゃん。楽しそうだし」と妙に寛容な様子でした。
Lさんだけが常識や体裁、周囲への配慮に縛られていたのかもしれません。しかし、本人と家族が納得しているなら、嫁として口を挟む余地はなかったのです。
そもそも「遺影」とは誰のためのものか?
少し調べてみると、近年では葬儀業界だけでなく、写真館などでも「生前遺影」の撮影サービスが増えているようです。背景の変更や肌の補正、不要な映り込みの除去など、いわゆる美化加工にも対応する業者が多数あります。
Lさんがこの出来事を実家の両親に話すと、「私たちもこの前、写真館で撮ってもらったのよ」と正装し、かしこまった表情で微笑む両親の遺影候補を見せられました。
「日常の中の自然な笑顔を」と求める人もいれば、「いちばん格好よかった頃の姿で」と若かりし頃の写真を選ぶ人もいます。中には推し活のコスプレ姿での遺影を希望する高齢者もいるそうです。つまり、遺影とは故人が最も「自分らしかった」姿を映すものだという新しい価値観が、少しずつ浸透してきているのです。
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スナックの写真も、その一環と考えることができるのかもしれません。義父にとって、それがもっとも自分らしく、もっとも楽しい時間だったのでしょう。
◇ ◇
義父のスナックの写真は、Lさんにとって少し衝撃的でしたが、それが義父の「素顔」であり、彼が一番幸せだった時間を象徴するものであるならば、立派な遺影候補だと思い直しました。大切なのは、誰かの理想ではなく、本人の「ありのままの人生」を肯定することなのです。
遺影は、最後の写真ではなく、「その人らしさ」の象徴です。さて、あなたなら、どんな一枚を「自分の最期の姿」として選びますか?
(まいどなニュース特約・松波 穂乃圭)