甲子園を目指して白球を追う球児たちの姿に、毎年多くの人が胸を熱くする季節がやってきた。そんななか野球ファンからにわかに注目を集めている野球漫画がクロマツテツロウによる『ベー革』(小学館「ゲッサン」連載中)――。従来の常識を根本から覆し、令和を生きる球児や指導者たちにとっての“新たなバイブル”にもなりえる異色作だ。
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■過去の野球観と圧倒的に違う令和の高校野球像
物語の舞台は、全国屈指の激戦区・神奈川県。主人公・入来ジローは、進学校ながら昨年の県大会でベスト4入りした強豪・相模百合ヶ丘学園に入学する。甲子園まであと一歩届かなかった兄を見て、その10倍の練習をすると意気込んで入部するも、そこで出会った乙坂真一監督の口から発せられたのは、「俺とベースボール革命を起こさないか」という言葉だった。
乙坂が掲げる指導方針は、従来の高校野球像とは真逆である。平日の練習はわずか50分でハッピーマンデーは完全休養。着替えの時間がもったいないという理由でユニフォームの着用はなし。髪型も自由だ。
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さらに、スポーツ推薦組は全員投手。効率的なトレーニングによって、どのポジションであろうとも150キロを投げられるよう目指す。だが、これらの方針は単なる思いつきではない。すべて論理的な裏付けに基づいており、乙坂監督は「神奈川野球を瞬発力で制圧して、ねじ伏せる」とのビジョンを選手たちに示す。
この構図そのものが、従来の野球マンガと決定的に違うところだ。昭和の『巨人の星』や『ドカベン』はもとより、平成の『ダイヤのA』『MAJOR』に代表される多くの名作では、厳しい練習、仲間との絆、精神力での勝利といった“情熱と根性”が物語の中心に据えられていた。だが『ベー革』では、それらを無条件に肯定していない。「練習の量」でなく、極限まで「練習の質」を追求していくのだ。
このインパクトある作風に強く共鳴したのが、芸人のバカリズムだった。2025年に出演したテレビ朝日系「アメトーーク!」の「マンガ大好き芸人」では本作を紹介。高校時代に野球部に所属していた彼は、「ちなみに僕高校の3年間、毎日、日が暮れるまで『質の悪い練習』してました」と述懐していたが、まさにこのリアクションこそが、『ベー革』の読者に共通する体験であり、作品の核心でもある。
作者・クロマツテツロウは、元高校球児という経験を持ち、代表作は『野球部に花束を』『ドラフトキング』など。いずれも野球の現場を“リアル”に描く作品として高い評価を受けている。
■モデルとなった広島県・武田高校の実績
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実際、この作品の根幹にある“革命的指導法”は、現実の教育現場にもモデルが存在する。広島県の武田高校では、乙坂監督の手法に酷似した方針がすでに取り入れられ、平日50分練習を軸に、科学的トレーニングを導入する「フィジカル革命」によって、短時間で最大成果を生み出す効率的な練習が実践されているのだ。
武田高校は結果も出している。2019年には谷岡楓太投手がオリックスから育成ドラフト2位で指名され、同校初のプロ野球選手となった。さらに2020年の夏の広島大会では、初のベスト4進出を果たしている。こうした実績は、「ベー革」に描かれる指導法が決して絵空事ではなく、現実に機能し得る「選択肢」の一つであることを示している。
「重要なのは練習量じゃない。練習の質なんだよ。じゃあ、質とはなにか? 考えて、実行して、結果に繋げる。これが質だ」
「頭を使ってねー奴ほど反復したがる。そんなバカは故障するまでやってりゃいい。いいか?アタマを使え。アタマを鍛えろ」
「オマエらはまず『ありえない』と思うことをやめろ。そいつは一番成長を妨げる病原菌だ」
こうした乙坂監督の名言の数々は教育論としても秀逸だ。知性と実践が融合した新たなスポーツ漫画の金字塔になるポテンシャルは十分。野球好きだけでなく、「努力とは何か?」を問い直したいすべての人に読んでほしい一作である。
(文=蒼影コウ)
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