サッカー日本代表・森保一監督が語る「勝てる組織のつくり方」

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2025年07月20日 17:20  ITmedia ビジネスオンライン

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森保一監督は「マネジメント型の監督」を選択している(写真提供:Climbers)

 グローバル市場の変化が加速し、事業構造も人材の在り方も大きく揺らぐ今、経営者に求められるのは、変化に強く、成果を持続できる“勝てる組織”をどう築くかという視点だ。プロジェクト型の業務が増え、組織横断的なチームで成果を出すことが求められる中、経営者自身が信頼を築き、現場の力を引き出し、結果につなげていくリーダーシップが必要とされている。


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 組織づくりの本質を探る上で、サッカー日本代表監督・森保一氏のマネジメントには学ぶべき視点が多い。2018年に日本代表監督に就任し、日本代表歴代最高の勝率を誇る実績を残している。2022年カタール・ワールドカップでは、ドイツ、スペインを破り、グループリーグ首位通過という快挙を達成した。


 その手腕は単なる戦術的な采配だけではない。派手な言葉やカリスマ性ではなく、「凡事徹底」「信頼して任せる」「対話を重ねる」といった実直で人間的なマネジメント哲学が、結果を支えている。


 経営者など各界のトップランナーが人生について語るイベント「Climbers」(クライマーズ)の第8弾「Climbers 2025」が5月8〜9日に開催された。森保氏の講演には経営者やマネジャーが明日から実践できるヒントが詰まっている。森保氏の言葉から、現代組織に求められるリーダーシップの本質を探ってみよう。


●相手を尊重することから始まるリーダーシップ


 多くのリーダーは、「どうすればメンバーが自律的に動くか」という視点からマネジメントを考えがちだ。だが、森保氏のアプローチは、まず“人として向き合うこと”に重きを置いている。


 世界の名門クラブで活躍する選手を率いる立場であっても、自分が上に立っているという意識はないという。自分より経験豊富な選手を前にしても、あくまで人として関わる姿勢を貫く。実績のある部下への接し方について問われた森保氏は明確に答えた。


 「自分が上とか、相手が上とか下ではなくて、お互いを尊重し、向き合っていこうと思っています。さまざまな意見を持ち、あらゆる立場や状況のなかにいる選手のことを尊重し、今起こっていることを見て、そこで成果と課題をフィードバックする、成長につなげることを心がけています」(森保氏)


 こうした森保氏の姿勢は、経験や立場にとらわれず、相手を一人の人間として尊重することから始まる。これは、今や企業の現場でも求められるマネジメントの基本姿勢ではないだろうか。


●マネジメント型リーダーとしての進化


 森保氏によると、監督としてのタイプが2つあるとすれば、ヘッドコーチ型とマネジメント型に分けられるという。ヘッドコーチ型が現場で直接指揮を執るのに対し、マネジメント型は異なるアプローチを取る。


 「(自身は)マネジメント型としてコーチ、チームスタッフの能力を生かして、攻撃や守備、セットプレー、ゴールキーパー、フィジカルコーチなどの役割をコーチ陣に持ってもらいながら、それぞれ自分のポストからチームを勝たせる、選手を成長させられるような監督として仕事をしています」(森保氏)


 なぜ、マネジメント型を選択しているのか。その理由については「現場から一歩引いた立ち位置をとって、コーチングスタッフ、チームスタッフに役割を託して、チームとしてのより大きなパワーを作ろうと考え、今の形になっています」と語る。


 さらに、日本代表メンバーが招集されて試合までの時間の制約についても触れ「一人で全てやっていこうと思うと、ミーティングや練習、メディアの対応もしないといけない、やろうと思ったらできるんですけど、全てが薄くなると感じています。コーチ陣により掘り下げてもらい、責任を持ってもらいながらチームを構築していくことが、選手のパワーを最大限に引き出して、チーム力も最大限に発揮できると考えています」と話す。


 森保氏のこうしたアプローチは、組織においてリーダーシップの役割を複数のメンバーが共有し、組織全体でリーダーシップを発揮する「分散型リーダーシップ」や組織内の各個人が自律的に意思決定し、行動する「自律分散型経営」とも重なる考え方だ。一人で全てを管理するのではなく、専門性を持つ各メンバーに権限と責任を委譲し、全体として統一された方向に導いていく手法は、多くの経営者が学ぶべきアプローチといえる。


●多様性を力に変える組織マネジメント


 日本代表チームは、Jリーグ、欧州5大リーグなど多様な環境で活躍する選手で構成される。個性の強い選手たちをまとめられる背景には、選手同士の相互尊重があると森保氏は考えている。


 「『自身が一番だ』と思っている選手たちばかりなので、そこはいい意味で自我や個性が強いところはあります。この強さから組織が成り立っていることを、チーム内でも共有しています。選手がバラバラでは勝てないことは、選手たちも分かっています。勝つことが試合の目標であり、そこでまた成功してレベルアップする、目標に向かっていくことを自然とチームのため、仲間のためにと思ってくれる選手たちがいてくれて、監督として助かっています」(森保氏)


 森保氏の言葉からは、個々の強みを生かしながら全体最適を図るバランス感覚の重要性が浮かび上がる。これは企業における多様な人材の活用においても重要な示唆を与える。多様な価値観を持つメンバーを束ねるには、共通の目標に向かって「勝つため」という明確な目的意識の共有が不可欠だということだ。


●背中で導くリーダー 長友佑都に託された無形の力


 2008年に日本代表に初選出されて以来、これまで4回のワールドカップを経験している長友佑都選手。長友氏に対して「全てがポジティブですね」と断言する森保氏は、ベテラン選手の価値をこう語る。


 「(長友選手は)キャラクターや経験、パフォーマンスなどピッチ内外全てにおいて、後輩の選手たちにポジティブな好影響をもたらしてくれていると思います。自分ができる、日本はできると思ってやってくれているので、その雰囲気が全体に行き渡ってます。パフォーマンスについても代表の中でもまだまだ貢献してもらえるということで、召集しています」(森保氏)


 また、経験豊富な人材が果たす役割について「選手でありながら、コーチの役割も果たしてくれているのは、長友選手だからこそできることです。監督やコーチが教えるのではなく、同じ目線に立つ経験豊富な先輩からの言葉のほうが、選手たちにとってもスムーズに受け入れやすい」と述べ、トップダウンではなく、現場に根差した信頼関係による“自走する組織”づくりの重要性を強調した。


●変化に適応する力こそ、マネジメントの本質


 「マネジメント層の成長とは何か?」という問いに、森保氏は「変化に対応すること」と答え、自身の監督としてのキャリアを振り返りながら、環境の変化に対応することの重要性を強調した。


 「マネジメントの立場にいるということは、これまでのキャリアや経験をもとに、チームや部下に対して目標や指針、戦略や役割を示していく必要があります。ただ、自分の過去の経験だけでは対応しきれない場面が、必ず出てくると思います」(森保氏)


 これまでの成功体験が通用しない場面に直面したときこそ、マネジメントの真価が問われる。過去に固執するのではなく、常に変化を見極め、現実に即した対応を重ねる柔軟性が求められる、と森保氏は続ける。


 「たとえ同じ人、同じチームであっても、状況が変われば、これまでできていたことが急にできなくなることもあります。そうした“変化”に直面したときに、過去の成功体験にとらわれず、柔軟に現実に向き合いながら、どう前に進んでいくか。それが問われていると感じます。変化に対応できなければ、チームも組織も前には進めない。そういう意味で、変化に向き合い、対応し続けることが、マネジメントにおいて最も重要な資質だと感じています」(森保氏)


●凡事徹底が導く持続的な成長


 森保氏はマネジメントにおける自身の基本姿勢について、「これが“唯一の正解”というものは実はないと思っています。皆さん一人ひとり、性格も違えば置かれている状況も違う。それぞれに合ったやり方で、目の前の課題に向き合い、前に進んでいくことが大切だと思います」と語った。


 続けて、自身が大切にしている行動の原則を明かす。「私が話していることも、実際にやっていることも、特別なことではありません。目の前の現実に対して最善の準備をする。凡事徹底――その当たり前の繰り返しを日々大切にしているだけです」(森保氏)


 森保氏の言葉には、奇をてらうことのない、基本に忠実なリーダーの哲学が貫かれている。相手を尊重し、小さな準備や約束を怠らず、信頼を積み重ねる。そうした“凡事”の積み重ねこそが、変化に強く、成果を持続できる組織をつくるのだという確信が力強く伝わってきた。2026年ワールドカップに向けて、「世界一を目指して、絶対にできると思って闘いたい」と語る森保氏の姿には、着実な積み重ねこそが大きな成果を導くという信念がにじむ。その姿勢は、変化の時代においてもブレずにチームを導く、信頼されるリーダーの条件を体現している。


(佐藤匡倫、アイティメディア今野大一)



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