
24時間365日体制で診療を行う日本動物医療センター。その本院(東京都渋谷区)で院長を務めるのが、獣医師の有藤翔平先生だ。日々、動物や飼い主と向き合いながら、保護活動にも力を注いでいる。TBSで放送中の火曜ドラマ『初恋DOGs』では、リアリティある動物医療の描写を支える動物病院監修を担当。獣医師として大切にしている思いや、動物たちと人間が共に心地良く暮らすためのヒントを、率直な言葉で語ってもらった。
【写真をみる】『初恋DOGs』動物たちと心地良く暮らすためのヒント
ぬいぐるみ大好き少年が発見した天職有藤先生が育った家庭は、動物医療とは無縁の環境だったという。それでも、幼い頃からの“ぬいぐるみ愛”が動物への関心につながっていった。マンション暮らしで犬や猫は飼えなかったというが、小鳥や昆虫を育てる一方で、部屋いっぱいにぬいぐるみを並べては遊んでいたという。「中高生になるくらいまで、ぬいぐるみが異様なほど好きで親も少し心配していたようです(笑)」。
そんな少年時代を経て、中高生の頃に見ていた番組『どうぶつ奇想天外!』(TBS系)が転機となった。「毎週楽しみに見ていたんです。ある回で野生動物の保護を取り上げていて、獣医さんが活躍する姿を見て“これが自分の進むべき道だ”と感じたことを覚えています」。
その思いは高校時代に本格的な進路選択として形となり、獣医師を目指すことに。大学では牛や馬、野生動物も含めて幅広く学んだが、次第に犬や猫を診る小動物臨床へと関心が傾いていく。「大学4〜5年生の頃、家で猫を飼い始めたのがきっかけで猫に強く惹かれるようになり、そこからは小動物の医療に進もうと決めました」。
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大学時代、有藤先生が心惹かれたのは「救急医療」の世界だった。就職先を探すにあたり、「大きな動物病院で夜間救急をやりたい」という憧れを持ち、24時間診療を行っている動物病院を探していたという。
「ドラマでも救急医療ものが大好きで憧れていました。大学時代に“東京 夜間 動物病院”といったキーワードで検索して見つけたのが当院でした。実習に行ってみたら、自分のやりたいこととマッチしていた。ここで働こうと自然に決めました」。
実際の現場は大変ではあるものの、思い描いていた通りのやりがいを感じられる日々だった。
「夜間に3頭くらい命を落としてしまう日もあれば、とても平和な日もある。救える命と救えない命がある中で、すぐに次の救急外来が待っているから悲しみに浸っていられない。その感情の起伏が一番大変です。日中でも大事な命を救えなかった直後に、愛犬のワクチン接種に来たご家族に明るく対応しなければいけないこともあって、その心のギャップは大きいですね」。
それでも、有藤先生が前向きに仕事に向き合い続ける理由は、「感謝される瞬間」の重みだという。
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「夜間に診てくれる動物病院が他になくて、当院に来てくれたご家族が“ここがあって良かった”ってほっとされるんです。その瞬間に、やっぱりこの仕事をしていて良かったなと強く思います。忙しくてもアドレナリンが出るようなやりがいがある。私はあまり夜間勤務をネガティブに捉えたことはないんです」。
現在は、新卒以来ずっと在籍してきた病院で、本院の院長を務めている。夜間救急を支える体制を維持するためには、人財の確保と育成も欠かせない。
「当院は獣医師が35人ほど在籍していて、スタッフ全体では80人〜90人弱います。全国の獣医系大学を回ってリクルート活動も。当院の理念に共感してくれる人たちを見つけて実習に来てもらい、病院の雰囲気とマッチするかを見ていく。そのうえで、“ここで働きたい”と思ってくれる人を迎えるようにしています」。
技術の向上はもちろんのこと、理念を共有する仲間を育てることも、院長としての大きな役目だ。
「病院に合った価値観、例えば“24時間看護・治療体制は大事だ”とか、“動物にもご家族様にも温かく接する”といったことを、きちんと理解してもらえるよう教育しています。スキルだけではなく、考え方の部分を伝えていくのが一番難しいですが、大事なところですね」。
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24時間体制で診療を行っていると、思わぬ「動物あるある」や、夜間診療ならではの“裏のドラマ”にも遭遇する。
「例えば初めて猫を飼ったご家族が、発情期のサインに驚いて駆け込んでくることがあります。生後5か月くらいのメス猫が、急に変な声で鳴き出して、バッタみたいな格好で足踏みをする。それを見て『うちの猫、変なんです』って半泣きで来院される方もいます。こちらとしては『発情期ですね』とすぐ判断がつくのですが、初めての方には驚きですよね」。
他にも、ハムスターが冬眠したのを見て「死んでしまったかも」と慌てて診察に訪れるケースもあるという。体温をゆっくり上げていくと動き出すことも多く、ご家族と一緒にほっと胸をなで下ろす場面も。
中には、診断に悩まされた“珍事”もあったのだとか。
「夜間に来院した犬が、フラフラして立てない。神経の異常か発作かと思って検査したものの異常は見つけられなくて。すると愛玩動物看護師さんが『このワンちゃんお酒臭いです』と気づいて、ご家族によくよく聞いたら倒れた一升瓶の日本酒を、犬が舐めてしまっていたんです」。千鳥足になって焦点が合わず、まさに酔っ払っている状態だったというわけだ。点滴すると数時間後には回復したそう。
「まさか犬が酔っているなんて思わなくて、最初は本当に驚きました。でも人間と一緒で、酔うと眠そうな目になり足元もおぼつかなくなるんです。夜間診療を始めたばかりの若い頃に遭遇したので、強く記憶に残っています」。
夜間診療ならではの“人間模様”もある。ある晩、ゴム製品を誤飲した愛犬を連れて、10代後半の学生が駆け込んできた。
「『変な物を食べてしまって』と泣きそうな顔でした。事情は明かせないけれど親には内緒にしてほしいと頼まれて。誤飲はよくあることですが、そうした背景に人間関係が垣間見えるのが夜間ならではですね」。
命と向き合う夜間救急の現場には、動物たちのケアだけでなく、人間の数だけストーリーがある。24時間体制の動物病院ならではの光景かもしれない。
広がる保護活動と、“相性”の大切さ『初恋DOGs』でも描かれる保護犬・保護猫の存在。その背景には、全国的に高まる保護活動への関心がある。有藤先生が院長を務める日本動物医療センターでも、各地の施設と連携しながら積極的に取り組みを進めている。
「当院の分院がある宮古島(沖縄県)では、以前は野犬が殺処分される状況でした。今では、社会貢献の一環として、現地の保護団体と連携しながら去勢・避妊手術や譲渡活動を行っています」。
その活動は岩手県のシェルター支援など全国に広がり、ワクチン接種や血液検査など、医療面からのサポートも欠かさない。
「最近では保護活動への理解も広がってきて、譲渡会などペットショップで“買う”以外の選択肢も当たり前になりつつあります。もちろん全ての人が里親になることを選ぶ必要はありません。でも、選択肢が増えたこと自体が大切だと思っています」。
その上で、先生が強調するのは多頭飼いを考える際の「相性」の重要性だ。
「保護犬や保護猫を迎える際には、先住犬や先住猫との相性を見ることがとても大事です。実際に数週間一緒に過ごして様子を見ることもしています。合わない個体はどうしても合わない。でも反対に、すぐに仲良くなるケースもあります」。
動物たちも人間と同じで、飼い主にとっても「1匹でいるのは寂しいのかな」などと感じる場面もある。有藤先生の家でも猫を2匹飼っていて、1匹の時と比べて活動量や運動量が格段に増えたという。
「たまに小競り合いをしたり、じゃれ合ったりしている様子を見ると、良い刺激になっていると感じます。全然ストレスがない状態で誰にも干渉されず、ただ寝ているばかりの生活が本当に良いかというとそうでもない。生活の中には、必要最低限のストレスもあったほうが良い場合もありますからね」。
そして何より、動物同士の付き合いには“自分で相手を選べる自由”がある。
「動物って飼い主を選べないじゃないですか。でも、動物同士なら選べる。そういう意味では、動物同士の関係性というのも、その個体にとってはすごく大事なことだと思います」。
大切な“家族”が長生きするためにできること近年、「ペット」から「家族」へと、人と動物の関係性は大きく変化している。有藤先生は、その変化に伴い動物医療の在り方も大きくシフトしてきたと語る。
「昔は、犬も猫も外で飼われ、病気になってから病院に連れていくのが普通でした。でも今は室内で一緒に暮らし、ワクチンや健康診断も当たり前になってきました」。
かつては血液検査だけでも“健康診断をした”という感覚だったが、今ではエコーやレントゲンを含めた精密なチェックが求められるようになった。さらに、病気を見つけることよりも「病気にさせないこと」への意識が高まっている。
「食事管理や口腔ケア、皮膚のケアといった予防的な取り組みが大切です。例えば歯。清潔に保って、できるだけ抜かずに済むようにする方向へと変わってきています」。
それは動物たちが室内で人間と密接に暮らすようになったことと無関係ではない。
「一緒に室内で過ごす以上、歯や皮膚の清潔さを保つことが求められます。寄生虫もいない状態が当たり前で、毛づやも良くフケもない。病気などで難しいケースもありますが、できるだけ清潔に保てるように意識することで、人と動物の距離はもっと近づけるはずです」。
癒やしや安心感など、動物たちは私たちに多くを与えてくれる存在だ。その命と真摯に向き合い、健やかに共に生きていくために、私たちにできることはまだまだある。