のどかな田園風景が広がり、これといった産業のない田舎に大企業が工場をつくってくれたおかげで雇用が生み出され、部品などのサプライヤーや物流企業も集まってくる。人の往来が活発になり、さびれていた商店街がにぎわいを取り戻し、家賃や不動産価格も高騰して地域経済が発展していく――。
そんな「企業城下町」がピンチに陥っている。
分かりやすい例がある。神奈川県横須賀市の日産追浜工場と、同県平塚市にある日産自動車の子会社・日産車体の湘南工場だ。
追浜工場は2027年度中、湘南工場は2026年度末に生産終了することが公表され、工場周辺の住民からは、地域経済の衰退やシャッター商店街化への不安の声が広がっているのだ。報道によれば、追浜工場周辺の飲食店経営者からは「あと2年でうちも閉店かな」という落胆の声が聞こえている。
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工場が閉鎖しなくとも「危機」に直面している城下町もある。マツダの本社や生産拠点のある広島県安芸郡府中町だ。
「広島から北米に輸出」というスタイルが多いマツダはいわゆる「トランプ関税」の影響をモロに受け、輸出台数が激減。関税の負担は、4月だけで90億〜100億円程度にのぼっている。
・“トランプ関税”に揺れる「マツダ城下町」追加関税25%の影響は…?(TBS NEWS DIG 2025年7月2日)
「マツダがくしゃみをすれば、市民が風邪をひく」と言われるほど、府中町の経済はマツダに依存している。町にはマツダのサプライヤー企業だけでなく、マツダの社員を相手にするタクシー業者や飲食店も多いため、業績が落ちれば、町全体の経済にも大きな影響が及ぶのだ。
このような話を聞くと、「地方の雇用や産業を支えるためにも、やっぱり国がものづくり企業を支えていかなければ」と思う人も多いのではないか。
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その気持ちは痛いほどよく分かる。ただ、残念ながら日本政府がものづくり企業に対して税金をいくらジャブジャブと注ぎ込んだところで、企業城下町というモデルを維持するのは難しい。
なぜなら、日本では工場の数が年々減っており、今後も増える見通しがないからだ。
●労働者の激減がもたらすもの
経済産業省によれば、国内製造業の事業所数は1989年に42.2万もあったが、2016年に19.1万へ半減した。そして経済センサスによると、2021年6月には17万6858事業所にまで落ち込んでいる。
なぜこんなことになってしまうのか。「政治が悪い」「消費税が悪い」など、さまざまな見方があるだろうが、こういう事態を引き起こしている元凶は「人口減少」である。
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42万の工場が存在した1989年、工場労働者のベースとなる生産年齢人口(15〜64歳)は約8600万人で総人口の約7割を占めていた。しかし、令和の今は7395万人で総人口の6割を切っている。
ここまで労働者が激減すれば、工場も激減するのは当然だ。もちろん、この間に工場の機械化も進んでいるが、機械を導入しても人手がまったく不要になるわけではない。機械を操作する者、ちゃんと生産できているのか確認する者など、ある程度の工場労働者は必要になる。
加えて、労働者が激減するということは、消費者も激減するということだ。つまり、工場でつくったものが国内市場で売れなくなるので、競争力のあるものづくり企業ほど、生き残りを図るために海外へと拠点を移していく。
その代表が自動車産業である。
●海外の売り上げ比率が高い日本の自動車メーカー
例えば、日産の2024年のグローバル販売台数は334万6000台。そのうち日本で売れたのは46万1000台で、全体のわずか14%にすぎない。つまり、日産という日本のものづくり企業を支えているのは国内市場ではなく、販売台数の86%を占めている海外市場なのだ。
日産が「経営危機」と報じられたとき、「最近の日産には魅力的な車がないから当然だ」といった声もあがった。だが、経営が傾いた主な理由はそこではない。実は、売り上げの86%を占める海外事業、特に北米市場で利益が出なくなってしまったことが大きな原因だった。
誤解を恐れずに言ってしまうと、日産の経営危機は、日本国内の販売動向やら自動車愛好家の“思い”などとはほとんど関係がない話なのだ。
ちなみに、このような傾向は日産だけではなく、トヨタもホンダも似たようなものだ。トヨタグループの2024年全世界販売台数は1082万台。そのうち日本で売れたのは144万台で全体の13%である。
このように海外が「主戦場」ならば当然、開発やマーケティングだけではなく、生産も海外で行ったほうがいい。自国で生産した製品を他国に輸出して販売するのは、コストもかかるし、時間もかかる。今回の「トランプ関税」のように政治や地域紛争で大打撃を受けることもある。
その結果、日産は全世界に17の車両工場をつくることとなった。では、その中で日本に車両工場はいくつあるのかというと、追浜、横浜、いわき、栃木の4つである。
日産が飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している会社ならば何も問題はないが、“稼げない体質”に陥り2万人のリストラを断行している会社ならば、「全体の14%しか車が売れない地域にこれほどの生産体制が必要なのか」となるのは当然であろう。しかも、日本はこれからさらなる人口減少で、地方の工場で働く人材の確保も、ますます難しくなっていくのである。
●TSMCの成功例を再現するのは難しい理由
日本のものづくり産業を代表する自動車業界でさえ、このように厳しい現実に直面しているのだ。他のものづくり企業も当然そういう方向に進む。経済産業省発表の「第54回 海外事業活動基本調査概要」によれば、製造業の海外生産比率(国内全法人ベース)は2014年度に24.3%だったが、2023年度は27.2%と着々と上がっている。
つまり今後の日本では、工場や拠点の設置によって雇用を生み出し、周辺地域がにぎわうといった企業城下町型の地域モデルは、成立しにくくなっていくということである。
「とはいえ、熊本のTSMCのように、外資が進出するケースもあるのでは?」という反論があるかもしれない。
そう思う人がいるのも無理はない。台湾の半導体企業TSMCが熊本県菊陽町に日本初となる工場を建設し、九州フィナンシャルグループの試算では熊本県への経済波及効果は10年間で11兆円にも上るという。実際、報道によればTSMC工場周辺の飲食店は大にぎわいで、地価も高騰している。
これは立派な企業城下町の成功例だ。他にもコストコやイケアが進出したことで地域の雇用や経済が活性化したという話も聞く。しかし、だからといって、このようなケースが他でも増えていくのかというと、それは難しい。
日本人の中にはそういうセルフイメージがないだろうが、実は海外資本の受け入れに関して、日本は非常に閉鎖的な国とされている。
海外企業が日本国内に進出して事業を展開したり、既存の日本企業株式を取得したりすることを「対日直接投資」(対内直接投資)と呼ぶ。その対GDP比を国連貿易開発会議(UNCTAD)が世界199カ国で調べているのだが、2023年における日本のランキングは196位。北朝鮮は195位で、日本よりもわずかに外資の受け入れが多かった。
実はこの対GDP比、ある程度高いと生産性が向上することがさまざまな研究で分かっている。ご存じのように、日本人にとって「生産性向上」はスローガンとして叫ばれるだけで、実現には至っていない悲願でもある。
●「日本人ファースト」の人々が納得する企業城下町とは
というわけで今、日本政府は以下のように「対日直接投資促進」を掲げ、世界各国に向けて「日本に投資をしてくれ」と呼びかけている。
「海外の優れた経営ノウハウ、技術、人材等を呼び込み、イノベーションを創出する「内なる国際化」を通じて、日本経済の持続的成長に寄与する」
ただ、今回の参院選の結果を受けて、この対日直接投資促進という政策は「後退」していく可能性もある。
「なぜ外国人が恩恵を受けるような政策ばかりなのか。まずは日本人の暮らしを豊かにすることが優先されるべきではないか」といった声も出ている。
そう、今回の参院選でも「日本人ファースト」や「外資の規制」を掲げる政党が支持を伸ばしており、比例代表でもおよそ740万票と野党第一党よりも多くの票を獲得しているのだ。こうした社会の空気を考えると、もともと海外からの企業や資本を受け入れるのが得意ではない日本では、「対日直接投資」が簡単に増えるとは考えにくい。
それはつまり、TSMCが熊本に進出してでき上がった「外資系企業城下町」もそうポンポンと増えていくことはない、ということだ。
ただ、「日本人ファースト」を望む人々にとっては、それでも問題がないらしい。現在でも国際的に外資受け入れ度が極めて低いが、これからさらに外資を厳しく規制することで、日本人は豊かになるという。
こうした内向き志向が強まる日本において、「企業城下町」はどんな道をたどっていくのか。今後も注目したい。
(窪田順生)
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