2040年、首都高地下化で“日本橋の風景”が激変する―「水の都」再生へ、大規模再開発の行方

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2025年07月23日 11:50  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
江戸時代以降、商業や金融、文化の中心地として発展してきた日本橋。今も続く老舗商店や名店、三越・高島屋といった百貨店、明治座といった文化施設、そして江戸幕府成立時からのこの街の発展を支えてきた橋「日本橋」……歴史的スポットと近年の開発エリアが混在している街並みは、唯一無二だ。



そんな日本橋で今まさに、風景が一変するような国家プロジェクトレベルの再開発が進行している。目玉は「首都高速道路の地下化」だ。日本橋川沿いを「日本橋リバーウォーク」と名付け、川の上を伸びる首都高を地下に埋めて青空を取り戻し、川沿いに憩いの空間をつくるという。素人目から見ても、気の遠くなるような大工事。一体どうしたらそんな大改革が可能になるのか。数十年にわたるまちづくりの概況をつかめると聞き、プレゼンテーション施設「VISTA」を訪れた。


○■首都高が地下に沈んで川が出現! 映画のような壮大な計画



現在、日本橋川周辺エリアでは5つのエリアに分けて再開発が進んでいる。これらに加えて、さらに首都高速道路株式会社による首都高日本橋区間の地下化事業が連携しながら同時並行的に進んでおり、その再開発エリア一帯を指して「日本橋リバーウォーク」と呼んでいる形だ。官民一体でまちづくりが進められ、2040年には長さ約1,200m・幅約100mにわたる親水空間が姿を現す予定となっている。


現在の日本橋川沿いには、ビルなどの中高層建築物が川の際まで建ち並ぶ。こうした建物がなくなり、代わりにテラスやデッキ、オープンエアのカフェなどが設けられ、ゆったり時間を過ごせるような憩いのスペースがつくられる予定だ。同時に人が自然と集まりたくなるよう、川の水質改善や緑地環境の整備など、水と緑が楽しめる場づくりも行われる。


日本橋のたもとにあるプレゼンテーション施設「VISTA」では、このプロジェクトの過程を地図や年表といった解説資料、映像や模型などで追うことができる。当施設は2025年6月より、再開発に関わる首都高速道路、三井不動産、東京建物、東急不動産が共同で運営しており、事前予約すれば誰でも見学可能だ。


範囲だけ見れば超広域というわけではないが、歴史的価値としても商業地としても、そして交通網としても非常に要となる立地だけに、事故が起こらないよう細心の注意を払いながら計画的に進めることが絶対条件だ。どれだけ難易度の高いことを行っているか、最終的にはどのような姿になるのか、なかなか想像がつかない世界を「VISTA」ではわかりやすく見せてくれている。


例えば、地上にあった道路を「地下化」すると一口に言っても、東京の地下には何本もの地下鉄が縦横無尽に走っている。それぞれ地下の異なる深さを走る地下鉄を、その合間をぬうようにトンネルを堀り、そこに新たに道路を構築することになる。おまけに上下水道管、ガス管、電線などのライフラインとも干渉せずに行う必要がある、難易度の高い工事だ。地下化事業の工程は3フェーズに分けて実施。さらに該当区間を3つのエリアに分け、同時進行で進めていく。現時点ですでに2段階目のフェーズに移行しているという。


半蔵門線とそれを横断する形で銀座線が走るエリアでは高速道路と至近になり、その距離は約2〜3メートルほど。最も近づくところでは1メートルほどにもなるという。模型を眺めているだけでも、いかに緊張感を伴う工事であるかがわかる。


○■建設から60年以上経過、老朽化対策で「地下化」を選択



今回の地下化は、単にかつての日本橋を取り戻そうという景観的な側面でのみ決定された事業計画ではない。老朽化が進む首都高の更新という、交通インフラの整備(メンテナンス)側面が重要な課題としてある。区間内を一日約10万台の車が走行する首都高は、建設からすでに60年以上が経過。全体の約半数は40年以上経過した構造物であるという(※データは2025年4月1日時点)。5年ごとの定期的な点検や補修が行われてきているものの、長期的にみた安全対策としては大規模な建て替えが必要なタイミングだ。



当初は橋を架け替える計画であったが、検討過程の中で、地域からの「日本橋に青空を取り戻したい」という声から都市再生プロジェクトが立ち上がり、有識者を含めた議論や検討の結果、ついに首都高の地下化という結論に至ったという。


なお、長期的に見た場合、地下化(トンネル)と橋梁でのメンテナンスの優位性が気になるところだが、首都高速道路 常務執行役員の乾晋氏によると、「首都高は東京湾にも近いため潮や足元の川の水からサビの影響も受けるために橋梁の方がやや点検、補修の頻度が高いと考えられる」ということで、地下化に軍配が上がるそうだ。



また、首都高の高架撤去・地下化に伴うメリットとしては、路肩が広くなることに伴う車の走行性の向上、江戸橋ジャンクションの都心環状線の連結路の廃止による交通状況の改善といった、交通上の改善も見込まれている。地下化の判断は、首都圏の交通インフラ側面に加え、日本橋というまち全体でみた時のあるべき姿など、最適解を模索した結果の判断だった。

○■歴史的「復活劇」のシナリオは、日本の経済発展と高い技術力の延長に



あらゆる側面から見ての最適解、といってしまえば事は至極シンプルに聞こえてしまいそうだが、日本橋というある種特殊な環境においてのこの大工事の決断は、非常に重い意味をもつ。

ここで、舞台となる日本橋というまちについて、基本的な街の成り立ちと、日本橋リバーウォークに至るまでの過程を振り返りたい。


日本橋は、江戸幕府のもと城下町として発達。運河に加えて五街道の起点となったことで各地から商人や職人たちが集まり、問屋街や金融街、江戸の大衆文化の発信源ともなり、人と物の行き交う一大商業都市として賑わいを見せた。明治以降も呉服屋から発展した百貨店が新たな商業の流れをつくるなど様々な変遷を経ながら、およそ400年を経た現在もそこかしこに歴史の面影が色濃く残る街並みとなっている。



そんな日本橋の栄華を名実ともに支え続けたのが、江戸幕府成立と同年1603年に完成した橋「日本橋」と、日本橋川だ。陸運・水運の拠点となった日本橋は、それを礎とする文化が花開いた、まさに水の都であった。


しかし現在その橋の上は、首都高が覆いかぶさるように横断する。川の上には、流れにぴったり寄り添うように首都高がひかれているが、この風景が成立した背景には、戦後の経済発展がある。1950年代に高度経済成長期を迎えた東京では自動車が急増し、交通渋滞への対応が急務に。対策として計画された首都高の建設地に好条件だったのが、すでに陸路にその役割が奪われていた運河の上空だった。こうして、東京オリンピック開催を控えた1963年、川の流れに沿うような形で首都高が完成。大都市東京を機能させるための課題解決と引き換えに、空と運河が生み出す水辺の景観は失われた。


○■20年近くの緻密な検討を重ね、ついに首都高地下化が現実に



2000年代に入り、状況が変わる。2001年に当時の扇千景国土交通大臣が「首都高の高架に覆われた日本橋の景観を一新する」と発言したことを端緒に、東京都心における首都高速道路のあり方が問われることに。有識者たちによる再三の検討が重ねられ、2016年には日本橋周辺の再開発の取り組みが国家戦略特別区域に追加される(※1)など、水辺の景観と賑わいを取り戻すことは事実上の国家プロジェクトとして認定された。そしてついに2019年、神田橋ジャンクションから江戸橋ジャンクションまでの都心環状線を地下ルートとする都市計画変更がなされる(2020年都市計画事業認可)。実に20年近くの歳月をかけて、プロジェクトが現実のものとなったのだ。

※1 国家戦略特別区域(国家戦略特区)とは、政府が経済成長や国際競争力の強化を目的に、規制緩和や制度改革を集中的に行うと定めたエリアのこと。


○■まちに関わる異なる立場の人たちを束ね、連携をとって同じ未来に進むために



ちなみに、日本橋リバーウォークは、5つの再開発エリアの再開発組合を束ねた「一般社団法人日本橋リバーウォークエリアマネジメント」が率いる。「エリアマネジメント」とは、地域でより良い環境づくりや地域の価値を維持・向上させるために住民・事業主・地権者などが連携して主体となって取り組む活動のこと(国交相による公開資料『エリアマネジメントのすすめ』を参照)。再開発においてこうしたエリアマネジメント法人をつくるのは、どのような理由があるのか。



「例えば、プロムナードをつくって川沿いを歩いてもらう計画実現にあたって、川沿いの土地は公共用地ばかりではないんです。川沿いというのは実は民地なので、バラバラに計画を立ててプロムナードをつくっても、繋がらない場所が出てきてしまったり、プロムナードの仕様や照明、サインなど色々なものがバラバラになってしまう可能性がある。しかもこの再開発は時間差があり、15年ぐらいかけて開発事業が行われていきます。そのため、周辺の一体感、統一性などを担保するために早い段階からエリアマネジメント法人を作って、様々な景観ルールをそこで担保しています」(三井不動産 日本橋街づくり推進部長 七尾克久氏)


都市はいわばモザイク状に管轄や権利が分かれている。こうした条件を相互にバランスをとりながら、一体感のある「まち」をつくり上げて、人が集まるような場所にしていかなくてはいけない。「まちができあがってみたら、街並みがてんでバラバラでなんだかチグハグ……」という印象になれば、せっかくの景観改善計画も魅力半減である。



また、再開発は地域へ貢献していく公共的目的を達成する責務がある。公共用地で収益を上げて防災活動や景観美化のための活動に繋げていく、といったサイクルも必要だ。こうした取り組みは法人格が必要な一方で、完全な民間事業者が行っていくことは難しい。



管轄をまたぎ、統一感をもった美しい景観をつくり維持していくためにも、まちの改善を図って行われる再開発がきちんと効果を発揮するためにも、こうした連携組織が組成されている。

○■地道に緻密にコツコツと。一人ひとり、一日一日の積み重ねで、まちは生まれ変わる



どんな都市も、1日にしてならず。これだけの大工事をなし得るのは、これまでの経済発展とそれを支えた技術発展があってこそだろう。だとすれば、日本橋の変遷は、時代時代に合わせて懸命に積み重ねてきた人々の努力の軌跡とも受け取れる。江戸の頃に、橋が完成した頃から、それはきっと変わらない。


発想はダイナミックに、実行は緻密な計画の元で泥臭く。想像もしないような風景の変化は、立場を異にする多くの人々の協力の元で成り立っている。その当たり前が積み重なることで実現する奇跡を目指して、突き進む日本橋。史料に残るかつての風景と重ね合わせるだけでなく、今日も水面下で行われている一人ひとりの働きやその先の光景に思いを馳せながら歩けば、この街の見え方もガラリと変わってくるはずだ。今が一番、“面白い”タイミングかもしれない。



執筆協力:渦波大祐



吉澤志保 よしざわしほ 雑誌出版社、不動産広告代理店、不動産アプリ・SaaS開発会社を経て、フリーランスに。文章と写真をベースに、紙やWEB、SNS、アプリなど媒体を横断し、多角的な視点で見た構成・切り口設計を考えるのが得意。地方好き・移動好き。都心のミニマムな戸建賃貸で、日々地方とよりよく繋がり続ける方法を模索中。 この著者の記事一覧はこちら


■information

「VISTA」(ヴィスタ) 施設情報

住所:東京都中央区日本橋室町1丁目8-3 室町NSビル3F

時間:平日(事前予約制) 午前の部:10:00〜11:00、11:30〜12:30/午後の部:14:00〜15:00、15:30〜16:30、※事前予約制、「VISTA案内サイト」より要申込(吉澤志保)

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