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「昭和レトロがブーム」と呼ばれて久しい。「昭和100年」にあたる2025年は、復刻版や懐かしい商品の発売も相次いでいる。そんな中、電響社(大阪市)がカセットテープを5月26日に発売した。マクセルブランドの1970年代の名作「UD」シリーズをオマージュした「UD-60A」(780円)だ。
同商品は、発売から数時間で自社ECサイトの販売分が完売するなど、反響を呼んでいる。なぜ、電響社はストリーミング配信が全盛の今、ニッチ市場であるカセットテープを販売したのか。
昭和レトロブームはZ世代を中心に広がっている。純喫茶やクリームソーダ、フィルムカメラといった昭和時代のアイテムが「#昭和レトロ」のハッシュタグとともにSNSで拡散されるなど、一過性の現象ではなく、新たなカルチャーとして定着しつつある。
カセットテープも同様に注目されており、右肩下がりだった国内の生産本数は2023年に前年比2.4倍を記録(日本レコード協会調べ)。1999年以来24年ぶりに前年を上回った。比較サイトを運営するオークファン(東京都品川区)の調査によると、中古市場の取引数でも2014年から2023年にかけて、約4倍に拡大した。
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きっかけは、海外での再流行だ。英国では2012年の販売本数3823本から2022年には約19.5万本へ急増するなど、10年間で50倍に拡大。テイラー・スウィフトやビリー・アイリッシュといった有名アーティストがアルバムのカセット版を限定発売したことも話題となった。
日本でも山下達郎やスピッツ、バウンディなどの人気アーティストが音源をカセットテープで発売し、CDショップで専用コーナーを設ける店舗が増えている。
●「UD-60A」を発売した理由
カセットテープが昔をなつかしむグッズとしてだけではなく、現役の音楽メディアとしても再評価されている。とはいえ、現在はスマホやタブレットによるストリーミング配信が主流だ。
カセットテープに回復の兆しがあるとはいえ、依然としてニッチな市場であることに変わりはない。そんな中、なぜ電響社はオマージュ商品を発売したのか。
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「昨今、カセットテープが盛り上がる中、なにか仕掛けができないかと考えた」と、製品企画部の池田克彦さんは経緯を説明する。背景には、今回オマージュしたマクセルブランドが持つ歴史と、電響社の使命感があった。
マクセルブランドのカセットテープは、1966年から60年ほど販売している。電響社は2023年4月からマクセル(東京都港区)とライセンス契約を締結し、同ブランドの製造・販売を担っている。
電響社は「新たに興味を持ち始めた人にも魅力と価値を伝え、カセットテープ文化の一端を担っていく」という方針を掲げている。
こうした考えのもと、選んだのが1970年6月に「ULTRA DYNAMIC(UD)」として発売された名作シリーズだった。マクセルブランドを代表するUDシリーズは音楽専用カセットテープとして登場し、「いい音しか残れない」のキャッチフレーズで高音質ブランドとしての地位を確立。レコードショップでも定番商品となった。
当時の音楽ファンの間では「大切な曲はUDシリーズに録音する」という文化も生まれたという。
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●想定を超えて広がった購入層
今回発売した「UD-60A」は、同シリーズの特徴である縦模様を再現した。「今の時代でも受けるデザインを考えた」(池田さん)
ただし、同社が目指したのは「復刻」ではなく、「オマージュ」だ。オマージュ製品の開発には課題も多く、最大の難しさは素材確保だった。技術進歩によって製造が容易になると思われがちだが、実際は簡単ではなかった。特にカセットテープは、需要とともに部材の調達(仕入れ)が厳しくなっているという。
こうした制約の中で、当時の雰囲気を再現することに苦労し、素材確保の難しさは数量限定発売の理由にもつながっている。
販売にあたっては、異なる世代へ同時にアプローチする戦略をとった。当時を知る世代には、UDシリーズで大切な曲を録音したという「懐かしさ」を訴求し、若年層には昭和レトロブームの流れで、古き良きデザインが持つ「新鮮さ」をアピールした。
また、カセットテープを入れるケースを厚型にすることで、取り出しやすさを高めるなど、現代向けに実用性も重視した。
ニッチな市場ではあるものの、想定以上の売れ行きを記録した。自社ECサイトでは、発売から数時間後に完売し、小売店での在庫も、(7月8日現在)店舗に残る分のみとなっている。ターゲット世代だけではなく、幅広い年齢層からの支持を集めたという。
さらに、「UD-60A」と同時期に発売したポータブルカセットプレーヤーの販売も好調に推移するなど、今回のカセットテープ発売が話題を呼び、関連機器の需要も押し上げた。
●カセットテープが再注目される「3つ」の理由
マーケティング事業などを手掛けるナイル(東京都品川区)が実施した調査によると、Z世代(10〜20代)の67%が音楽配信サービスを利用している。そんな時代に、カセットテープが再注目される理由を池田さんは「3つある」と指摘する。
まずは、デジタル音源とは異なる温みのある「音質」が評価されており、アナログならではの音の味わいを求める声が多い。2つ目は「物質性」で、「ストリーミングと違い、物質として持てる点に価値がある」と池田さんは説明する。デジタル全盛だからこそ、手に取れる音楽メディアへの価値が再認識されている。
最後は、「体験性」にある。カセットテープは曲を飛ばすことができず、A面からB面への手動での切り替えも必要など、一見不便とも思える仕様が、デジタルネイティブ世代には新鮮に映っているようだ。
さらに、数量を限定した発売も可能なため所有欲を満たすコレクターアイテムとしての価値もある。加えて、昭和レトロブームの中で、見た目そのものがファッションの一部としても楽しまれるなど、昭和の時代とは違った価値が生まれている。
電響社によると、具体的な内容は明かされなかったが、今後もレトロ商品の展開を検討しているという。同社広報の阪下千恵さんも「カセット文化を盛り上げる気持ちで、新たな商品を次々に展開していきたい」と語る。
昭和レトロのアイテムを再評価する動きが続く中、「UD-60A」の販売はニッチな市場でも新たな需要が生まれる可能性を示した。デジタル全盛の時代だからこそ、アナログが持つ価値が輝くのかもしれない。
(カワブチカズキ)
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