映画『国宝』の勢いが止まらない。6月初旬に公開され、週末興行ランキングでは初週3位のスタートだったが、翌週には2位、そして公開3週目にはついに首位に浮上した。第3週の週末動員は初週比で約140%、興行収入は約150%と、大幅な伸びを記録した。第2週以降も週末成績が前週を上回り、好調を維持している。公開5週目まで、4週連続で週末の動員・興収が前週を上回った。
こうした現象は、2018年に大ヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』以来のことであり、7月14日時点では4週連続で週末観客動員ランキング1位を獲得している。『ボヘミアン・ラプソディ』は、伝説のロックバンド・クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの波乱に満ちた生涯を描いた音楽伝記映画で、公開当初から口コミで人気が広まり、ロングランヒットを記録した。
歌舞伎という現代ではファン層が限定されるテーマで、約3時間という長尺映画でありながら、なぜここまで多くの支持を得られたのか。本稿ではその要因を考察するとともに、『国宝』のヒットから、今後の日本実写映画の可能性について探ってみたい。
●映画『国宝』とは
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映画『国宝』の原作は、吉田修一の同名小説だ。その作品を『悪人』『怒り』などで知られる李相日監督が実写化した。歌舞伎役者の世界を舞台に、やがて人間国宝となる主人公・立花喜久雄(吉沢亮)の50年にわたる人生を描いている。
主人公の喜久雄は任侠一家に生まれ、15歳のときに父親を抗争で失った後、歌舞伎の名門「花井家」の当主・花井半二郎(渡辺謙)に才能を見出されて部屋子となる。そして、半二郎の実子である大垣俊介(横浜流星)と出会い、共に歌舞伎の道へ進む。
本作は血筋が重要となる伝統芸能「歌舞伎」にスポットを当てつつ、「血と芸」「生と死」という対比を際立たせたヒューマンドラマといえるだろう。李相日監督は「歌舞伎役者そのものではなく、歌舞伎役者という生き方に全てを捧げた人間を描きたかった」と語っており、伝統芸能の一側面を紹介するにとどまらず生々しい人生の光と闇を描いた作品だ。
●右肩上がりの興行収入、ヒットまでの流れ
前述の通り、本作は公開後も興行成績を伸ばし続けているのが特徴だ。『ボヘミアン・ラプソディ』のように公開後に評価を高めた例もあるが、週を追うごとに動員数を増やすケースは、近年の実写邦画では珍しい。
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では『国宝』の観客動員数は、なぜ右肩上がりとなったのか。その背景として口コミの広がりによる客層の拡大があったと考えられる。
公開当初は題材の性質上、歌舞伎ファンや出演俳優のファンなど、限られた層が中心だったと推測される。しかし、作品自体の完成度や内容に対する評価も高かったことから、鑑賞した観客の熱い感想がSNS上で急速に拡散された。これが新たな観客を呼び込み、平日・週末を問わず観客が増加する好循環が生まれた。
このように、公開後の評価が人を呼び、動員数や興収が伸びる現象は、公開前の大々的な宣伝展開ができない小〜中規模のアニメ映画では、よく見られるパターンである。しかし、実写映画でこれほど伸びた例は、先に示した『ボヘミアン・ラプソディ』以外にはない。
2018年の『ボヘミアン・ラプソディ』を振り返ると、当初はロックバンドの「クイーン」の往年のファンが中心だったが、ファンでなくとも楽しめる作品だという評判が広がるにつれて観客が増え、最終的に興収135億円を超えるヒットとなった。
『国宝』も同様に、歌舞伎というテーマ性ゆえ、公開直後の口コミはコアなファン層から始まった。その後、歌舞伎の知識がなくても、年齢や性別に関係なく楽しめるという評判がSNSで広まったため、多くの人が劇場に足を運ぶようになった。マスメディアによるトップダウンの宣伝効果もあったが、それを上回るボトムアップ型のヒットが実現したといえる。
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右肩上がりの成長は、作品そのものが持つ魅力と、SNSなどを通じた口コミとの相乗効果によるものだ。その結果、『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)以来、22年ぶりとなる実写邦画の100億円超えも視野に入るほどの大ヒットとなっている。
●注目すべきは、その製作体制
本作のエンドロールに「ANIPLEX(アニプレックス)」とあるのを見て、意外に思った観客もいるかもしれない。アニプレックスは、ソニー・ミュージックグループ傘下のアニメ製作・配給会社で、『鬼滅の刃』や『Fate』シリーズなどの大ヒットアニメで知られる。映画『国宝』の製作幹事は、アニプレックスの子会社であるコンテンツ企画会社「ミリアゴンスタジオ」が務めている。
ミリアゴンスタジオは、2007年にオリガミクスパートナーズとして設立され、2023年にソニーグループ傘下のアニプレックスの子会社となった。映画・ドラマなど実写作品の企画プロデュースを中核とし、IP開発事業やクリエイターのエージェント事業も手がけるコンテンツスタジオである。
親会社であるアニプレックスはアニメーション事業で知られるが、本格的に実写映像制作事業を強化した形だ。注目すべきは、その背景にあるソニーグループの総合力である。
ソニーグループは、映画製作・配給の老舗であるソニー・ピクチャーズ エンタテインメントや、音楽事業を出発点としながら、アニメ産業でも存在感を増すソニー・ミュージックエンタテインメントを擁している。つまり、実写とアニメの両方で豊富な知見とネットワークを有している点が、ソニーグループの強みといえる。
また、カンヌへの出品やSNS戦略といった取り組みからも、ソニーグループ全体でマーケティングとプロモーションに力を入れていたことがうかがえる。
●“総合力”が日本発コンテンツにもたらすものとは?
今回の『国宝』の成功は、こうした実写とアニメの垣根を超えた総合力は、日本発コンテンツが広がる可能性を示している。カンヌ国際映画祭「監督週間」部門および上海国際映画祭「インターナショナル・パノラマ」部門で上映され、いずれも大きな拍手を受けたという。両映画祭での上映も、ソニーグループが培ってきたプロモーション力と営業力の成果といえるだろう。
質の高い作品を作り上げ、それを適切に国内外へ届ける――その点でソニーグループが持つ力はすさまじく、本作のヒットは苦戦が続いていた日本実写映画の将来に、一筋の光をもたらしたといえる。
李相日監督が描き出した「芸に生きる人間への賛歌」は、歌舞伎の新規顧客開拓のみならず、実写邦画が世界に羽ばたくきっかけとなった。今後、実写やアニメといった枠にとらわれず、日本発のコンテンツをグローバル市場で広げていくためにも、『国宝』で培った経験が大きな力となるはずだ。
●著者プロフィール:滑 健作(なめら けんさく)
株式会社野村総合研究所にて情報通信産業・サービス産業・コンテンツ産業を対象とした事業戦略・マーケティング戦略立案および実行支援に従事。
またプロスポーツ・漫画・アニメ・ゲーム・映画など各種エンタテイメント産業に関する講演実績を持つ。
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