Oliveに「似てるな……」三井住友幹部が吐露 三菱UFJ「エムット」20%還元の追撃、“メガバン顧客囲い込み戦争”の行方は

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2025年07月25日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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スーパーマーケットでの利用シーンを強調するエムットのYouTubeCM

 「似ているなとは、われわれもちょっと思っている」――三井住友カードマーケティング本部長の伊藤亮佑執行役員が、三菱UFJの新サービス「エムット」について語った言葉である。控えめな表現の裏には、競合への敬意と警戒心がにじむ。


【画像】エムットの20%還元の仕組み。驚くほどOliveと酷似している


 日本の金融史上かつてない、メガバンク同士の真正面からのポイント還元競争が始まった。先行者として600万口座を獲得したOliveに対し、個人預金93兆円という圧倒的資金力を武器に三菱UFJが追撃する。三菱UFJが6月に打ち出した新金融サービスブランド「エムット」。木村拓哉と石原さとみが微笑む巨大広告には「最大20%ポイント還元」の文字が躍る。この数字は、先行するOliveが掲げる「最大20%還元」と偶然の一致ではない。両社が繰り広げる「20%」という数字の裏で、一般消費者を取り込もうというメガバンク同士の戦いが静かに火ぶたを切った。


●複数の囲い込みで実現する「20%還元」の仕組み


 両社の「20%還元」はどのような仕組みで実現されるのか。Oliveの還元率は階段構造で設計されている。基本還元率0.5%からスタートし、対象店舗でのスマホタッチ決済により6.5%が上乗せされ、計7%となる。ここにVポイントアッププログラムの最大8%、家族登録による最大5%(1人につき1%)、各種サービス利用による最大3.5%が加算される仕組みだ。


 この複雑な構造は、顧客を同社のエコシステム内に囲い込むための巧妙な設計である。三井住友銀行の住宅ローンなど中核的な金融サービス、円預金の金額、外貨預金、SBI証券の利用、三井住友カードのローンなど、さまざまなサービスの利用でポイントアップする仕組みだ。実際にはこれらすべてを合計すると20%を超える還元率になるが、景表法の定めで最大20%となっている。


 一方、三菱UFJのエムットには、Oliveの設計を徹底的に研究した形跡が見える。基本設計は驚くほど類似しており、対象店舗での7%還元を土台に、グループサービス連携による段階的な上乗せで最大20%を実現する。


 具体的には、MUFGカードアプリへの月1回以上のログインで0.5%、1カ月合計利用金額5万円以上で0.5%といった、カードサービスの利用で最大3.5%を還元。さらに三菱UFJ銀行の給与受取口座設定で1.0%、三菱UFJダイレクトへのログインで1.0%など、MUFGグループ各社のサービス利用で最大4.5%を還元する。


 加えて、「特定のサービス」のカード払い登録により1登録ごとに1%、最大5つの登録で5%の還元率アップを設定。Apple各種サービス、ABEMAプレミアム、Hulu、日経電子版、本の要約サービスflierなど、生活・エンターテインメント関連サービスとの幅広い連携で顧客の囲い込みを図る。


 つまり、20%還元達成には両社の複数サービス利用が必須となる。Oliveは三井住友銀行の各種金融サービスに加え、PayPay連携、V-Trip、ヘルスケアポータルといった非金融サービスとの「つながり」を強化し、エムットは銀行・証券・カードの「つながり」を軸に据える。単なる還元競争ではなく、エコシステム構築競争の様相を呈しているわけだ。


●対象店舗選定に表れる戦略の違い


 20%還元の看板は同じでも、戦略の本質は対象店舗の選定に表れる。両社ともすべての加盟店での利用に対して還元するのではなく、店舗を絞ることで還元率を高く見せる仕組みを採用している。


 Oliveの戦略は日常利用店舗への集中だ。セブン-イレブン、ローソンの2大コンビニを対象とするのは両者共通だが、Oliveはポプラ、ミニストップ、セイコーマートなども対象とする。さらにファミレスやドトールなど、日常の利用頻度の高い店舗に照準を合わせた。顧客の生活動線上に確実に存在する店舗を押さえることで、実質的な還元効果を最大化する狙いがある。


 一方、エムットの戦略はスーパーを中心とした展開である。還元率7%の対象店舗は計30ブランドに達し、アオキスーパー、東急ストア、近商ストア、オオゼキ、オーケー、肉のハナマサといったスーパーマーケットに加え、ロッテリア、ゼッテリアなどの飲食店も対象とする。コンビニ中心のOliveに対し、より大きな買い物金額が期待できるスーパーに軸足を置く。


 ファミレス、カフェに強いOliveと、スーパーに強いエムット。この対象店舗の違いは、ターゲット層の違いを鮮明に表している。スーパーは地場に密着したものが多く、全国一律で訴求しにくい特徴がある。また特定加盟店での還元は、カード発行元と加盟店の双方が還元原資を負担するものと見られるが、スーパーは薄利多売のため原資の捻出はハードルが高い。


 例えば安売りで知られるオーケーストアは、現金会員にだけ3%オフを実施しているが、これがスーパー業界の厳しい収益構造を物語る。その中でスーパーを取りそろえたエムットには、三菱UFJの本気度が感じられる。


●エムットが抱えるポイント利便性の課題


 Oliveをよく研究して設計されたエムットだが、根本的な課題もある。ポイントの使い勝手だ。VポイントがTポイントと統合して加盟店の数や認知度でブレイクした一方で、MUFGのグローバルポイントはかなりマイナーな存在だ。


 1ポイント=5円相当とはいうものの、そのレートで交換できるのはAmazonギフトカードだけ。他のポイントやカード利用額への充当は1ポイント=4円でしかない。6月にやっとグローバルポイントWalletというタッチ決済で利用できるサービスが開始し、1ポイント=5円で利用できるようになったが、まだまだ利便性は不十分だ。


 Vポイントがさまざまな企業が相乗りする共通ポイントなのに対し、エムットのグローバルポイントはあくまでMUFGグループの独自ポイント制度だ。実のところ、VポイントがブレイクしたのもTポイントとの統合あってのことで、それ以前は極めて認知度の低いポイントだった。ポイント経済圏の広がりで見た場合、この差は大きい。


 またエムットはグローバルポイントをメインとしているが、MUFGは以前から「メインバンク プラス ポイントサービス」などでPontaポイントを提供してきた。MUFGは2026年にポイントサービスをリニューアルするとしており、これらのポイントをどう整理するかが、OliveのVポイント対抗では重要になるだろう。


●ブランド統一の明暗が分かれる戦略


 両社の競争で見落とされがちだが重要なのが、ブランディング戦略の違いだ。Oliveがクレジットカードも含めて「Olive」ブランドとし、ユーザーから見て銀行とカードの垣根がほぼ消失した統合サービスである一方で、エムットは三菱UFJのリテール向けサービスを総称するブランド名にとどまる。


 あくまでカードの名称はこれまで通り「三菱UFJカード」であり、コード決済は「COIN+」のまま、資産運用は「三菱UFJ eスマート証券」「WealthNavi for 三菱UFJ銀行」となっている。エムットの名前は一切冠されていない。「エムットとは具体的に何なのか」はなかなか答えにくい問いだろう。エムットの真の挑戦は、20%還元よりも縦割りのサービスを統合して提供していくことにありそうだ(筆者:斎藤健二)。



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