
田口壮が語るイチロー(後編)
2001年、メジャー1年目のイチロー氏は、いきなりシーズン242安打を放ち、首位打者を獲得。さらに盗塁王、新人王、MVPに輝くなど衝撃の結果を残した。オリックスの同期入団であり、のちに自身もメジャーでプレーする田口壮氏にイチロー氏の本当のすごさについて語ってもらった。
【メジャー1年目の活躍は想像を超えていた】
── イチローさんがアメリカに挑戦すると聞いた時、どんな印象を持ちましたか?
田口 もともとそういうつもりでやっていたと思っていたので、特に驚きはなかったです。オリックス在籍時から、星野(伸之)さんたちと一緒にメジャーのキャンプに行ったりしていましたよね。だからアメリカに行くのは自然というか、行くものだと思っていました。
── まだ当時は、日本人野手がメジャーに挑戦すること自体が珍しい時代でした。通用するかどうかという心配はありませんでしたか?
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田口 厳しいんじゃないかとは、まったく思わなかったですね。どこまでやるんだろうと、楽しみのほうが大きかったです。足りないものがあるとすれば、見た目のパワーぐらいで、それ以外は守備もトップレベルだと思っていましたし、ふつうにやれば間違いなく通用するだろうと。
── メジャー1年目からシーズン242安打を放ち首位打者を獲得、盗塁王にも輝きました。
田口 もう我々の想像をはるかに超えていましたね。(打率)3割はマークするだろうなと思っていたけど、まさか首位打者に輝くとは......。誰だって最初の1本が出るまでは不安になるのですが、イチローはメジャーデビュー戦でヒットを打って、一気に波に乗っていった感じですよね。
── その翌年、田口さんもメジャーに挑戦されます。以前からメジャーでやってみたいという思いはあったのですか?
田口 小学校の頃から興味はありました。機会が来たら、ぜひ挑戦したいという気持ちはずっと持っていました。
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── イチローさんのメジャー挑戦が後押しになった部分はありましたか?
田口 行くこと自体は自分のなかで決まっていましたけど、正直、彼が首位打者を獲ってくれたおかげで「日本人野手もできるじゃないか」と、メジャーの評価が変わったのは事実。その恩恵はしっかり受けました(笑)。特に外野手は行きやすくなったと感じています。
【見たものに対して体が自然に反応できる】
── 実際にメジャーでプレーして、日本との違いは感じましたか?
田口 打球を上げるのが難しかったですね。キャンプではかなり苦しみました。
── 投手の球が速いことが一番の理由ですか?
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田口 スピードに関しては、速いと感じたことはありません。ただメジャーのボールは動くので、そこにアジャストするのが難しかった。
── 当時、日本人選手はツーシーム系のボールに苦労したと聞いたことがあります。
田口 ツーシームにしても、大体の軌道はわかるのですが、最後の最後にキュッと変化してくるんです。その最後に曲がってくるのに苦労しましたね。「どうやって打てばいいのか」と、慣れるまでに半年近くかかりました。
── そう考えると、イチロー選手が1年目からあれだけ打てたのはやはり異次元ですか?
田口 すごいと思いますよ。内野安打も含めて「ヒットにする技術」がある。ああいうバッティングは、本当に才能と努力の両方ですね。
── イチロー選手のバッティングの優れている点はどこだと思いますか?
田口 目と体の連動ですね。見たものに対して、体が自然に反応できるというコーディネート能力。それが優れていると思います。
── それは練習で身につけるものなんですか?
田口 もちろん練習やトレーニングの積み重ねで質は上がります。でも、ある程度持って生まれたものもあるとは思います。毎日、数をこなして積み上げてきたからこそできたことだと思います。
── 数あるイチローさんの記録のなかで、田口さんが一番「すごい」と感じるのは。
田口 メジャーでの10年連続200安打ですね。なにより"出続ける"ということがすごい。ほとんどケガもせずに、1番打者で年間700打席近く立って、それを10年やるって......常識では考えられないです。
── メジャーの場合、体調を管理するのは簡単ではないと思います。
田口 162試合は本当にきついですよ。体力的にも精神的にも。アメリカは移動もきついし、食生活も違う。1年やるだけでもしんどいです。
── イチローさんのように長く一線級で活躍し続けるのは、やはり稀有な存在ですよね。
田口 すごいと思います。本当に「管理のたまもの」です。体のケアはもちろんですが、それを支える心がすごい。たぶん、そこが一番大きいと思います。やり続けることって、ほんと大変ですから。
【イチローの練習には無駄がない】
── 現役引退してから、イチローさんは高校生を指導したり、女子の高校野球の選手と試合をしたりしています。その活動について、どう思われますか。
田口 いろんな意味で危機感を持っているんだと思います。すべては野球への愛情につながっていて、「野球のために」という考え方が根底にあると感じますね。イチローなりの野球界への恩返しなのではないでしょうか。
── 今の日本のプロ野球で、イチローさんに匹敵する存在はいますか。
田口 他球団のことはわかりませんが、少なくとも僕がコーチ、二軍監督をしていたオリックスにはいなかったですね。
── それは能力的な部分でしょうか?
田口 野球にかける時間ですね。イチローがオリックスに在籍していた頃は夜中まで練習していましたし、それを何年も続けていた。先程も言いましたが、イチローはそれを続けるメンタルがすごいんです。オリックスには能力の高い選手はたくさんいます。ただ、イチローほど野球に打ち込んでいる選手がいるかとなると......。
── 今は「効率重視」と言われる時代ですが、それとは対極ですよね。
田口 そう見えるかもしれませんが、イチローの練習には無駄がないんですよ。だからたくさん練習しても苦にならないんです。今でも彼はトレーニングを苦だと思っていないと思いますよ。
── 50歳を超えてもまだ動きは若々しいです。またイチローさんと一緒に野球をやりたいですか。
田口 草野球なら(笑)。彼はいまだにプレッシャーを求めて真剣にやっていますからね。いま僕はボールを投げるのも30メートルが限界なので、体づくりからやらないと。
田口壮(たぐち・そう)/1969年7月2日生まれ、兵庫県出身。西宮北高から関西学院大に進み、91年のドラフトでオリックスから1位指名され入団。3年目の外野手転向を契機に、レギュラーに定着し95、96年のリーグ連覇(96年は日本一)に貢献した。ゴールデングラブ賞を5度獲得した名手。2002年FA宣言し、メジャーのセントルイス・カージナルスに入団。フィラデルフィア・フィリーズ、シカゴ・カブスと渡り歩き、06年(セントルイス)、08年(フィラデルフィア)と2度のワールドチャンピオンに輝いた。10年にオリックスに復帰し、11年に退団。12年も現役続行を希望し、リハビリを続けていたが、獲得する球団はなく7月31日に引退を発表。引退後は解説者、オリックスのコーチ、二軍監督などを歴任した。