「経理のチョコザップ」は成功するか? 中小向け“経理をAIに丸投げ”市場が興隆

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2025年07月29日 06:30  ITmedia ビジネスオンライン

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低価格を強みとしている

 「経理のchocoZAP」を目指す──。


【画像】「人とAIとシステムのハイブリッド」の仕組み(資料は同社提供)


 法人カード「UPSIDER」を展開するUPSIDER(東京都港区)が、経理業務を代行する新サービス「UPSIDER AI経理」の提供を開始する。AI技術を活用して記帳から試算表作成まで一気通貫で代行し、月額9480円からという破格の料金設定で中小企業の経理業務を丸ごと請け負う。


 一見すると畑違いの事業への参入だが、同社が2023年から提供してきた業務自動化サービスで培ったAI技術とオペレーション効率化のノウハウを武器に、大手も参入する成長市場に本格参戦する。


 ターゲット層の策定や業界内における立ち位置の意味で、その発想は「chocoZAPに近い」と同社は説明する。その真意とは? 中小企業が経理業務を「AIに丸投げ」する時代はやってくるのか?


●中小企業の経理を「AIに丸投げ」は実現するか


 UPSIDER AI経理は、領収書や請求書の写真をアップロードするだけで、自動的に仕訳・記帳を行い、請求書発行や支払い処理、月次決算レポートの作成までを代行するBPOサービスだ。AIを活用することで、オペレーター1人当たり50〜60社を担当できる効率性を実現した。既にβ版として350社以上が導入しており、「全てを丸投げできる」をコンセプトに、経理人材の確保に悩む中小企業の課題解決を目指す。


 UPSIDER AIシリーズ事業責任者の森大祐氏は、中小企業の課題を「経営者は忙しいが決算が必要。経理処理を一定時間を使ってやらなくてはならない」と説明。「経理人材を採用すると人件費がかかり、人材も不足している。これを解決するため外部にお願いしても、税理士・会計事務所にお願いすると人材不足」と指摘し、企業側・士業側・金融機関側の三者が人的リソースの構造的制約を抱える現状の解決を目指す。


●マネーフォワードも中小向け強化、市場の熱さ示す


 経理BPO市場の成長性を裏付けるように、クラウド会計大手のマネーフォワード(東京都港区)も6月9日、この領域の強化策を発表した。経理BPO事業を手掛けるキャシュモ(同)を買収し、中小企業向けサービスを本格展開する。


 マネーフォワードは従来、中堅企業向けに経理BPOを提供していたが、従業員10〜100人の中小企業向けのサービスは手薄だった。今回の買収により、この51万社、市場規模1023億円の領域に本格参入する。


 キャシュモは約40人の従業員を抱え、記帳業務から給与計算、請求支払業務、財務コンサルティングまで中小企業の経理業務をフルパッケージで提供してきた。マネーフォワードは同社のノウハウを活用し「マネーフォワード おまかせ経理」として新サービスを展開する。


 同サービスは記帳代行から月次試算表作成、経理フロー整備まで一気通貫で支援し、費用は月額10万円からとなっている。従業員数5人規模の会社の平均的な経理業務を丸受けする際の料金設定で、月間の処理件数や記帳代行の仕訳数、給与計算代行の従業員数によって料金が変動する仕組みだ。


 マネーフォワードビジネスカンパニーSMB領域担当の永井博氏は「クラウドサービスの提供だけでは支援しきれないユーザーが多数存在し、経理業務ごとアウトソースしたいというニーズは大きい」と市場の可能性を語る。


●人手不足で経理業務「丸投げ」ニーズ拡大


 経理BPO市場が急拡大している背景には、中小企業を取り巻く深刻な人手不足がある。中小企業庁の調査によると、経営者の約75%が財務・会計や労務管理に直接関与しており、特に従業員100人未満の企業では約8割が「経理1人体制」または経営者が兼務している状況だ。


 中小企業では経理担当者の突然の退職が事業継続に直結するリスクとなる。「10人だと代表が税理士に丸投げ。20人だと業務委託、アルバイト。30人だと経理1人。30人未満がターゲット」と森氏は顧客層を分析する。正社員1人で経理を回している企業では「1人だと退職リスクがある。2人目を採用するほどでもない」状況で、月10万円程度かかっていた業務委託やアルバイトを月2万〜3万円に圧縮できるメリットは大きい。


 一方で、SaaSツールを導入しても使いこなせない企業も多い。システムを導入したものの運用が上手くいかず、業務効率化に至らないケースが頻発している。こうした企業にとって、経理業務そのものを外部に委託する「丸投げ」のニーズが高まっている。


 会計事務所や税理士法人も同様の課題を抱える。記帳代行や証憑整理は低単価で負荷が高く、現場からは「業務が忙しくなる原因になっている」との声も聞かれる。士業側も人材不足により、従来通りのサービス提供が困難になりつつある。


●圧倒的低価格を支える独自AI技術


 UPSIDER AI経理の最大の武器は「圧倒的に低価格」(森氏)であることだ。月額9480円からという料金設定は、他社BPOサービスと比べて大幅に安い。この低価格を実現しているのが、同社が独自開発したAI技術とオペレーション効率化のノウハウだ。


 価格競争力の源泉は、2023年秋から提供してきた「UPSIDER Coworker」(現UPSIDER AIシリーズ)で培った自動化技術にある。Coworkerは法人カード利用企業向けに、カード決済に関わる経費処理を自動化するサービスとして開始。「カード周りの領域に関しては、AI活用、システム自動化のノウハウを独自に研究開発し、徹底的に自動化することに取り組んできた」と森氏は説明する。今回はその技術を経理業務全般に拡張した形だ。


 UPSIDERの仕組みは「人とAIとシステムのハイブリッド」。顧客からSlackで提出されたレシートは瞬時にAI OCRで処理され、会計システムに自動登録される。「原則、フロントの対応はAIが担う。AIで完結できる場合はそうするし、必要であれば人に渡す」と森氏は語る。


 例えば、企業が交通費の領収書をアップロードした場合、AIが金額や日付、交通手段を自動認識して「旅費交通費」として仕訳を作成する。一方、複雑な設備投資の請求書や、判断に迷う経費の場合は、AIが人間のオペレーターに引き継ぎ、処理を行う。


 技術面では、生成AIとルールベースを複合的に組み合わせ、経理業務の正確性を重視した仕組みを構築。「少しでも正確性を上げるには、ルールベースでできるところはルールベースでやった方がよい」として、単純な生成AI頼みではないアプローチを採用している。


●「経理のchocoZAP」、2028年に2万社目指す


 UPSIDERが目指すのは「経理のchocoZAP」だ。chocoZAPは月額3278円という低価格で24時間利用可能な「コンビニジム」として、従来のフィットネスジムでは継続できなかった層を取り込み、わずか2年で会員数130万人を突破した。


 UPSIDER AIシリーズ グロース責任者の安本和真氏は、chocoZAPのように、これまでBPOサービスを利用してこなかった層を開拓していきたいと説明する。chocoZAPがそもそもジムに通う発想がなかった新たなユーザー市場を開拓したのと同じように、UPSIDER AI経理は経理人材を雇用したり外部委託したりする発想に至っていない企業の代表者をターゲットにする。


 「代表者も経理業務が大変だと思ってはいるが、他の解決手段をあまり検討せず、なんだかんだ自分でやってしまうと考えている」層を、手軽で安価なサービスで取り込む戦略だ。


 chocoZAPが「ちょこっと行ける」「ちょこちょこ続けられる」をコンセプトに、着替え不要で私服のまま気軽に運動できる環境を提供したように、UPSIDER AI経理も経理知識不要で「ちょこっと依頼できる」サービス設計を重視している形だ。


 現在β版として350社以上が利用しており、正式版スタート後は月200〜300社ペースでの顧客獲得を目指す。士業、会計系、金融系と幅広いパートナーから協業の申し出があり、「月500から800社ぐらいまで受けられるようにしようという計画を立てている」と、森氏は手応えを語る。


 社内計画では2028年7月で累計2万社という野心的な目標を掲げる。月800社ペースで獲得が続けば、この目標は上振れする可能性もある。森氏も「このペースでいくと、オペレーター採用などを急がなければいけない」と想定を上回る引き合いの多さに驚きを隠さない。


●中小企業の経営基盤を支える新インフラに


 UPSIDER AI経理は、中小企業にとって新たな経営インフラとなる可能性を示した。従来、経理業務は企業内部で処理するか、高額な外部委託に頼るかの二択だった。月額9480円からという価格設定により、小規模企業にも経理のアウトソーシングが現実的な選択肢となる。


 経理業務を外部に安全に委託できる仕組みが整えば、経営者は本業に集中できる。人材採用が困難な地方企業や、経理担当者の退職リスクを抱える企業にとって、安定した経理機能を低コストで確保できることの意味は大きい。


 もう一つ注目すべきはAI技術の活用手法である。昨今、AIエージェントが注目を集め、AIで全てを業務遂行する発想のサービスが数多く開発中だ。しかしUPSIDERは完全自動化を目指すのではなく、AIと人間がそれぞれの得意分野を担う「ハイブリッド型」のアプローチを採用した。この分業により、AIの限界を人間が補い、人間の作業負荷をAIが軽減する相乗効果を生んでいる。


 1人のオペレーターが50〜60社を担当できる効率性も、このハイブリッド型だからこそ実現できている。AI単体では対応しきれない業務の複雑さと、人間だけでは処理しきれない業務量の両方を解決する仕組みとして、現時点ではより現実的なアプローチといえる。人手不足に悩む他の業界にとっても参考になるモデルだろう。



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